豪炎寺修也はああ見えて、結構表情豊かなのである。
苦手な数学と戦っているときは難しい顔をしているし、妹の話をするときはとても優しい顔になる。他のチームメイトと話すときより円堂といるときの方が表情が柔らかい気がするのは恐らく円堂の思い込みだが、それを見ると円堂もなんだか嬉しくなってしまう。
そして、彼の表情がいちばん輝くのがサッカーをしているときだ。普段は無口なエースストライカーも、このときはいつもよりいくらか饒舌になる。クールで周りよりも少し大人っぽく見える彼も、円堂と同じサッカーが好きなただの中学生なのだと改めて実感する瞬間なのだ。
そんなサッカーが大好きな豪炎寺から何度もサッカーを取り上げる神様は、なんて残酷なのだろうと思った。何度もそう思った。ただ豪炎寺はサッカーが好きなだけなのに、それだけなのに、何故あんなにも彼の身に悲劇ばかりが降り注ぐのか。円堂にはわからなかった。恐らく豪炎寺本人もわからないだろう。
その理由は、きっと天の神様だけが知っている。豪炎寺にばかり試練を与え続ける、意地の悪い神様だけが。
「豪炎寺、何処か遠くに行こう。誰もいないような、見たことも聞いたこともないところに、ふたりで」
「俺たちに、そんなことができると思うか」
「やろうと思えば何だってできるさ。それとも、豪炎寺は嫌なのか?」
逃げてしまえばいいと思った。今までそんなことを思ったことはないけれど、それは今までの敵は目の前にいたからだ。今回は、神様は目の前どころか、何処にいるのかわからない。その上、向こうは何処からでも此方を見ることができるのだ。そんな相手と真っ向勝負だなんて、ただの負け戦である。
だからせめてこの場から離れて神様を撹乱するしかない。馬鹿らしいと思うかもしれないが、今の円堂はこれが限界だった。いくら考えてもいい案なんて思い浮かぶはずもなかった。
「……嫌じゃない」
「だったら行こう。行って、ふたりでサッカーしよう。そしたら何も考えずに、誰にも邪魔されずにずっとサッカーできる。だから行こう、豪炎寺」
「…………」
「豪炎寺」
豪炎寺はイエスとは答えなかった。かと言ってノーとも言わずに、ただじっと遠くの空を見つめている。円堂のことは少しも見てくれなかった。何度も名前を呼んでも、円堂が望む答えを豪炎寺はくれなかった。
「……ここでも十分、サッカーはできる」
「だけど、そうだけど、そしたらまた豪炎寺からサッカーが取られちゃうかもしれないだろ! そんなの嫌だ、俺は豪炎寺とずっとサッカーがしたいのに……!」
「ただの中学生に何ができるっていうんだ。ふたりの所持金を合わせたってせいぜい隣町にくらいにしか行けない。わかっているだろう、円堂」
何かを言い返そうとしたのに、豪炎寺がとても悲しそうな顔をしていたから円堂は何も言えなかった。それから、円堂は自分が豪炎寺にそんな顔をさせたのだと理解すると、途端に目の前が霞んだ。ボロボロと零れ落ちる涙は円堂の顔を遠慮なく濡らす。
いやだ。そんな顔をする豪炎寺なんて、見たくない。円堂は涙を拭いながら豪炎寺の名前を呼び続ける。そんな顔をさせてごめん。悲しいに思いにさせてごめん。そんな気持ちを込めて、名前を呼んだ。
円堂の手に触れる豪炎寺の手はとても冷たくて、微かに震えていた。けれど、豪炎寺の眼からは涙は流れなかった。円堂の体温を欲しがるかのように豪炎寺の手は円堂の手を包み込んだ。いつまでたっても、豪炎寺の手は冷たいままだ。
「いっそ、火星にでも行けたらいいのにな」
いろんな色の混じった豪炎寺の声がいったい何を伝えようとしているのか、何が込められているのか、その時の円堂には何もわからなかった。