※痴漢
※下品
※霧野の口が悪い
うわあと、思わず出てきそうになった声をなんとか抑えて、再び神童の話に集中しようとした。けれど、尻から太腿の辺りを行ったり来たりする何かが気になって仕方がない。本当にこういう輩が存在するものなのかと思うと変に納得した。女性専用車両なんて特に意味もないと思っていたけれど、世の中の女が不安がるのもわからなくはない。
それより今は俺のケツをべたべたと触ってくるこの気持ち悪い何かをどうにかしたかった。ちょっと中学生なりの贅沢をしようと二駅ほど離れたところでカラオケなりゲーセンなり散々遊んで、気付けばかなり日も暮れてしまって、運悪く帰宅ラッシュに巻き込まれてしまったのはそりゃあ此方に非があるのかもしれないが、だからと言って黙ってケツやら太腿やらを揉まれていてたまるものか。空いている方の手で蠢く何かを除けようとするも、その蠢く何かは霧野の手よりも随分と大きく、また汗だか何だかわからない液体でべとついていた。これで綺麗なお姉さんの手だったらまた感想が違ったかもしれないのに、これは完全に小汚いおっさんの手である。気持ち悪い。反吐がでる。
「……どうかしたか、霧野。顔色が悪いな」
「そうかな。今日は人が多いいからかも」
「人酔いか? 珍しいな。辛かったら寄りかかっていいぞ」
「大丈夫、ありがとな」
ああ神童、お前はなんて格好良いんだ! 同じものをぶら下げているならこんな気色の悪い馬鹿みたいなことをしてないで少しは社会に貢献したらどうだこの豚野郎!
今すぐそう怒鳴ってしまいたかったけれど、そうすれば目の前の神童は俺の途轍もない形相に腰を抜かすかもしれない。駄目だ。そんなのは許されない。
そうこう思っていた矢先、ひいっと息を飲んだ。ケツを揉んでいた豚の手が二つに増え、片方は前の方にやってきたのだ。なんということだ! 女と間違えて触られているという考えもあるにはあったのだが、ここまでされてはもうお手上げであった。だからと言って「それじゃあ気の済むまで触ってどうぞ」なんて言ってはやらないし、今すぐにでも張っ倒したい限りである。
ちらりと神童を伺うと見事に視線がぶつかった。大丈夫か、の意味を込めているのであろうその微笑みは、怒りで煮えくりそうだった俺を存分に癒した。ああ神童、大丈夫じゃないけど、大丈夫だ。神童がいるから我慢できる。大丈夫だ、大丈夫。(何だか違う競技のようになってしまっているが、完全に被害者はこちらであることを忘れてはいけない)
けれど、この人の多さと下半身の疼きで俺の頭はくらくらしていた。早く河川敷駅に着いてくれと願うばかりの俺はただ神童にしがみついていることしかできない。抵抗しなくなったのをいいことに豚の両手は忙しく動き、体を密着させてきた。あろうことか、豚の下半身までもが俺のケツに触れてきた。微妙な上下運動と俺自身の疼きが重なって途轍もなく気持ちが悪いはずなのに吐く息が熱くなってしまう。
ああもうだめだ! と思ったら、上から「霧野、降りるぞ」なんて声が聞こえて豚野郎とはあっさりお別れを果たした。一回顔を見ておかなければとも思ったが、残念ながら今の俺にはそんな余裕はない。必死に神童の後を着いて行って、こっそり呼吸を整えた。ああやっと帰れる、そう思って顔を上げたら、そこは改札口ではなく。
「……あれ、トイレ?」
なんだ、神童はトイレに行きたかったのか。だったら途中で降りてくれれば俺だってあんなやつに触られなくて済んだのに。いつまでもぐいぐいと引っ張られる腕を見つめながら愚痴を呟く。
ガチャンと鍵の閉まる音がしてハッとした。ガチャン?
「神童、狭いんだけど」
「個室トイレだからな」
「いやいや、そうじゃねえよ」
目の前の神童は先程癒してくれたあの天使のような微笑みではなく、おそらく誰も見たことがないようないやらしい顔をしていた。きっと松風たちが見たらチビってしまうだろうに。
「赤面しながら耐えている姿もなかなか可愛かったぞ」
「……は」
「霧野ならひとりでじっと我慢してくれるだろうと思ったんだ」
今日一番の笑顔を見せた神童はゆっくり俺との距離を縮めて、先ほどの満員電車のように体を密着させ、耳元で囁いた。
「今度は痴漢プレイにしようか、霧野」
title by Rachel
PUTAIN DE MERDE
(仏) くそったれ