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「だぁっ!もうやってらんねぇよ!」



麗らかな昼下がり。
暖かな日差しが差し込む平和なグリフィンドール寮の談話室に騒がしさを持ち込んできたのは、言わずと知れたブラック家嫡男のシリウスだった。





【Angraecum】





もともと短気な彼にしてもあまりにも不機嫌そうなその様子に、ジェームズは本から顔を上げてぱちぱちと瞬く。鬱陶しそうに髪をかきあげるシリウスにくすくす笑いが増した女の子たちは、そわそわと髪をなでたりローブを出来るだけ自然に整えようと頑張っていたが、しかしシリウスはそちらを見向きもせずに友の元へ直行した。



「どうしたんだい?せっかくの休日だというのに随分とご機嫌斜めじゃないか、パッドフット」
「どうしたもこうしたもねぇよ!」



立ち上がって大きく手を広げて見せたジェームズを一瞥し、しかしその割にちらちらと視線を送る女の子たちには目もくれず、シリウスは今し方ジェームズが座っていたソファの隣にどさりと沈み込んだ。
眉間に寄った皺は彼の整った顔を損なわせることはなかったが、造作が整っているせいか怒った顔は如何せん迫力があった。怖くから顔を背けたい、と言うかむしろ談話室からいなくなりたいと思いつつ、でもいつにも増して綺麗なあの顔を見ていたいのも本音だわ、と女の子達が思っていることなど、本人は知る由もない。


もちろんそんな些細な変化に気づいたのは彼だけだったが、自分を見たら入ってきた瞬間よりはいくらか雰囲気が柔らかくなったような気がして、ジェームズはついつい頬を緩めてしまう。そのにやけ顔に気づいて何かを言いかけたシリウスだったが、談話室に入ってきたリーマスとピーターを見てぎゅっと眉を寄せて口を閉じた。



「やっと追いついた!シリウスったら、怒るとほんとに歩くの早いね」
「まったくだよ、僕らは気にしてないって言うのに君は勝手に1人で行っちゃって…」
「それじゃ、シリウスがお冠なのは君たちが関わっているんだね?」



そう言うと曖昧に頷く2人に、シリウスが抗議するように唸った。
随分と下の方にあるシリウスの顔にもう一度視線を落とすと、目に入ったのは苦虫を噛み潰したような顔。そんな表情でもプラスに作用してしまうのはもう、流石としか言いようがない。現に他の人だったら“怖い”で済まされるところを“ワイルドで素敵”と変換されてしまうのだから、美形はズルいとジェームズは思う。



「…2人のせいじゃねぇ、ブラック家のせいだ」



口にするのもおぞましい、という風に吐き捨てるシリウスに、あぁやっぱりとジェームズは心中で苦笑する。
短気ながらもお人好しで基本的に懐の広いシリウスが、ここまで腹をたてる対象なんて、闇の陣営か彼が嫡子として生まれたブラック家しかないのはわかっている。シリウスを“正気”に戻そうとあの手この手を尽くしている彼らはいったい今度は何をしでかしてくれたのか、を当てようと考えるジェームズの横で、リーマスとピーターは困ったように視線を交わした。



「シリウス、言ったじゃないか。僕たちは気にしてないよ」
「俺が気にする!」



なんでもない風に言ったリーマスに、シリウスが吼える。
おやおや、なんだか1人置いてきぼりだぞ?と眉を上げたジェームズは、ピリピリと毛を逆立ているシリウスではなく、リーマスに目を向けた。ジェームズの視線を受けて困ったように笑ったリーマスは、ジェームズとピーターを促しながら自分もソファに沈んだ。



「あー、ちょっとね、シリウスのお母さんからお手紙を頂いたんだよ」
「手紙?あのブラック夫人からかい?」
「あれ、ジェームズはもらってないの?」



リーマスの言葉に驚くジェームズに、ピーターが首を傾げる。
ジェームズが頷くよりも早くそれに答えたのはシリウスだった。



「どうせポッター家に喧嘩売りたくねぇんだろ」
「は?」
「“純血よ、永遠なれ”
それに……………ま、何でも良いか」



シリウスは家訓を呟き、さらに何か言おうして言いよどんだ。
―――ますます訳が分からない。
大抵一を聞けば十を理解できるジェームズにしては珍しくうんうんと悩んでいると、答えをくれたのはリーマスだった。



「あー…なんて言うかね、手紙と一緒に小切手が入ってたんだ」
「小切手?」
「うん。で、手紙…というかメモだけど、それに、まぁ……金をやるから息子と縁を切れって内容のことが書いてあったんだ」



彼らの表情から、もっと酷い言い回しで書いてあったことは想像に難くない。
最悪、最悪だ…と呟きながらずぶずぶとソファに沈み込んでいくシリウスを視界の端に捉えながら、ジェームズは小切手をどうしようかと相談し始めた2人の方を向いた。



「それで?いくらだったんだい?」
「ジェームズ!」



シリウスの鋭い声が飛ぶのを綺麗に無視して、さぞかしすごい額なのだろうとわくわくした様子のジェームズを、リーマスは呆れたように見やり、ピーターの顔はあわあわとジェームズとシリウスの間を行ったり来たりした。



「だって君たちがすぐ送り返してないって事は、呪いか何かで返せないんだろう?君の母君のことだ、破ったりしてもまた復活するような呪いまでかかってるんじゃないかい?」
「わーすごい!ジェームズったらもしかして見てたの!?」



歓声を上げるピーターに優雅にお辞儀を返してニヤリと笑うと、忌々しそうにシリウスが呻いた。



「まじどうしろってんだよあの婆…!」



無言でひらりと渡された紙をリーマスから受け取って、そこに書かれていた金額にジェームズは低く口笛を吹く。
なるほど、やるとなったら清々しいほど徹底的なのは、さすがはブラック家と言ったところか。いつか“正気”に戻るだろうという愚かな希望を抱いているうちは、シリウスのためならいくらかけようとも惜しくはないようだ。



「学生のお小遣いにしてはちょっと多すぎるかもね」
「ね!ね!僕こんなに沢山持ったの初めてだよ!」



不安そうに、けれど興奮を隠しきれない様子で、ピーターは自分に送られてきた小切手を明かりに透かしてみせる。
どうやらピーターにも同じような金額が送られてきているらしい。ジェームズにつられてわくわくと何に使うかを考え始めたピーターだったがすぐに、でも使う気はないよ、とばつが悪そうに笑った。
そんなピーターにシリウスは当たり前だろうと視線を送ったが、しかしジェームズは笑って事も無げに言った。



「使っちゃえばいいじゃないか」
「「「は!?」」」




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