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授業のない日曜日。課題は昨日済ませてしまったから、珍しくやることのない休日。手持ち無沙汰なわけではないが、暇ならいくらでもある。ちょうどいい。

俺の同室者の話をしよう。





【同室者についての考察】





俺の同室者である神宮寺レンは、一言で言うと、とにかく派手な男だ。
オレンジ色の長い髪に綺麗な青い瞳。自信に満ちていつだって口角が上がっている唇に、すっと通った鼻筋、目尻が僅かに垂れて色気垂れ流しの目、それら全てがシャープな輪郭の中に計算し尽くされたような完璧な配置で収まっている顔は、素晴らしく整っている。おまけにその艶やかな唇は開けば口説き文句ばかりを甘く囁き、長い腕はすぐにエスコートするように腰へと回される。はだけて晒される均整のとれた体は、その上背のわりに軽い体重のせいで、筋肉はついているのに驚くほど腰が細い。そしてなにより、抜群の歌唱力と低く甘い声は、奴の歌を聴く人すべてを惹き付ける。
とにかく、派手。今列挙したものだけでも充分アイドルとしての適性はあると言えよう。だがしかし、奴の最大にして最高の魅力は、こんな凡庸なものではない。

神宮寺の最大の強み―――それは、その存在感にあった。
どこにいても周りに埋もれることのない、圧倒的な存在感。人の目を惹き付けるそれは、悔しいけれど他の人間は持ち得ない、努力ではどうにもならない、天性のものだった。





「なぁ聖川、そんなに熱く見つめられると穴が開きそうなんだけど」
「ん?あ、あぁ、すまない」
「なに、見つめてたって認めるの?そんなにオレに見惚れちゃった?」
「そ、そんなわけなかろう!」



とまあ、俺がこいつのことを(心の中で)べた褒めしたところで、こいつはこんな感じなのだが。そう、悲しいことに、今述べた神宮寺についての考察はすべて奴の美点についてだったがしかし、欠点汚点を挙げればキリがないのも事実だ。

大食らいで寝汚く、味覚は破綻しているしで生活態度はとことん悪い。制服も着崩し無駄にはだけて風紀を乱し、女性とみるとすぐに口説き落としにかかる。いつでもどこでも女性を侍らせ、それを見せられる俺の気持ちなど考えもしない。男性であっても他の同輩には普通に接するくせに、俺にはやたらと突っかかってくる。いやもちろん、俺を意識してくれてるということに関しては嬉しいのだが。でも時には、人前でも喧嘩腰ではなく普通に喋りたいと思う。あぁそれに、あいつは驚くほどに甘えるのが下手なのだ。末っ子のくせに、育った環境のせいで甘えるということを知らない。甘える方法を知らないあいつに、どんな状況でも独りで耐えようと、乗り越えようとするあいつに、俺は酷くやきもきする。



「ねぇ、だからそんな見つめないでくれないかな」
「神宮寺」
「な、なに?」
「…お前は、もっと俺に甘えるべきだと思うのだが」
「………は?」



たっぷり間をとって、ようやく発せられた間の抜けた声。神宮寺は奴らしくもなくぽかんと口を開け、おかしなものを見るような目でこちらを見る。ちなみに今俺は、奴がベッドの上で雑誌を読んでいるのを横目に書をしたためながら考察をしていたわけだが、こんなに気が散漫な中書を書くなど上手くいくわけもなく。それに書にも失礼なのでとりあえず中断することにした。というかそもそも、考察に意識をとられすぎて一文字も書けてなどいなかったのだが。

いそいそと筆を置いて立ち上がり、畳みから降りる。固まる神宮寺の手から雑誌を取り上げ、それをぽいっとサイドボードへと放った。



「ちょっと聖川?」
「ほら神宮寺どうした、甘えてみろ」
「えーっと、なに言ってるのかなお前は?どこでスイッチ入っちゃったわけ?」



ギシリとベッドを軋ませ、体の上へと乗り上げて押し倒すと、焦ったように押し返そうとしてくる腕。しかし決して俺を力一杯突き飛ばしたりしないそれに、拒みきれないその様子に、無意識に口角がつり上がる。しかし調子にのって、常日頃余裕ぶって大人ぶる奴の焦った顔が見たくて覗きこもうとすると、両腕で顔を隠されてしまった。現実逃避をするように目をぎゅっと閉じているのはわかる。それだけでもこんなにかわいいと思うのだ、どうせなら真っ赤になっているだろうその顔をすべて見てみたい。それなのに視界を遮る邪魔な腕に、俺はむっと顔をしかめた。



「なにをしている神宮寺、顔を見せてはくれないのか?」
「いやお前こそなにしてんだよ!さっさとオレの上からどいてくれ!」
「それはできない頼みだな」
「あーもうなんなのお前!」
「なんでもない。ただ俺は今、お前を酷く甘やかしたい気分なのだ」



仕方なくその腕にちゅっと口づけると、閉じていた目が恐る恐る開いてこちらを窺い見る。恥ずかしいのかなんなのか、微かに目尻を赤らめる姿は酷く扇情的だ。いっそのこと食べてしまいたい―――しかし俺は今それよりも、そう、お前を甘やかしてやりたいのだ。だから乱暴に腕を払ってその唇にかぶりつきたい衝動をぐっと抑え、ふっと柔らかく笑ってみせた。そうすればなんだかんだ神宮寺は、自ら腕をどけて潤んだ瞳で俺を見上げてくれるだろう…そう、思ったのに。



「…いや、だ」
「え?」
「いやだよ、そんなのいらない」



しかし一瞬呆と俺を見つめた神宮寺は、すぐに腕をどけてくれるどころかぎゅっと身を守るように目を瞑り、さっきよりも自分の腕に隠れるように縮こまってしまった。その反応はあまりにも予想外で、と言うかいらないと言われたのがわりとショックで、一瞬思わずフリーズする。
いらない?え…えっいらない、だと?
そう混乱して呆ける俺を余所に、再び目を開けた神宮寺が、俺を見て笑った。目尻を下げて、困ったように、切なそうに、苦しそうに、無理矢理口に弧を描く。



「嬉しい、けど、そんなのいらないよ」
「神宮寺?」
「…同情とか、そんなものがほしいわけじゃない」
「―――…」



笑っているくせに、どこか酷く緊張した表情。ぎゅっと握られる拳。腕に隠れてよくわからないが、きっとさっきと違って顔面は蒼白だ。

待て。なんだ、なんの話だ。ただ単に、俺は本当に純粋にお前を甘やかしたくなっただけで。いったいどこに、そんな顔をする要素が―――…

ふと目に入った雑誌。さっき放り投げたあれは、確か神宮寺がこの間撮ったCMについてのインタビューとグラビアが載っていたもので。まだデビューしてない者ばかりのこの学園で、すでに本格的に芸能活動をしている生徒は少ない。だから、学園は最近この雑誌と神宮寺の話で持ちきりだった。



(…―――あぁ、そうか)



そうか、なるほど。わかってしまった。
そう、確かに学園はこの雑誌の話題で持ちきりだった。さすがレン様、お美しい―――そう賛辞する声と共に、“神宮寺財閥三男”という肩書きを妬む声も少なからず聞こえたのも、確かで。神宮寺財閥がスポンサーである企画のCM。本人が望んでいない仕事だったとしても、そういう妬みやっかみを向けられるのは仕方のないことのはずだ。望まない仕事、望まない賞賛、望まない僻み。けれど神宮寺本人だって、それは理解して割りきっているはずで。
それなのにこんなに反応するのは、きっと、俺がこいつの思いを、過去を、現在を知ってしまっているからで。そして自惚れでなければ、俺が俺だからで。



「…すまない神宮寺、同情などと、考えてもいなかった」
「え?でも、」
「俺はただ、お前を甘やかしたくなっただけだと、そう言っただろう?」



顔を隠す両腕を掴んでそっと解く。なんの抵抗もなくあっさりと解けたそれ。腕の下から出てきた神宮寺は、酷く困惑した顔をしていて。こいつがなぜ困惑しているのか、なにを考えているのか、わかってる。けれどわかっているからこそ、それには構わずその唇に自分のそれを重ねた。



「っん…」
「…」
「ん、ぁ…はっ…」



舌を絡め、ねぶり、神宮寺の口内を堪能する。気持ちいいのか苦しいのか、ぐしゃっと俺の髪を乱すように掴む手がいとおしい。呼吸から唾液から、すべてを奪ってやってからゆっくりと顔を離せば、酸欠で荒い息を吐き、顔を赤く染め、とろりと瞳を潤ませる。そのあまりにも艶やかで扇情的な姿に、思わずぺろりと唇を舐めた。



「っだから、同情で甘やかすなんていらないって、」
「同情ではないと言ったはずだが?」
「だけど、でもだったら、なんでっ」



こんなとき、こいつが酷くいとおしいと共に、酷くもどかしく感じるのだ。
顔にかかる髪をそっと払ってやりながら、ふっと微笑む。神宮寺の淡い瞳に映る自分は、自分でも恥ずかしいほどに酷く優しい顔をしていて。



「なんだ、俺がお前を甘やかすのに、なにか理由が必要か?」
「っ、だって」



ここまで言っているというのに、どうしてわからないのだか。自分に関してはもう鈍感だというレベルではない。ここまでくるともう、怒るとか悲しむとかではなく、呆れて笑うしかないだろう。

けれど仕方ない。
これが、神宮寺レンという男なのだから。
恋人に甘やかされることにさえ、理由を探さずにはいられない。
愛されることにどうしようもなく不馴れな、いとしい大切な同室者。



「理由か…では強いて言うなら、お前がいとしいから、だ」
「―――っ」



愛されることに不馴れならば、馴れるまで愛を注ごう。俺に甘やかされることが、愛されることが、お前が当然だと思えるまで。

今も、昔も、これからも。
すべてを足して、それでも溢れるほどの、ありったけの愛を―――…



「お前のことを愛しているから―――これでは、お前を甘やかす理由にはならないか、レン」



僅かに目を見開いて、すぐに泣きそうに顔を歪める神宮寺。問いへの答えを聞く前に、その唇へと噛みついた。






―――ここから先?
いや、この先の神宮寺は俺だけのものだから、同室者について話せることはもうなにもない。
さて、誠に申し訳ないが、ご退室願おうか。





*end*
捧げもの

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