※公式夫婦に考慮がない
固まった肩を二、三度回しながら、口から出る白い息に思わず顔を歪める。学生時代、雪の中にいる自分はたまらなく寒そうで、今にも消えてしまいそうだとよくチームメイトに言われていた。技のイメージから、だろうか。別にそういうわけではないし、夕香がまだ小さかった頃は一緒に近所の公園で雪だるまを作っていたりしたが、言われてみれば豪炎寺は夏の方が好きだった。特別な理由はこれといってないけれど、確かに寒いのは苦手だ。
「――円堂」
先を行く背中に声を掛けると、嬉しそうにこちらを振り向いた。もういい歳だというのに、その笑顔はあの頃とかわらない眩しいものだった。
「豪炎寺、鼻真っ赤だ!」
「お前もな」
「はは、すごい帰りたそうな顔してる」
帰さないけど、と付け足して言葉を放ったあと、また円堂は歩き出した。どうせ言っても聞かないのだ。豪炎寺はポケットに手を突っ込んでおとなしくついて行く。真っ白な雪に覆われた地面に一歩、また一歩と円堂の足跡が続いていて、それを辿るように、時々豪炎寺の足と重ねながら同じように道を歩んだ。
行く先を告げられずに外まで連れてこられたが、本人は秘密にしているつもりなのだろう。この道は何度だって歩んできた道なのに、この先にあるものは、ひとつしかないのに。けれどきっとこの道を歩かなくたって、円堂を見ればすぐにわかってしまう。だってそれはイコールで結ばれて決して離れない、彼を証明する確かな存在なのだから。
「豪炎寺、覚えてるか!」
太陽を背に、大きく手を広げた。
「お前と、はじめて会った場所! 俺が、はじめて一緒にサッカーしたいって、思った場所!」
円堂は振り向かなかった。背中が、語っていた。試合中の円堂はきっとこうして豪炎寺のことを、チームメイトのことを見ていた。遠くて、その距離がもどかしくて、けれど絶対的な安心感があった。
「覚えてるよ」
「お前が入部するって言ったのも、ここだった!」
「ああ」
「……最初はひとりで蹴って、ボール転がして、それだけで楽しかった。けど、サッカーでたくさんの人に会えて、豪炎寺に会えて、俺たちは世界まで行ったんだ」
広げられた手が、ゆっくりと下される。手に力が入るのがわかった。足元に転がってきたボールには触れずに話を続ける。
「俺、いつもワガママばっかで、豪炎寺とか鬼道とか困らせて、それでもやっぱりサッカーがしたくて。でも、俺だけができても意味ないんだ。だって、ひとりじゃサッカーはできないから。誰かと一緒の方が、絶対楽しいから」
強く握られた拳が緩められた。今更何を、と豪炎寺は思う。この先紡ぐ言葉だって、きっと豪炎寺は素直に受け止めて頷くのだ。今までもそうだった。豪炎寺にとって、円堂はすべてだった。
「俺は、これからもずっと、豪炎寺とサッカーがしたい」
「……ふたりだけじゃ試合はできないぞ」
「豪炎寺と、したいんだ」
「俺はもう引退してる」
「関係ないよ。またここで、サッカーしよう。あの時みたいに、全身ドロドロになるまで、夕日が沈むまで!」
一歩ずつ、ゆっくりと円堂に近づいた。円堂はそこから動かない。少し先に転がったらしいボールを、小さい子供が取りに駆け寄ってきた。顔も服も、泥まみれだった。
「……円堂」
「好きなんだ。豪炎寺とのサッカーが。……豪炎寺が、好きなんだ」
「だけど、いちばんじゃないだろう」
笑顔が、消えた。
大きく見開かれた目は何を映しているのか、豪炎寺にはわからない。動揺の色をあらわにする円堂はわずかに震えていた。
「サッカーをするなら、それは邪魔になるかもしれないな」
円堂の左手に光る輪に触れた。幾度となくボールに触れてきた大きな手と、小さな石がはめ込められた小洒落た指輪はあまりにも不恰好だと豪炎寺は思った。どうせグローブをしてしまえば隠れてしまうだろうに、それを大切に思う円堂はやはりお前もそういうことだろうと、大きな声で言いたかった。そんな豪炎寺を知った円堂はどんな顔をするだろうか。――そんなこと、考えたくもない。
「……いちばんだよ、豪炎寺」
「…………」
「豪炎寺がいちばんだ。今までも、これからもずっと」
呆気なく手から離れた輪は簡単に地面を転がった。雪に埋まって見えなくなるのを見送ってから、円堂の顔を覗き込む。寒さのせいか、顔が赤く染まっていた。
「……俺も、」
冷えた指先が、円堂の温かい手から体温を奪う。あの指輪のように、この白い雪に埋もれて一緒に溶けてしまえればどんなに楽だろうかと、感覚がなくなる足元を思いながら指を絡めた。