世界は赤かった。風に揺れる木々も、空を飛ぶ鳥たちも、落ちてきた日を背にボールを蹴る彼の姿も、こちらに返ってくる力強く蹴られたボールすらも、全てが赤く染まっていた。いったい、どれくらいこうしてボールを蹴り合っていたのだろう。河川敷に来た頃は、まだ日も随分と高かったはずだった。そうやって少し考えていればボールを催促するように名前を呼ばれて、すぐにそんなことはどうでもよくなった。あの凄まじいシュートを独占して受けることができるなら、ただもうそれだけで満足だ。応えるように赤に溶ける彼の名前を口にしながら、精一杯の力でボールを蹴り返した。
 サッカーが、だいすきだった。それと同じように、彼がだいすきだった。彼とするサッカーが、だいすきだった。はじめて彼のシュートを見てから、ずっと目を離せないでいた。円堂が安心してゴールを守れるほど頼もしくて、離れていても痺れるほど格好良くて、フィールドに立つ誰よりも輝いていた。いちばん後ろから見ているからこそわかることだった。
 ずっと、サッカーをしていたいと思った。炎を纏う彼と一緒にサッカーをしていたいと、そう思った。不謹慎だけれど、彼の妹のことがあってよかったとすら思う。絶対に言えはしないけれど、それがなければ彼はここにいないのだ。こうしてシュートを受けるたびに喜びを噛みしめることが、なかったかもしれないのだ。ジクジクと体の奥が痛むけれど、だってどれも本当のことだ。今も目を覚まさない女の子に、それを強く想う兄に、どれほど感謝しただろうか。
「どうした、円堂!」
 ふたりの間にはかなりの距離があるため、普段あまり大きな声を出さない彼もボールを受け取った円堂が微動だにしないのを気にして声を張って名前を呼んだ。強く呼ばれた名前だけれど、彼独特の優しさがそこにはあった。
「……円堂」
 反応がないので、もう一度、今度は声を張らずに、心配が七割を占めたような声で名前をなぞった。円堂は答えなかった。足元にあるボールを見つめて、顔を上げることができなかった。
 距離を詰めた彼が、顔を覗き込んだ。目が合って、けれど逸らさずに見つめていれば、しばらくふたりは見つめ合った。時間が止まったようだった。
「どうした、円堂」
 何度も呼ばれるその名前に、円堂は胸が苦しくなった。何故だか、涙が出そうだった。今までだって何度も呼ばれてきたのに、それが今は酷く特別なもののように思えて、抱えて持って帰りたいとすら思った。
「……俺、サッカーがしたい」
 ぽつりと零した言葉は、いつも円堂が口にする決まり文句のようなものだった。わかっている、とでも言うように豪炎寺は小さく頷いた。突拍子も無いだとか、今までしていただろうなんてことは、何も言わなかった。固く結ばれた口から次の言葉が出てくるのを、ただじっと待っていた。
「お前と、豪炎寺と一緒に、サッカーがしたい」
 今日のように日が暮れるまでボールを追い続けて、がむしゃらに駆け回って、泥だらけになって草はらに寝転がる。それだけでしあわせだと思った。それでも、それがいつまでも続けられるか否かなんて、答えは明白であった。
「でも、豪炎寺とサッカーができなくなる日が、来るかもしれないって思うと、すげえやだ」
 いつか、罰が当たるんじゃないかと思った。こうして豪炎寺修也という人間を円堂が独り占めしていることや、不幸な事故に関して感謝すらしているこの歪んだ思いを、サッカーの神様は見ているんだろうと思った。きっと全てを見透かして、手のひらでボールを転がすように弄ぶに違いない。彼がサッカーから離れざるを得なかったように、いつか円堂も、きっと。
「――俺は、円堂に会えたから、こうしてまたサッカーができている。だからお前がいる限り、俺はサッカーを続けるよ、円堂」
「だって、絶対にそうなるとは言い切れないだろ」
「俺はそう誓う」
 真剣な彼の眼差しは、円堂をまっすぐ貫いた。彼の言葉が嘘だとは思わない。もとより嘘をつくような人間でもないのだ。けれど、彼が誓ったところで負の連鎖を繋げるかどうかを決めるのは神様なのだ。ただの人間は抗うこともできず身を任せる他ない。
「……ずっと一緒に、サッカーしたいなあ」
 そうだな、と彼も頷いて、円堂の足元にあったボールを攫っていく。あ、と声を出した頃には、彼はボールと一緒に走って行ってしまった。それを追いかけようと、円堂は大きく名前を呼んだ。随分と先へ行ってしまった彼は、嬉しそうに振り向いた。
 ああ、かみさま。円堂は心中祈った。どうか、豪炎寺修也も、円堂守も、しあわせに、たのしく、いつまでもサッカーができますように。どうか、どうか。かみさま。
 闇夜に消えていく彼の背中を捕まえようと、手を伸ばした。目の前で失わないように、なくならないように、この手でしっかりと掴んでおかねばと思った。神様に攫われる前に、一緒にサッカーができる喜びとともに抱えて歩かねばと、そう思った。

円豪の日おめでとう!
2017.1.10


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