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白いシーツの上、絡み合うしなやかな四肢。
交わされる口づけ。吐き出される熱い息。
恋人が自分を必死に求めてくる姿に、瑠璃色の瞳がいとおしげに細まる。



「…神宮寺、好きだ…愛している」



想いが溢れて零れ出す言葉。
その言葉を向けられて、ぎゅうっと胸が痛くなる。
幸せすぎて死にそうだ―――なんて、我ながら陳腐な言葉。だけど、この想いがこの男からもたらされたものなのは確かで、そしてそれを伝えたいという思い確かで。ゆるりとその白い頬に手を伸ばし、レンは切なげに笑って口を開く。
しかし―――…



「聖川、オレも…オレ、も―――」



唐突にきゅっと焼けたように熱くなる喉。
透き通った空色の瞳が微かに揺れる。
伝えたい想いも、気持ちも、溢れそうなくらいあるというのに。
しかし結局、それ以上の言葉をその声が紡ぐことはなかった。






【すきすぎて、】






(…あ、聖川)



昼休み。机に肘をついて行儀悪くぼーっと外を眺めていると、目に入ってくる鮮やかな青い髪。よく見るとその周りにも知った顔があるのに、さらにはその手に各々お弁当を持っているのに気づき、今日のランチはピクニックか、と少し笑う。



(イッキにシノミー、それにレディか…Aクラスは仲良しだね)



それに対して自分はというと、お昼を食べる用意などなにもしていない。自分にしては珍しく、何故か今日は腹が減らないのだ。それなのにわざわざ食堂に行くのも面倒くさいし、今日は食べなくてもいいかと思っていたところだった。ああやって楽しそうにされると、腹が減っている減っていないに関わらず羨ましいと思ってしまうけれど。



(それにしても、昨日の今日…いや、今日の今日で元気だね、あいつは)



こっちは腰が痛くて、いつも通り歩くのもままならないというのに。もちろん気付かれることのないよう必死にスマートに歩いているつもりではあるけれど。音也や那月にちょっかいを出されているのか、もしくは虫がいるのかなんなのか、ちょこちょこ小走りしている真斗を目で追いかけつつ小さく息を吐いた。
そのままはしゃいで一向にお昼を食べる気配のなさそうな四人をボーッと見つめていると、唐突に真斗が視線を巡らす。あ、目があった、と思ったと同時に落ちてきた影に、レンはふっと顔をあげた。



「レン、何してるんです」
「あれ、イッチー?」



目の前に立っていたのは、翔とお昼を食べにいったはずのトキヤで。いつも以上に気難しい顔をしている友人に、そっちこそどうしたの、と聞きたくなる。なぜか片手に持っていたゼリー飲料をおもむろに机に置かれ、こんなものを買うなんて健康思考のトキヤにしては珍しい、と少し驚く。



「なにも食べないよりはマシです。固形物が喉を通らないならこれを飲みなさい」
「俺用なの?はは、優しいねイッチー。そんな大事じゃないんだけどな」
「普段はあんなに食べるあなたが食べないなんて、それだけで大事ですよ」
「え、そうかな…いやでも嬉しいよ」



友人の気遣いがなんだかむず痒くて少し笑う。食欲がないのなんて、多分明日になったら、というか夕飯には治ってる気がするんだけど。そう思いながらもレンは、せっかくだからとトキヤが買ってきてくれた今日のお昼を両手で弄ぶ。しかし結局食べる気にはなれなくて、開けることもなくそのまま机に置き直した。それを見て小さくため息を吐いたトキヤは、レンの席の前の席をガタリと引いた。



「あ、ねぇ、おチビちゃんは?」
「翔は日向先生のところに行ってますよ」
「あぁ、リューヤさんね」
「それで?なににそんなに悩んでるんです、聖川さんとまた喧嘩でもしたんですか」



前の席に座って完全に聞く態勢に入ったトキヤに、まったくなんだかんだ優しいんだから、とレンは笑う。正直話すのも恥ずかしいような、柄にもなく我ながら下らない悩みなんだ。いやもちろん、自分にとっては下らなくなんてないんだけど。聞かない方が身のためなのにと思いつつ、でも自分から関わろうとしてきたんだ、少しくらい我慢してもらおうと開き直ってみる。机に肘をついてトキヤを見上げながら、物は試しだ、とレンは口を開いた。



「―――ねぇイッチー、好きだよ」
「はっ?」
「オレにとってイッチーは、欠けがえのない大切な存在なんだ」
「えっ?」



なんだ、言えるじゃないか。想いを、本当の気持ちを伝えるなんて簡単じゃないか。なんてことないじゃないか。あぁもう、それなのになんで、あいつには。
レンが言い放った言葉にピシッと固まったトキヤには気づかず、レンはそのままあ"ーと唸って頭を抱える。ぐだっと机に伸びたレンに、自力でなんとか浮上したトキヤは恐る恐る声をかけた。



「あの、レン…?」
「あー…オレはさイッチー、愛の伝道師なんだよね」
「は?あの?」
「それなのにね、なんでだよ…ほんと、意味がわからない」
「レン?あの、もしかして」



なんとなく理解したトキヤが呼び掛けると、顔だけ起こして見上げるレン。困ったように眉を下げて笑うその顔は、彼らしくもなくうっすら朱に染まっていた。



「馬鹿みたいだろう?あいつには…聖川には、言葉が出てこないんだ」
「レン、あなた…」



切なげに、泣きそうな表情で笑うレンの顔を隠す長い髪を、誘惑に勝てずにトキヤはそっとすいて払う。すると見るなとでも言うように、レンは顔を横向きに寝かせてしまった。しかし髪の間から覗く耳とうなじは、綺麗に真っ赤に染まっていて。



「あいつに言おうと思うと、もういっぱいいっぱいになって、どうしようもなくなるんだ」
「女性を口説いてばかりのあなたが…信じられませんね」
「だろう?…自分が自分じゃないみたいで、悩んでるんだよ」



笑えるだろ、と自らの言葉を茶化しつつ、しかし決して顔を見せようとはしないレンに苦笑する。この、なんにでも余裕ぶって、女性関係も派手だった年上のクラスメートが、まさかこんな顔をするなんて。こんなことで悩むなんて。
愛はいくらだって囁けるのに、自分の恋に関しては、どうしようもなく不器用な彼。トキヤはそのオレンジ色の頭をいとおしげに見つめ、そっと撫でてやる。



「聖川さんは、あなたの言葉ならなんだって喜んでくださると思いますけどね」
「わかってるよ…」
「飾らなくていいんです、その気持ちのままを伝えればいい」
「わかってるんだ、でも…」
「ん?」



優しく促すトキヤの声。
レンは身を守るように、より縮こまるように身を丸めた。



「言えないよ、言えるわけない…口に出したら、きっと抑えられなくなる。もっともっと好きになる。怖いんだ…もうオレは、いっぱいなのに」



ぽつぽつと紡がれる素直な言葉。切実なそれに、トキヤは思わずくすりと笑う。
―――本当に、この二人は。
トキヤは自分の後ろに立っている人物をおもむろに振り返り、にこりと綺麗に笑ってみせた。



「―――だ、そうですよ、聖川さん」
「えっ…」



その言葉にばっと顔を上げるレン。その瞳に固まって動けずにいる瑠璃色を捉えた瞬間、ガタッと音をたてて勢いよく立ち上がった。



「おっ、おまっ!いつから聞いて…!」
「あ、す、すまない、聞くつもりはなかったのだ。先程目があったと思って、腹が減らないと言っていたし、ここにいるということは食べてないんだろうと、その、弁当を届けにきたら、お前と一ノ瀬が話していて、その、」
「―――っ!」



慌てて弁解するように早口で捲し立てる真斗に、レンの頬にカッと熱が集まって。それを隠すようにぱっと手の甲を口に当てたレンが、真斗から逃げるように後ずさる。しかし本当に逃げだそうと背を向けるレンの手首を、真斗は咄嗟に掴んでひき止めた。びくっとするレンに構わず、ぐっと引っ張って歩き出す。



「帰るぞ神宮寺」
「っちょ、聖川」
「いいから来い!」



周りを気にせず突き進む真斗。引っ張られながらちらっとこちらを見て助けを求めてくるレンを、トキヤは綺麗に笑って見送ってやる。

他に関しては驚くほどスマートなのに、お互いに対してだけ酷く不器用な二人。だけどきっと、あの二人は大丈夫。言葉や約束なんていう表面なんかじゃなくて、深い深い根っこのところで、あの二人は繋がっているんだと思えるから。



(あー…私も音也に会いたい)



あんなものを見せられると、自分だって恋人に会いたくなるのは当然で。レンが偶然にしろ素直な気持ちを伝えたように、自分もたまにはこっちから会いにいってみよう。いったい彼は、どんな反応をしてくれるだろうか。キャパオーバーで停止した真斗とは逆に、音也はオーバーリアクションをしてくれるに違いない。
そんなことを思いつつ、教室の出口から出ていく二人の後ろ姿を眺めながらトキヤはゆっくりと腰をあげた。






*end*
すきすぎて、たまらなくなる自分がいる。



捧げもの

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