カーテンの隙間から漏れる日の光が眩しくて目が覚めたのは、午前8時半を過ぎた頃だった。ベッドから降りようと体を起こそうとするが、まだ体が重くて起き上がれない。そのまま瞼を閉じてしまうと、再び夢の中に引きずり込まれそうになる。眠気と戦っているうちに腹が空腹を訴えてきた。そういえば今日は一日家に誰もいない事を思い出す。そうとなれば、空腹を満たすためには自分で何かしら用意しなければならない。そう考えると、もう面倒臭くなって起こしかけた体を再びベッドに預けるのだった。


***


 どこか遠くで自分を呼ぶ声がする。それもどこか聞き慣れた声で、妙に耳に馴染む。そして、何故か安心感を覚える。この声の主は誰だ。

 目を開ければ心配そうな顔色で自分の顔を覗き込む神童の姿があった。しかし、何故此処に神童がいる。お前は今世界と戦うために必死に練習しているはずではないか。その神童が何故、何故俺の前に。

「……神童」
「ああ、やっと起きたな。せっかくのデートだと言うのに、寝てしまうとは勿体無いじゃないか」
「デート……?」
「まだ寝ぼけているのか? 今日は二人で遊園地に来たんだろう」

 遊園地と言われて初めて辺りを見渡した。すぐさま視界に飛び込んで来た見覚えのあるジェットコースターや観覧車は、記憶を呼び起こすのには十分過ぎるものだった。
 俺は以前、神童とここに来た事がある。それは久々のデートで、朝から晩までこの遊園地ではしゃぎ回っていた。そんな日は滅多にないため、俺はすこし欲張ってしまい、少しでも神童と近くにいたいからと女性もののような雰囲気の服を身に纏っていた。いち早く待ち合わせ場所に到着していた神童は、俺の姿を見て驚きしばらく俺を見つめたあと優しく「ありがとう」と柔らかく微笑んでいた。俺は当時、何より神童に自分の意思が伝わったことが嬉しかったのだ。
 実のところ、俺とは逆に品のある格好良い服装の神童を見ると、正直少しばかり後ろめたくなった事は、秘密である。

「よく似合っているよ、霧野」
「うるさい……って、え」
「なんだ?」

 自分の格好を見て見ると、信じられない事に、あの日とまったく同じ服を着ていた。あれ以来この服は着ていないはずなのに。今日だって、目覚めてから着替えていないわけだから、Tシャツとジャージ姿なはずなのだ。

「……いや、何でもないよ」
「そうか? ならそろそろ行こうか。早く並ばないとどの乗り物も混んでしまうぞ」
「そう、だな」

視界に映る景色、楽しかったアトラクション、待ち時間に話す会話、全てが身に覚えのあることばかりだった。だが、覚えているのにも、何故自分の目の前に神童がいるのか問いたい事があるにも関わらず、俺は何もかも楽しんだ。神童といることが何より楽しかった。
 どうせなら、全てが終わってからでいいではないか。だって、せっかくここに神童がいるのだから。神童と二人きりの時間を過ごす事が出来るのだから。だから、質問はこの楽しい時間が過ぎてからにしよう。心配しなくても、目の前にいる神童は逃げたりなどはしない。


***


 再び目を覚ました頃はもう午後12時をまわっていた。気付けばそこはもうすっかり見慣れた自分の部屋で、遊園地は疎か、神童の姿さえ見当たらなかった。
 何の事は無い。先程の出来事は全てが夢だったのだ。
 夢だったのかと思うと酷く落ち込む自分がいた。例え夢だとはいえ、久々に神童に会えたのだからもう少し長く一緒にいたかった。二人の時間を共有したかった。しかし、今更ぐだぐだ考えても無駄なことである。所詮は夢、終わったものは終わったのだ。
 もう一度時間を確認しようと携帯を見ると、不在着信が一件あった。相手は神童からだ。急に電話をするなんて珍しい。何か急用でもあったのだろうか。

「ーー神童?」
『急にすまない、今大丈夫か?』
「大丈夫。寝てただけだし」
『寝てたのか?随分な寝坊だな』
「うるさい」

久しぶりに聞いた神童の声は、俺の記憶のものより凛としている気がする。何だか、随分と落ち着いているようで、急用があるわけではなさそうだ。

「どうしたんだよ? いきなり電話してきて。いつもなら一言メールなりなんなりするじゃん」
『何だか急に声が聞きたくなってしまってな。返事を待つ時間が惜しかった』
「ははっ、なんだよそれ」
『それに、去年の今頃は遊園地に行っていただろう? だから余計にな』

 嗚呼、そうだったのか。だから俺はあの日の夢を見たんだ。あの日の様に、今年も神童に会いたいという思いはああして夢に現れたのだ。

「なんか、記念日みたいだな」
『そうだな。9月3日……俺たちの日だ』
「俺たちの日? なんかもっとないのかよ」
『十分だろう? 今日が俺たちの日のお陰でおれは今お前の声を聞けているんだ。素敵な日だよ』
「お前はすぐそうやって平然と恥ずかしい事を……」

 9月3日が俺たちの日なら、来年も、再来年も、10年後も、20十年後も、この先の遠い未来でも、共にこの日を祝おうじゃないか。
 おめでとう、俺たちの日。




title by ギルティ


2013.9.3


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