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【しりとり!】



昼休み。
珍しく一人の音也は、暇を持て余していた。なにをするでもなく窓の外を見つめ、ぼーっと眺める。お、あの雲わたあめみたいだ、と思ってから、雲は大抵わたあめの様だということに気づいてがくっとうなだれる。なにやってんだろ、俺。
この学園に入ってからというもの周りが賑やかだったおかげで、一人での暇潰しの仕方を忘れてしまったのかもしれない。ここまで暇なのも珍しかった。



「んー…あ、歌詞でも書こっかな」



そうか、こういう時間にしておけば課題に追われることもないのか。ルームメイトにはやっと気づいたんですかそんなこと、と呆れられそうだが、音也にとってこれは大発見であり名案だった。
しかし机の中からノートを取り出そうとゴソゴソと漁っていると、急に教室がざわめいて。隠しきれない黄色い声に、噂をすれば、トキヤがきたのかと顔を上げた。



「えっ、レン!?」



しかしクラスの扉のところに立っていたのは予想外の訪問者で、音也は思わず声を上げる。その声に反応して視線を巡らしたレンは、ぽつんと座っている声の主を見つけて驚いたような顔をした。全身を使ってブンブンと大きく手を振る姿に苦笑して、そちらへと向かう。



「やあイッキ、珍しいね。一人かい?」
「うん。林ちゃんに教室にいろって言われちゃって」
「なるほどね。他のメンツは?」
「みんな購買にいっちゃった。俺のも買ってきてくれるんだ」



そう、それは寂しいね、と言うレンに素直に頷く。そうは言ってもレンならば、一人の時間も考え事だったりデートの計画だったりと、きっと有意義に使えるんだろうけれど。しかし一人での時間の潰し方が下手な音也は、いいカモであるレンを簡単に逃がしなどしない。ここぞとばかりにレンに話しかける。



「レンこそうちのクラスに来るなんて珍しいね。誰に会いに来たの?」
「レディに、と言いたいところだけど…イッチーに、ちょっとね」
「トキヤかあ…トキヤはどこ行ったのかな」



購買に行ったメンバーではなかったはず、と思い出してから、そういえば今日もトキヤの姿を見ていないことを思い出す。早朝に出て行ったり日付を越えてから帰ってきたりと、同室である以上、彼がなにか秘密を持っているのを気づかないわけにはいかなかった。しかしそれでも余計な詮索はしたくない。トキヤはあれで優しい男だ。隠しているのにはそれなりの理由があるんだろうと、音也は思う。



「ねえ、じゃあさ、しりとりしようよ!」
「しりとり?」
「どうせ二人ともやることないんだしさ。ね、いいでしょ?」



突然の音也からの提案に、レンはぱちぱちと瞬いた。トキヤがここにいないのなら、音也の顔も見られたしもう帰ろうかと思っていたのだ。しかしあまりにもキラキラと期待に満ちた目で見つめられてしまえば、断れるわけもなく。そういうところが本当にズルいよね、と思いながらレンは音也の隣の席へと腰掛ける。



「オーケイ。わかった、降参だ」
「やった!」
「ところでしりとりってなんだい?」
「ああ、えっとね、相手が言った言葉の最後の文字から次の言葉を考えて言っていって、最後に『ん』がつく言葉を言った方が負けのゲーム」
「なるほどね、なかなかスリリングそうなゲームだ」



でしょ、と弾けたように笑う音也にレンも笑みを返す。初めてのしりとりに、レンのテンションも密かに上がる。脳内では着々とイメージトレーニングが進んでいた。
なんの滞りもなく進んでいく会話。こっそりと聞き耳を立てていた周りが、この年になってしりとりを知らないレンの浮き世離れ感に愕然としているのを余所に、二人の楽しいしりとり大会が開幕した。



「よっしじゃあ俺からね!しりとり!」
「り、から始まればいいんだね?そうだな…リトアニア」
「そうそう、そういう感じ!あー…朝!」
「サックス」
「するめ!」



順調に進む二人のしりとり。もちろん初心者のレンはしりとりの定型というか、様式美のようなやりとりは知らないため、初っ端から有らぬ方向へ言葉を飛ばす。しかし音也は音也でまったく気にせず定番の言葉へと持っていく。周りから見ればどこかちぐはぐなやりとりも、しかし二人にとっては楽しければなんでもよかった。
レンが楽しそうで、嬉しくなってわくわくと考える音也。しかし彼は、これから起こる悲劇を知らない。



「メリルリンチ」
「チョコ!」
「COACH」
「ち…チア!」



さきほどからレンが固有名詞ばかり言っているのはどうなんだ?と周りが首を傾げる中、音也は気にせずしりとりを続ける。ゲームのルールを握っている音也がNOと言わなければなんだってありだった。



「愛」
「稲!」



───キタ。
音也が稲と言った瞬間、レンの頬が僅かに上がった。しかしそんな変化には気づけずに次の言葉を待つ音也。その楽しそうな顔に、レンはずいっと顔を近づけた。



「ねえイッキ、オレが君のことが好きだって言ったらどうしようね?」



ざわり。
レンの突拍子もない発言ににざわざわと教室中がざわめく。もちろん突然の告白に、音也も目を丸くする。



「ねっ…ね?ね、じゃないよビックリした…!突然なに言い出すの!」
「のんびりしりとりしてるのにも飽きてきてね」
「ネコじゃないんだから…!心臓に悪いよやめてよほんとに!」



慌ててわたわたと身振り手振りが大きくなる音也にレンがくすくすと笑う。周りが自分たちに注目しまくっているのを感じながら、敢えて見せつけるように口を開いた。



「人間だよ、これでもね。ふふ、それよりもさっきの答えをくれない?」
「い、いきなりそんなこと言われても…っ」
「もっと情熱的に言ってほしかった?…イッキ、オレは君のことを心の底から愛しているよ、とかどう?」



そう言ってうっそりと目を細めるレンに、教室全体が赤面した。あ、これは見ちゃダメなやつだ、と一気に教室中がピンク色に染まる中、一際真っ赤になった音也が叫ぶ。



「うわあああああああダメだよ!レン!ここ教室だから!」
「ライバルを牽制するにはいい機会だと思わない?」
「いるわけないでしょライバルなんて!やめようレン!ねえ部屋に帰ろう!?」



慌てすぎて墓穴を掘っているなんて露知らず、とにかくここからレンを遠ざけないと大惨事だと立ち上がる。しかしレンは教室を離れる気などないらしく、不満そうに口をとがらせた。



「うーん、でもオレの気持ちだけ聞いて逃げるなんて酷いと思わない?」
「いや、いくらなんでも今ここでっていうのも酷いと思うんだけど…っ」



どうにか自分を立たせようとする音也に、レンは少し眉を下げた。その表情に、音也はギクリと動きを止める。その顔は、反則だ。



「どうしても今、イッキの口から聞きたいんだ…ダメかな?」
「な、なんでそんな顔するの!ズルいよ!」
「よく言われるよ。でもそこまで拒むなんて、やっぱりここに聞かれたくない人でもいるのかな…」



悲しそうな顔で笑ったレンが、今度は自ら立ち上がって音也から離れようとする。しまった、と慌ててレンの袖にしがみついた音也は、必死に弁解を試みる。こんなことで誤解されるなんて冗談ではない。



「なっ、待ってそんなことないって!信じてよお願い!」
「言ってくれないと不安だよ…どうしても、言ってくれないんだ?」
「だ、だって言う必要ないでしょ!わかってるんでしょ!?」



困り果てる音也に、レンは諦めたように笑う。あからさまに沈み込むレンの空気に、周りはまた違った意味でざわついた。音也もレンの表情に泣きそうになる。
ああ違う、そんな顔をさせたいわけじゃないのに。



「しょうがないだろ、不安なんだから。頼むよ、お願いだから言ってくれ…」
「…っ!」



ぐっと歯を食いしばる。大切な、愛する人にこんな顔をさせてまで、俺はいったいなにを優先させようというんだ。優先順位など、考えずとも決まっていた。
意を決して、音也は口を開いた。



「レンだよ…!俺が愛してるのはお前だけだよ、レン!」



教室の真ん中で、愛を叫んだ音也。しん、と静まり返る教室。
周りが呆気にとられる中、レンはそれはそれは嬉しそうに微笑んだ。



「はい、イッキの負け」
「えっ?あっ…」
「最後が『ん』で、負けなんだろう?」
「あーっ!」



そう言って、はい終わり、と上機嫌に一つ手を叩くレン。呆然とそれを見つめるしかない周り、そして叫ぶ音也。
固まっている周りを放って、鼻歌を歌いながらSクラスに戻ろうとレンは扉へと向かう。そこにはガックリと扉にもたれかかって頭を抑えるトキヤが立っていた。



「やあイッチー。ずいぶんのんびりな登校だね」
「なっにを、やってるんですかあなた達は…っ」
「ん?しりとりさ。なかなかにスリリングな遊びだったよ」
「そうでしょうとも…!」



上機嫌そうにしりとりの楽しさを語るレンに、トキヤは最早どうすればいいのかわからずに周りを見渡す。しかし残念ながら見渡す限りフリーズ中で、全員トキヤに助け船を出せるような状態ではなかった。彼は、自分がAクラスにもたらした惨状に気づいているのか。



「あ、そうだイッチーこれ、リューヤさんから」
「日向さんから…?」
「うん、ちゃんと届けたからね。それじゃあオレは、」
「ちょ、ちょっと待ってよレン!!」



目的を果たし、何事もなかったかのように帰ろうとするレンに、ようやく立ち直った音也が声を上げる。しかし周りはまだ回復しきれていない。呼ばれて振り返ったレンは、音也に向かって綺麗にウインクをしてみせた。



「情熱的な愛の告白をありがとう、イッキ。楽しかったよ」
「ちょっと!ズルいよレン!」
「またやろうね、しりとり」



ちゅっと投げキッスをして教室から出ていくレン。逃がすものかと、音也はガタガタと周りの机にぶつかりながら走り出す。レンと入れ替わりに教室に入ってきた林檎が目を丸くした。



「オトくんおっまたせ〜ってちょっとどこいくの!?」
「ごめん林ちゃん!またあとでにして!」
「え、ちょっとオトくん!?」



バタバタと教室を出ていく音也。わけもわからず呆気にとられる林檎。呆れたようにため息を吐くトキヤ。そしてまだ復活しきれていないAクラス。


しりとりだから。
それを合い言葉にしてなんとか正気に戻ってきた彼らは、うん、あれはしりとりだったんだ、と口々に言い合った。そうでもしなければ、衝撃から立ち直ることができそうになかったから。彼らが落していった爆弾は、あまりにスリリングすぎるものだった。


結局あのやりとりが、一体どこまで本気だったのか───真相は、当人のみぞ知る。





*end*

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