※女装



 狩屋は見慣れない部屋をきょろきょろと見回しては、落ち着かない様子でひとりマグカップを手にしながら座っていた。霧野から母さんが淹れてくれたからと砂糖とミルクが多めのミルクティーをもらったが、ひどい緊張のあまり味がしなかった。試しにさらに砂糖を入れてみても全く甘く感じない。此処に来る前は緊張どころか余裕すら感じていたのに、今ではこのザマである。なんとも情けない。
 本日3月15日はホワイトデーの次の日ということで(別にバランタインに何か貰ったというわけではないのだが、やはり日本人はこういった行事に乗っかってしまいたくなるもので)、ものは試しに「せっかくのホワイトデーなんで女装してくださいよ」と切り出してみれば、どういうことか霧野はあっさりとイエスを出した。それどころか練習が終わったあとに家に招待されたのである。霧野は何故かクローゼットの中から何処の学校のものかわからないセーラー服を取り出して「着替えてくるからちょっと待ってろ」と言い捨てて狩屋をひとり置き去りにしたのだ。
 狩屋はわけがわからなかった。確かに女装しろと言ったのは狩屋の方だったが、まさかこうも順調に物事が進むとは思っていなかったのである。というより、まず何故霧野のクローゼットの中からセーラー服が出てきた? まさか元々女装癖があったのか? それとも世の男子中学生がセーラー服を持っているのは一般的なのか? 持っていないどころかおそらく触れたこともない狩屋の方が少数派だというのか?

「お待たせ」

 ガチャンと扉の開く音と共に現れた霧野は本当にセーラー服を身に纏っていて、それも目の錯覚ではないかと疑うほどに違和感が働かなかった。狩屋は霧野を目の前にして餌を欲しがる金魚のように口を開閉させることしかできず、そのザマを霧野に笑われてしまった。だって、見た目はともかく中身があんなにも男気溢れている同じ部活の先輩が私物のセーラー服を着て仁王立ちしている姿なんて見てしまったら冷静でなんていられるわけがない。

「なんだよ狩屋。女装しろっていったのはお前だろ?」
「いやだって! 普通クローゼットの中からセーラー服なんて出てくると思わないじゃないですか! そういう趣味だったんですか!」
「俺じゃないって。神童だよ。神童が最近こういうのにハマっちゃってさあ。あいつの家にも山ほどあるんだけど、その中から何着か貰ったんだよ。まあ別にびらびらな服着たって何か減るわけじゃないし、新鮮でちょっと楽しいのも本音だし、ごっこ遊びに付き合ってる、みたいな? ーーあ、ほら、メイドとか、チャイナとかもあるけど」

 狩屋は頭痛と眩暈を覚えた。同じ部活の先輩が、幼馴染みであるキャプテンと女装ごっこをしているなんて、他の部員が知ったらどう思うのだろうか。三国ら三年生あたりなら「人の性癖はそれぞれだからな。俺たちがとやかく言うことじゃないさ」なんて爽やかに言いのけるのだろうけど、それにしたってこれはいくらなんでも色々と行き過ぎではないのだろうか。少なくとも、彼らは幼馴染みの枠をとっくに超えてしまっているような気がする。しかも「ちょっと楽しい」とはなんだ。やはり霧野にはそっち方向の道への扉が開きかけているのではないか。そう考えるだけで狩屋は冷や汗だか涙だかわからない液体で体がベトベトした。

「ーーあの、もう帰ります……」
「せっかくのホワイトデーなんだからもっと楽しめよ」
「楽しんでんのアンタだけだろ!」
「あれ、楽しくなかったか」

 うーんと首を傾げる霧野の姿は変に絵になるようで狩屋はとても見ていられなかった。そのくせ、ベッドにどかりと座った霧野の足はいつものように大きく開かれていて、スカートの中身が見えそうになっている。
(さすがに下着まで履き替えていることはないとは思うけど、でもその見た目でトランクだったらすげえ萎える……)

「ってちげえ!! そうじゃねえ!!」
「楽しそうだな狩屋」
「ぜんっぜん!!」

 まあいいからちょっとこいと急に腕を引かれて、何事かと思えば狩屋は霧野の座っていたベットに転がされてしまった。満足げな霧野な狩屋の腹の上に跨り、スカートの裾をひらひらと遊ばせた。見えそうで見えない。

「中身、気になる?」
「はっ!? ナカミ!?」
「めくってもいいよ」
「はあ!?」

 ほらほら、と狩屋の手を掴んでスカートに触らせる。ヒィ! だとか、うわあっ! だとかなんとも情けない(本日二回目)声を上げて狩屋は顔を真っ赤に染めた。下りろ下りろと足をばたつかせるが、視線はどうしてもスカートを捉えていてなかなか目が離せない。嗚呼なんたってこの人はこんなことをするのか!

「ホワイトデーだから狩屋の好きにしていいことにする。めくるなり脱がせるなりご自由にどうぞー」
「あっアンタ、なにいって……!」
「先輩が気遣って楽しくさせようとしてるんだろ? そこは後輩としてありがたく受け取れよ」
「こんなのただの強要だ!!」

 後日霧野の姿を見るだけでセーラー服姿を思い浮かべてしまい練習に身が入らずキャプテンに叱られてしまったり(その後ろで霧野がニヤニヤと品のない笑みを浮かべているのを見たときは流石にぶん殴りたくなった)だとか、夢の中でチャイナ服を着た霧野(これもまた非常に違和感のない)に出会ったりだとか、おまけにキャプテンによく話しかけられるようになったり(針だか棘だか刃だかわからないが取り敢えず鋭くてキンキンに冷えた何かが言葉の中に含まれていることを狩屋は感じ取ってしまった)だとか、とにかく狩屋は消えたくなった。おまけに「そのうちオカズになるよ」と耳元で囁いた霧野の声がこびりついて朝も昼も夜もいつまでも離れない。
(嗚呼先輩! 例えアンタの女装姿が俺のオカズになったとしても、その時はアンタを思い切り犯してやるからな! 脳内で!)
 ちなみに、あのときの霧野の下着はびらびらとしたレースでもなく、トランクスでもなく、キャラクターの顔(神童に似ていると本人は大絶賛)がプリントされたパンツだった。



title by Rachel


マサ蘭騎乗位の日(3/15)ちこく



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