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ホールから聞こえるピアノの音。
昔から聞き続きたその音色に、自然と足は止まっていた。





【make you happy】





吹き抜けるのホールの上。手摺にもたれて下の階を覗き見る。
案の定そこには、聖川と、最近聖川がご執心なレディの姿があった。



「わあ!聖川様素敵です!」
「そうか?でもそれはきっとお前の曲が良いからだ、七海」
「そっ!そんなことっ!ありがとうございます!」



大袈裟に驚いて、がばりと下がるピンク色の頭。
ぎこちない距離感。近づきたいのに近づけない。おままごとみたいな恋をしている二人。

話に聞いていたのとは大分違うようだ、と苦笑する。
聖川は最近、部屋に戻ってくる度に彼女の話をするようになった。溢れ出す思いを塞き止められないんだろう。聞いてもないのになにかが決壊したかのように怒涛のように語られる。今までだったらオレがちょっかいを出すくらいしか会話がなかったというのに、だ。



(そう思うと快挙だよなあ)



いかにレディが可憐で、かわいくて、優しくて、才能があるか。
聞きたくもないのろけ話を延々と聞かされるこちらの身にもなってくれ。これじゃあ実際それを目にしたときにはかなりキツそうだ―――そう、思っていたのに。



「…奥手にも程があるだろう、あいつ」



まだまだこんなに距離感があるなんて。どうせお堅いあいつのことだ、恋愛禁止令なんてものを律儀に守ろうとしてなにもできずにいるんだろう。



ぼーっとキャッキャはしゃいでいる下の様子を見ていると、コツコツとこちらに近づいてくる靴音。振り向くとそこには、教科書を持ってこちらに来るクラスメートの姿があった。そういえば次は教室移動だったっけ。



「レン、どうしたんです?」
「あぁイッチー、見てみなよあれ」



階下を指差し、もたれていた手摺から体を起こす。
なんです、と下を覗いたイッチーは、すぐに驚いたように顔をあげた。



「あれは聖川さんと…」
「パートナーのレディさ。かわいい子だろう?」
「えぇまあ…いえ、それはおいといて、あれは…」



戸惑ったように眉を寄せるイッチー。
それはおいといて、だなんてイッチーもなかなか失礼だな、なんて苦笑しつつ、肩をすくめてみせる。



「空気がピンクすぎて見てられないだろう?」
「えぇ、そうですね…レンが女性を口説くときとは違う、純粋な色だから直視できないというか…」
「あはは、イッチーほんと言ってくれるね」
「事実でしょう」



一見してわかるくらいには駄々漏れている「好き」の気持ち。抑え込みすぎて、逆に漏れてきてしまっているなんて不器用にも程がある。

好きにしていればいい。退学になってしまったとしても、それはそれでドラマチックなんじゃないかとも思う。だけどとばっちりがこっちに来るのはごめんなんだ。いくら愛の伝道師たるオレでも、聖川の恋愛相談やらのろけ話やらは聞きたいわけじゃないからね。



「あっ、ちょっとレン、どこにいくのですか!」
「ん?見ていられないからレディにちょっかいかけにいこうと思ってね。そうすりゃいくらあいつでも何か行動を起こすだろう?イッチーも来るかい?」
「行きませんよ!これから授業です!」
「あぁそうだったね…リューヤサンには上手く誤魔化しておいてくれよ」
「ちょっと!レン!」



後ろから追いかけてくる真剣な声に、仕方なしに振り返る。
なんだい、と小首を傾げると、イッチーはぎゅっと眉を寄せた。



「貴方はそれで、いいのですか」
「ん?なにがだい?」
「…レン、貴方が聖川さんの話をするときも、私は見ていられませんよ」



その口から発せられた想定外の言葉に一瞬目を見開く。けれどすぐに、呆れたように笑ってみせる。



「なに言ってるんだいイッチー、冗談でもそんな気色悪いこと言わないでくれよ」
「私は真剣です」
「じゃあそれはイッチーの勘違いだろ」



そう素っ気なく返し、もう話は終わりだと背を向けた。ちょっと!と呼び止める声を無視して階段へと向かう。



「どうして…!憎まれ口を叩いているくせに、あんなに大切そうに話すじゃないですか!あんなにいとしそうに話すじゃないですか!あんな暖かな陰口を、私は他に聞いたことがありません!」
「…うるさいな」
「レン!どうして認めないんです?わかっているんでしょう?貴方は彼のことを…!」
「声が大きいよ、イッチー」



思わず振り返り、たしなめるように睨み付ける。
険しい顔をしていたイッチーはしかし、オレの顔を見た途端、眉を下げて情けない顔をした。



「レン、貴方…」
「レディとくっついた方が、聖川にとっても幸せだろう?あいつもそれを望んでる、だったら…」
「だけど!だけど私は貴方の友達だから!見ず知らずの女性よりも、貴方に幸せになってほしいんです…!」



必死に訴えてくるイッチーに苦笑する。
嬉しいね…だけどリアリストでクールなあの一ノ瀬トキヤが、オレごときになにをそんな必死になっているんだか。



「なんだいイッチー、そんなにオレのことが好き?」
「バカ言わないでください!私は真剣に…!」
「あぁ、わかってるよ…ありがとう」
「だったら!」
「…だけどねイッチー、余計なお世話、かな」



ふわり、綺麗に笑ってみせる。
ピクッと固まったイッチーにひらりと手を振り、今度こそ階段を下っていく。
ここを下りれば、きっとまだじゃれあっている二人とかち合う。オレがレディを挑発したら、聖川がどんな反応をしてくれるのか楽しみだ。嫉妬したらあの男がどんな顔をするのか、新しい一面を見られるなんて、それだけでオレには十分なんだ。

そう、だから―――…



「……そんな顔して言われても、説得力ないですよ…」



ぽつり、呟かれた言葉は、聞こえないフリをした。





*end*

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