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「おい嶺二、てめぇ明後日の夜はすぐ帰ってこいよ」
「えーなになになんで?ぼくちん撮影入ってるからなんとも言えないよ?」
「なんでもだ。とにかく帰ってこい。おまえならできんだろ?」

 シーツの上で煙草を吹かしていると突然かけられた言葉。約束というよりは命令に近いそれに首を傾げる。しかし暑いのかなにも被ろうとはせず上半身を晒しながら気怠げに口角を上げたランランに、出来ないだなんて言えるわけがなかった。




【とくべつな日】




ざあっと二人の間に風が吹いた。先ほどから黙りこんでいる彼女に小さく息を吐き、ゆっくりと向き直る。こちらを見つめる綺麗で澄んだ瞳に向かって完璧な笑顔を作ってみせた。そうすれば、彼女は少しだけ安心したような、嬉しそうな顔をする。
ああ、だけどごめんね。そんな顔をしてもらったところで、今から告げる言葉は変わったりはしないんだ。

「ね、きみはそんなに綺麗なんだし、次はぼくなんかじゃなくて、もっと良い男にしなよ」
「…そんなこと言って、あなた以上に良い男なんているわけないじゃない…わかってるくせに。ヒドイ人ね」
「あはは…でしょ?ぼくは酷い男だよ」

だから、もう終わり。ばいばい。
息を吸うように、冷たい言葉をすらすらと吐き出しながら笑った。彼女の返事は聞かずにくるりと背を向ける。うっすらと口元に笑みを浮かべて歩きながら、僅かにすっと視線を下げた。

(だけど…ほら、あとを追ってもこない。きみにとってもぼくは、そんなもんだったってことでしょ?)

―――なんて、そんな感じの切なげなモノローグがここで流れることになっていたはずだ。声を録るのはいつだったけ?と思い出しながら、寂しさを滲ませて歩を進める。あ、確か来週だったっけ、と思い出したちょうどその時、現場に監督の声が響いた。

「はい、オッケイ!嶺二、よかったよ!」

その声に弾かれたようにぱっと顔を上げる。業界でも厳しいと有名な監督のその言葉に、自然と顔一杯に笑みが浮かんだ。

「うん、どっちもいいな。これでいこう」
「あっじゃあ今日の撮影は以上でーす」
「お疲れ様でしたーっ!」
「お疲れー」

 予定よりもずっと早く終わった撮影。思わぬ褒め言葉と解放感のせいで口元が緩んでしまう。
ほら見てランラン、ぼくちんやれば出来る男だよ!ランランに期待されてたからもう張り切っちゃったよ!だったらいつもやれよってね!

「嶺二くんさっきのすっごいよかったよー!」
「ほんとアンニュイな顔が似合うんだから!」
「最低クズ男なのに嶺ちゃんの味方したくなっちゃうじゃない!この色男めっ!女の敵!」
「おっとと、お褒めの言葉はありがたいけどその表現はぼくちんのイメージおかしくなるからやめてーぼくちん超一途だからね!」

 あちこちからかけられる言葉に応えながら人の間を縫って歩く。人付き合いのいいキャラなぼくとしてはもっとお喋りしてたいんだけど、ぼくにだって優先順位はある。とりあえずランランにはよ帰ってこい言われてるから行かなきゃなんだよね。
足早に現場を出ようとするぼくの前にはなぜか今日に限って人がわらわら集まってくる。なんなんだこれ、邪魔だなーと抜ける場所を探して視線を巡らすと、偶然目に入った女性。ふと思いついて、さっきの同時撮りで綺麗に涙を流していたであろう彼女の方へと向かっていく。早く帰らなきゃなのはわかってるんだけど、今ぼくは気分がいいから、幸せのお裾分け。なんて、思いつきでぼくに絡まれるこの子も可哀想だなと思いつつ、はい、とティッシュを差し出す。すると、てっきりスタッフが持ってきてくれたと思ったんだろう。ありがと、と言って受け取った彼女がぼくの顔を見た途端、驚いて大きな目をさらに大きくした。あらあらかわいい。こんな美人さんをあんなこっぴどく振っちゃうなんて、ぼくちんたら罪な男ね。

「こ、寿さん!」
「あはは、びっくりした?」
「びっくりしました…!あ、ありがとうございます」
「いえいえ。ぼくこそあんなこと言っちゃってごめんね」

 そう言ってにっこりと笑えば、目元を赤く腫らした彼女が大丈夫ですと照れ臭そうに笑った。あーらら、こんなかわいい顔晒しちゃって大丈夫なの?大人っぽくてクールそうな美人さんなんだけど、実際話してみると年相応でとってもかわいい。そんなギャップ見せられたら、たいていの男はグッときちゃうよ。まあぼくちんは他に目を向ける暇もないほど溺愛しちゃってる恋人がいるから関係ないけど、悪い大人はいっぱいいるんだからね。ていうかそうだ、ランラン待ってるんだった!

「さーて、かっこよく優しくて頼りになるお兄さんアピールもできたし、ぼくはもう帰ろっかな」
「え、もうですか?」
「んー?」
「あ、や、もうちょっと、準備できるまで…あっ」
「ん?準備?」

 彼女がやってしまったとばかりに口元に手を当てたその瞬間、派手な爆発音。驚いてさりげなく彼女を守るように振り返ると第二弾。パァーンという音と共に吹きかける紙吹雪。な、なんだこれ…クラッカー?

「「「「お誕生日おめでとう!!」」」」
「え、ええええっ!?」

 突然のことに驚いてありきたりな反応しかできない。用意周到に準備されていたケーキが運ばれてくるのを見ながらぱちぱちと目を瞬く。
え、うそ、今日ってぼくの誕生日だっけ?ほんとに?

「あはは、サプライズ成功ー!」
「とか言って、ほんとは期待してたんじゃないのー?」
「いやいやすっかり忘れてましたよ!だって今日まだ誰も…」

 ―――おい嶺ニ、てめぇ明後日の夜はすぐ帰ってこいよ。
 フラッシュバックする低く甘い声。え、まって、嘘だよね?誰にも…確かに誰にも祝われてはいない。だけど、だけどあれは、もしかしなくてもあのツンツンツンデレなランランのお誘い?祝ってやるからすぐ帰ってこいよ?そういう意味にとっていいの?え、え、わっかんないよランラン!ツンツンに慣れすぎちゃってそんなサラッと言われちゃうとぼくわかんないよ…!とりあえず、一刻も早く帰らねば!!

「よぉーっし!じゃあお姉さんケーキ切っちゃうぞー」
「あー待って待って。ろうそく消してもらわないと」
「あ、じゃあ嶺二くん、おねが…って、あれ!?」

 背中の方でざわついているのがわかる。そりゃそうだ、だってさっきまでそこにいたはずの主役が消えてこんな全力で走ってるんだから。ごめんなさい、ありがたいけどぼく早く帰らなきゃならないから!今なら百メートル新記録が出そうだよ!
 そして向こうはやっとぼくが消えたんじゃなくて駐車場に向かって猛ダッシュしてるのに気づいたんだろう。ぼくの名前を呼ぶ声が聞こえてくるから慌てて振り返る。

「サプライズ嬉しかったよー!!でも嶺ちゃんさっき事務所に呼ばれちゃったんだ、ごめんねー!」
「えっちょっと嶺二くん!?」
「サンキューベリベリマッチョッチュ!」

 さすがにこの言い訳はかなり苦しいかなと思いつつ、いやシャイニーさんの呼び出しだと言えばなんでもオッケイな気がする!とおまけに最後に投げキスまでしてゴリ押ししてみる。ごめんなさい、今度絶対埋め合わせするから!

「お疲れ様でしたーっ!」

 当然まだざわついてる後ろに向かってそれだけ叫び、ぼくはかわいい相棒の元へと全速力で駆けていった。




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