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ちょいちょい捏造してます、注意!






ピンポーンと軽快な音で来客を報せるインターホン。
ちょうど歯磨きを終えた蘭丸は、こんな朝早くに誰だ、と眉を寄せながら扉を開けた。




【cigarette】





部屋に響くゆったりとしたベースの音。嶺二はうつらうつらと目を閉じて、心地好いそれに身を任せるように揺れていた。



「…おいてめぇ、」



唐突にかけられた、低く甘い声。
ふっと瞼を持ち上げて、ん?と首を傾げると、声の主は酷く不機嫌そうな顔をした。もちろん嶺二はこの顔が一概に不機嫌なわけではなく、心配なとき、そして恥ずかしいときをも表すことは知っているけれど。



「眠いなら寝ろよ。気が散って弾けねぇ」
「やぁだランランったら、僕ちんのこと気になるの〜?」
「ちっ…んなわけねぇだろ、鬱陶しいだけだ」
「冷たいなぁもう!ランランのイケズー」



そんな軽口を叩き合いながら、しかし蘭丸は目線だけで自分が寄り掛かっているソファを指して眠れと言う。引こうとはしないそれは最早命令。敵わないなぁと苦笑しつつ、嶺二は床から立ち上がった。



「じゃあお言葉に甘えさせてもらおっかなー」



ゆったりと歩いて部屋を横断する。たった数歩でそれができてしまうサイズの蘭丸の部屋を、どれだけ離れようとしても数歩分しか離れられないこの部屋を、嶺二は酷く気に入っていた。
蘭丸の脇からソファへと乗り上げる。ごろりと寝転がると目の前に蘭丸の背中。綺麗なうなじ。



(ん〜絶景だねぇ)



そのかぶりつきたくなる光景に嶺二は満足そうに頬を緩める。ここでかぶりつかないのは勿体ないがしかし、明け方に夢を見て飛び起きてしまったため、正直本当に眠い。仕方なく嶺二は、ちょっかいは出さずにそのまま素直に体の力を抜いた。
けれどなんだか酷く幸せで。無性に蘭丸に触れたくなって、ツンツンと立っている綺麗な銀髪に手を伸ばしかけた嶺二は、しかし再び彼からかけられた声に動きを止めた。



「…嶺二てめぇ、くせぇぞ」



ぽつりと呟かれた言葉に、瞬間嶺二はぱちくりと瞬く。ついでスン、と自分の服の匂いを嗅いで、あぁ、と言葉を発した。



「煙草の匂いかな?ごめんごめん、匂い消してきたつもりだったんだけど」
「てめぇが煙草吸うなんて…知らねぇ」
「あぁそうだねー。吸ってたのはランランと会う前だったからなぁ」
「今は?」
「今?今は吸ってないよ、ランラン知らなかったくらいだしー?」



ランランたら嗅覚犬並みだねー!と茶化しながら、止めていた手を動かして銀髪をわしゃわしゃと撫でる。しかし意外にも反論もせず振り払いもせずな蘭丸に、嶺二はおや?と首を傾げた。



「なになにランラン、どうしちゃったの〜?」
「…んで、吸ってたんだよ」
「え、ごめんなに?」
「ちっ…なんでアイドルなのに煙草なんて吸ってたんだよ、てめぇ仮にも歌うたいだろうが!」
「あれれ、仮じゃないんだけどなー」



踏み込んでいいのかわからない。けれど、知りたい。
そう必死に探っている気配に自然と頬が緩む。恋人という間柄なのだから遠慮なく聞いてしまえばいいのに。こういう不器用なところが、かわいくてかわいくて仕方ない。



「ちょっとね、ランランと出会う数年前に精神的にキツいことがあってさ。自暴自棄っていうか、逃げてたっていうか…吸い始めちゃったら止まんなくってね」
「………」
「あの頃は酷かったよーヘビースモーカーってやつ?」



親友が一人消え、二人には恨まれて。
まだ蘭丸も側にいなかったあの頃、一気に拠り所を失ってしまった嶺二は、仕事にのめり込むと同時に煙草にも急激に依存していった。酒と女とクスリに溺れるよりは遥かにましだったとは思うけれど。



「ま、最近はもうすっかりご無沙汰だったんだけどね!今日ちょっとあの頃の夢見ちゃってさ」
「………」
「ごめんね、もっとちゃんと消してくればよかったなぁ」



正直本当は、そんな余裕などなかったのだ。
藍音の失踪。作曲家二人との決別。ガラガラと崩れていく周り。

それなのに―――まるで彼らは元から存在しなかったかのように進む、日常。

事件は風化されていく。周りはあっさりと、当たり前のように変化していく中で、嶺二だけはぽつんと置いていかれていった。苦しいのに、吐き出せない。吐き出せる相手などいない。
なにより、藍音を止められたはずなのに仕事を優先した自分が、弱音など吐いていいわけがなかった。


そんな頃の、まさに崩れ始めた頃の夢を見て、汗だくで飛び起きたのは午前4時。その手は自然と煙草へと伸びた。



「…それは」
「ん?」
「それは、あれか…藍に似たやつの、話か?」



いつの間にか止まっていたベースの音。
緊張が伝わってくる、背中。


だけどあの時、煙草を吸ったところでざわつき冷えきった心は落ち着いてはくれず、もうどうにもならなくて。
ただ―――会いたい、その一心で、気づけばこの部屋の前へと立っていた。



「んー、そうだね。藍音の夢」



開いた扉の奥、現れた眠そうな蘭丸の顔を見て、どれだけ安堵したことか。どれだけ暖まったことか。顔を見ただけですんなりと落ち着いた心に、自分の安定剤がとっくに蘭丸へと変わっていたことに気づかされた。



「大丈夫、もう吸わないよ」
「…別に、おれの知ったこっちゃねぇよ」



ムッとしたように答える蘭丸に苦笑する。
藍音に嫉妬してるならそう言えばいいものを。
いじらしい恋人の首に後ろから腕を回し、うなじにちゅっとキスを落とした。



「ッ、てめぇっ!」
「…ありがとうね、ランラン」
「あ?なにがだよ!」



うっすらと朱に染まる首筋を存分に堪能する。



(僕が今ここにいるのは、全部ランランのおかげなんだよ)



この想いを告げられるのは、きっともう少し先の話。
身に染み付いてしまった煙草の匂いが、蘭丸の匂いに上書きされたらにしよう―――そう思い、嶺二はゆるりと目尻を緩めた。





*end*

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