遠くの方で生徒の騒ぐ声を聞きながら、ふらりふらりと足を運ぶ。降り注ぐ日差しはまだ強く、剥き出した肌はじりじりと痛みを訴えていた。地面から照り返す光はあまりにも眩しくて、けれど目を瞑ることも出来なくて、一際大きい溜息をつく。はやく家に帰って眠りたかった。本当は家に帰る元気すらもなくなっていたけれど、大好きな柔らかいベッドに全身を預けて、時間を気にせずいつまでも眠っていたかった。拭っても拭っても汗は頬を伝って顎から滴り、衣装は素肌に張り付いて気持ちが悪い。今すぐにでも灰になってしまうのではないかと思うくらい、意識も定かではなかった。もう何もしたくないしはやく眠りたいけれど、とりあえず今は水を浴びたかった。家に帰る頃にはシャワーを浴びる力すら残っていないのだろうし、そんなことを零そうものならあのゴミ虫が「おねむな凛月を我輩が綺麗にしてやるぞい……♪」などと言いかねない。即通報である。
 地平線の彼方のように遠く思えた目的の場所にようやく辿り着いた。蛇口を捻ると涼しげな音を立てて水が出ている。手のひらを濡らしながら溢れてゆくその様を見るだけで、ずいぶんと気分がマシになったような気がした。

「帰るぞ凛月〜〜って、ウオォ! 凛月!?」
 強く肩を引かれてはじめて真緒が近くまでやってきていたことに気が付いた。髪を濡らしていた水が、容赦なく体にしたたり、服を濡らしていく。自分の鞄からタオルを引っ張り出した真緒は慌てて凛月の頭にかぶせた。
「何やってんだよ! 風邪引くだろ!」
「何って、涼んでるんだよ……もう、邪魔しないでよね。せっかく気持ちよかったのに……」
「いやいや、服もビショビショだしせめて脱いでから……ああいや、家まで我慢しろってまじで」
「うるさいなあ……何しようと俺の勝手でしょ……」
 結局、手を濡らすだけでは満足ならず、頭から水を被っていた。キンキンに冷えた水道水は凛月の体を存分に冷やし、滴る汗を洗い流してくれた。どれくらい浴びていたのかわからないが、先ほどより日が落ちているのがわかる。確かに、ほんの少し体が冷えすぎたような気もしたが、邪魔されて苛立っているので何も言わない。呆れた顔であのなあ、と小言をはじめる真緒は、それでも凛月の髪を拭こうと手を動かしているのだから本当に病気なのだろうと思った。かわいそうだけれど治らないし、治す気もないのだろう。そもそも、自覚すらないかもしれない。
「というか、終わった後着替えなかったのかよ」
「めんどいし、……ううん、めんどい……」
「理由すらめんどくさがるのはどうよ……」
 お前は本当に、といつものお決まりを添えて、頬を伝った水滴を拭った。このタオルはつい先ほどまで使っていたのだろう。真緒の匂いと汗の匂いが混じったものが鼻をかすめた。決していいものではないけれど、この臭いは嫌いではない。離れていくタオルが名残惜しく感じてすん、と控えめに嗅いだ。
「そういえば、ま〜くんずっと見てたよねえ」
「えっ、な、なにが」
 わかりやすく動揺した真緒がタオルを落とす。勿体無い、と反射的にそれを拾った凛月は、タオルに顔を埋めながら挑発的に真緒を見つめた。
「そんなによかった? チアリーディング」
 ボンッと効果音が出そうなほど真っ赤に染まった真緒は口をはくはくと金魚のように開閉している。先ほどから舐めるように全身を見つめられているのだ。この熱い視線に気付かざるを得ない。
「ま〜くん、普段からなあんにも言わないからつまんなかったけど、案外いい趣味してるよねえ」
「ちっ、ちが、違う! 俺が見てたのは、その、凛月が! また倒れんじゃないかと思って!」
「思って?」
「お、思って、それで……」
 もごもごと言葉にならない音を発する真緒は気付いてないないのだろう。その反応そのものが全てを物語っていると。
 ちろりと舌を出して乾いた唇を舐めると、真緒の首に腕をまわした。真緒が緊張と興奮の渦に飲まれていくのを楽しそうに見つめる。
「ま〜くん、俺、ちょっと寒いなあ」
「は、……? だから風邪引くってーー」
「だから、あっためてよ」
 がんばれって、応援してあげるからさ。
 耳元でそう呟くと、ゴクリと真緒が生唾を飲むのが見えた。微塵もなかったやる気も、尋常でない眠気も、今はどうでもよかった。どうでもいいと思うくらい、凛月もくらくらしていた。
 動揺で揺れていた真緒の瞳がまっすぐ凛月を捉えている。雄の目だ。今からこの雄にとって喰われるのだと思うとひどく興奮する。
 早足で凛月の手を引きながら前を歩く真緒の背中を見つめて、ゾクリと鳥肌が立った。
 

凛月ポイボ祈願に書いたやつ。
ポイボありがとう!!


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