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***



わいわいと賑わう談話室。
ジェームズは両手にバタービールを持って、あちこちからかけられる声をソツなく交わしながら人を捜していた。彼が誰を探しているかは明白で、誰も無理に引き留めることはしない。


グリフィンドール寮は今や、パーティー会場と化していた。
ホグズミードから根刮ぎ買い尽くしてきたのかというような量のバタービールやファイアウイスキー。そして誰かが屋敷僕妖精に頼んできたのであろう、多種多様な品々。一概に美味しいだけでは済まされないような品目が混ざっていることから、主催者の趣向が伺えた。

ピーターはバタービールのジョッキに囲まれて顔を真っ赤にしている、リーマスが朗らかに、しかし片手にはファイアウイスキーを持ちながら談笑している、上級生は浴びるように飲んでいるし、慣れていない下級生はすでに眠ってしまっている…。
と、入り口から表れた美しい赤毛を見つけてジェームズは顔を輝かせた。



「リリー!今日も美しいね!僕と一緒に一杯どうだい?」
「ポッター、私に構わないでちょうだい!それにあなたとなんか…え?一杯?」



いつもの如くあしらおうとした彼女の緑色の目が、談話室を見渡して大きく見開かれる。次いでジェームズが持っているジョッキをまじまじと見つめた。



「な、何なのこれは…?」
「パーティーだよ、麗しのリリー。バタービールはお好きかな?」



にっこりと笑ったジェームズは癖で髪を乱そうとしたが、両手がふさがっていたためピクリと動くだけだった。しかしそれは彼にとっても良かったのかもしれない。今やリリーは、差し出されたジョッキを今生の敵とでも言うように睨みつけていた。



「信じられないわ!どうせまたあなた達が関わっているんでしょう!」
「もちろんだよ、僕ら主催のパーティーだからね」
「こんな事をして見つかったらどうなるか…監督生はいったい何をしてるの!?」



ジョッキから自分へと移ったリリーの鋭い視線を受け止めながら、ジェームズは朗らかに答えた。



「あぁ、シリウスが口説いたらみんな気が変わったみたいでね」
「そんな…!」



シリウスに微笑まれながら一緒に飲もうと言われて、断れる女子などいるわけがなかった。そして勇敢なグリフィンドール生達は基本的に、派手にやらかして刺激を提供してまわる悪戯仕掛け人達の味方なのだ。



「でも安心して。君を口説くのはもちろん僕の役目だからさ」
「あらそれは残念ね、シリウスの方がまだ見込みがあったわ」



リリーは苛立ちを隠すことなく辛辣に言い放つ。
それに反応してどうしてシリウスのことは名前で呼ぶんだい!?と悲鳴を上げるジェームズを綺麗に無視して談話室を見渡す。すると、更に言い募ろうとするジェームズの隣にどこからともなくシリウスが表れた。



「哀しいかな、友よ、しつこい男は嫌われるぜ?」
「シリウス!君はいつからリリーに名前、を……!?」



己の肩に凭れながら気怠げに呟くシリウスを見て、思わずジェームズは絶句した。
いったいどれだけ飲んだのか―――目尻を赤く染め、普段はキツめの瞳を潤ませている彼は、余りにも目に毒で。体が火照って暑いのか、普段から緩めのタイは首からかかっているだけで、おまけにシャツははだけていて、これではまるで―――…

と、そこで今の状況を思い出して非常にマズいことに気づいた。
こんな公衆の面前で、しかも多感なお年頃しかいない集団の中で、只でさえ人気のある彼がこんな姿を晒すなんて。素面の彼ならば、きっと“醜態”と言い表したであろう状態。そして何よりマズいのは、彼が美形過ぎて、誘われて寄ってくるのが女の子だけじゃないことだ。
嫌な予感がして周りを見ると、案の定男女関係なくチラチラと、いや最早ギラギラと彼に視線を送っていて。食い入るように彼を見つめる男子に、彼の一挙手一投足に失神しそうになっている女子に、そしてあろうことか頬を染めるリリーに、ジェームズは頭を抱えたくなった。



「よぉリリー、楽しんでるか?」
「シ、シリウス…………あ、そ、そうよ!貴方ったらそんなに飲んじゃダメじゃない!」



ほぅ、と見とれていたリリーが覚醒して慌てて諫めると、シリウスが困ったように微笑んだ。
周りは相変わらずぼけっとしていたが、普段からそういう姿を――言ってしまえばこれ以上の姿を見ていて免疫があるジェームズは、あぁ、なんだかよからぬ方向に進んでいる気がしてならない…と溜め息をつきたくなった。それとも混んでるおかげで被害が周辺だけで済んでいることを喜ぶべきか。



「こんなこと今すぐやめないと!見つかったらどうするの…!」
「わかってる…わかってるよ、リリー」



シリウスがそっとリリーの髪を耳にかける。
そのしなやかな指が耳から顎へとなぞるのを感じて、リリーはますます赤くなっていく。



「でもごめん、見つかったら俺が責任とるからさ…」
「シリ、シリウス…っ!?」



やはりいけないのは彼の家だ、とジェームズは思う。
どれだけ本人が否定しようと、育ちの良さは必ず表に出てくるもので。いつだって自分だったら、他の人間だったら絶対に許されないようなことを、あまりにも自然に、優雅にやってのけるのだ、彼は。


そして今も―――リリーの髪を一房、愛おしそうにそっと持ち上げて。
そこに流れるように口づけた。



「どうか、一夜の過ちをお許し下さい…」



どこからともなく、声にならない悲鳴が聞こえたような気がした。

あぁ、これは本気でヤバい…と眩暈がする。
言葉遊びのつもりだろうと何だろうと、本人があんな事を言ってしまった以上、“一夜の過ち”を望む者が、捕食者のような目で彼を見るのだ、きっと。男も女も関係なく、このチャンスをものにしようと奮闘して、強硬手段にでる可能性だってある。そしてこの集団から彼を守り抜くのが自分の役目なのは理解しているけれど…。

自分のとるべき行動について頭を悩ませているジェームズを余所に自分が及ぼす影響をこれっぽっちも気にしていないシリウスは、硬直してしまったリリーに先程まで自分が飲んでいたグラスを差し出して、首を傾げた。未だぼぅとしつつ、ぎこちなくそれを受け取ったリリーに満足したのか、シリウスは嬉しそうに笑う。



「ありがとうリリー。せっかくのパーティーだし、楽しんでくれると嬉しい」
「え…えぇ、シリウス」
「あとそれ、瞳の色に映えてすごく綺麗だ、よく似合ってる」



タイピンを指して、悪戯っぽく笑ったシリウスに、リリーはボンッと火がついたように真っ赤になった。最後に綺麗な髪を一撫でして、シリウスはくるりと背を向ける。未だ動けずにいるリリーに後ろ手にひらひらと手を振ったシリウスは、ジェームズがリリーにあげようと持っていたジョッキを1つ攫って人混みに入っていってしまった。
なるほどああやって口説くのか…と天然のタラしテクに感心していたジェームズは慌てて振り返る。



(あぁもうっ…!)



どっちの対処を優先すべきかなんて決まりきっている。
フラフラと覚束ない足取りでリリーが友達の元へ歩いていくのを見届けてから、ジェームズはすぐにシリウスの後を追った。



「シリウス!シリウスッ!」



幸いと言うべきか、案の定すぐに他の寮生に捕まっていたシリウスにはすぐに追いつくことができた。逃がすものかとジェームズがその腕をパシリと掴むと、シリウスはくるりと振り向いて。ちらりとその向こうへと冷たい目を向ければ、シリウスを捕まえていた先輩はそそくさと人混みに消えていった。
言わずと知れた相棒の登場に、勇敢なグリフィンドール生といえども早々に諦めて去ることにしたらしい。
勇敢な彼らだからこそ、勇気と無謀の違いはわかっているつもりだった。



「なんだよプロングズ、今俺は先輩と……ってあれ?いねぇし…」
「シリウス、君ちょっと飲み過ぎ。一旦部屋にあがろう」
「は?ヤだよ、ホストが消えたら失礼だろ」
(あぁほらまた、そんな事学生のパーティーで気にする人間なんて君くらいだよ)



ホストがどうとか言っているシリウスに、思わず呆れた視線を送る。
ブラックのような特殊な家でなければ、普通は未成年でそんなちゃんとしたパーティーには出たことはないはずで。だからそんな事誰も気になんかしないのに。
そうは思っても、それは彼にとって地雷だとわかっているから、口に出すなんて愚行は犯さない。いつもだったらこんなお坊ちゃま思考はからかってやるのだが、今はここから避難させるのが最優先事項だから、機嫌は損ねないに限るのだ。



「平気だよ、リーマスがいるし。ピーターは…潰れてるけど」
「でも、」
「君もみんなの前で酔いつぶれて寝たいのかい?」
「俺は潰れたりなんかしねぇよ」



ふん、と鼻で笑うシリウスにいい加減イライラしてきたジェームズは、がばっと無理矢理肩を組んだ。なんだよ、と鬱陶しそうにするシリウスの耳元で、ジェームズはそっと囁いた。


「“一夜の過ち”なんて、僕が許すと思ったのかい?」




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