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「ちょ、あんたなにして…!」
「ね、レンレンさ、ひじりんのこと好きでしょう」
「は?なに言って…」
「さっき見ちゃったんだよねー、後輩ちゃんとひじりん楽しそうだったね?」
「…っ」



愉快そうに、しかしひどく優しそうに覗き込んでくる瞳。そこに映るオレの瞳は、誤魔化しようのない動揺に揺れていた。情けない顔。シラを切るなんて、誤魔化すなんて、そんなの無理だ。

あの時偶然見てしまった光景は、別にどうってことのないものだった。レディと聖川がただ二人で話していただけ。よくあるなんでもない普通の光景。
ただ、あのお堅い聖川が、ひどく楽しそうに、優しそうに笑うから。幼い頃にオレだけに見せていた笑顔を、彼女の前でも見せるから。それが少し不意打ちで、動揺してしまっただけ。ほんの少し取り乱しただけ。あの瞬間を見られていた。 たったそれだけのこと。それ以上でも以下でもないんだ。
けれどそれが―――どうしようもなく、こわい。



「かわいそうに…レンレンはこんなに健気なのにね」
「っ、ちょ、」
「ねぇレンレン、きみ欲求不満でしょ?」
「はぁ!?」



はだけた胸元に次から次へと紅いキスマークが刻まれていく。動く度に胸をくすぐる柔らかな茶髪。淫靡な手つきで腹筋を撫で回す手。上目使いで丸い瞳でこちらを見つめ、真っ赤な舌をチロリと出して宣われた言葉に、くらりと目眩がした。この人は本当になにがしたいんだ…!



「ぼく知ってるよ、きみが遊んでなんかいないこと」
「ッ、ちょ、なに」
「少なくとも、事務所に所属してからはね」
「やめてくれ本当に!」
「…あぁそれとも、学園でひじりんに会ってからかな?」
「―――ッ」



胸元から鎖骨、首筋へと、段々と唇が上がってくる。耳元まで上がってきた唇がそっと囁いた言葉。他には誰もいないにも関わらず、周りから隠すようにこっそりと耳の中へ吹き込まれたそれに、オレは目を見開いた。
この人は、なにを、言って―――…



「きみたちって、ほんっとうに最高だよね」
「ぁ、ちがっ…」
「特にきみは、本当に苛めがいがあるよ」



れ、と耳尻をなぞる舌。耳元で聞こえるクスクスと笑う声。そのぬめった気持ち悪い感触に、耳にかかる微かな吐息に、ぞっと全身が総毛立つ。違う、こんなのなんてことない。こんなこと、今まで何度もしてきたじゃないか。最近はしてなかったけど、想いのない相手と体の繋がりをもつなんてなんてことなかっただろう?いつからやめたとかどうでもいいんだ。今まで大丈夫だったんだから、これくらいどうってことないのに。それなのに、なんだって、こんな…!



「―――えっ、ちょっとレンレン、なんで泣い…」



瞬間脳裏をよぎった瑠璃色。
しかしそれがなにかを確かめる前に、ブッキーから発せられた言葉に意識を持っていかれる。そして部屋に響く、激しく扉が開く音。と、思ったら、ブッキーがオレの上から吹っ飛ばされて視界からいなくなった。



「嶺二てめぇ!!おれの後輩に手ぇ出してんじゃねぇよ!!」
「…いったぁ〜い、嶺ちゃんこれでもアイドルなんだけどな」
「てんめぇいい加減にしやがれ!!」



―――いったい、いったいなにが、起きたの。
ソファの横からゆらりと起き上がったブッキーに怒鳴りつけているのはどう見ても待ちかねていたランちゃんで。頬を真っ赤に腫らしたブッキーと、赤くなった手でその胸ぐらを掴むランちゃん。混乱して上手く機能してくれない頭は、一向に次にどんな行動に出るのかを導きだしてはくれない。すると、上半身を起こしてただ呆然と二人を見ているしかできないオレの体に、バサリとジャケットが掛けられた。



「っ!」
「これでも掛けておけ」
「お、まえ…」
「もう大丈夫だ、神宮寺」



振り向いて目に入ったその姿と、掛けられた優しい言葉。それを頭で認識した途端、ザァッと一気に血の気が引く。持ち主の匂いが染み付いたジャケットを無意識に握りしめた。
待て、待ってくれ。こんな姿を、あんな状態を、こいつに、よりにもよってこの男に見られていたというのか?このオレが、男に押し倒されている姿を、こいつに?…ダメだ、こんなの、絶対にダメだ。こんなの、オレのプライドが許さない。
ガッとサイドの髪を後ろにかき上げ、ソファの後ろに立っている男を見上げる。視線を絡め、口元に薄い笑いを浮かべた。



「なんだ、見てたの」
「神宮寺?」
「お堅い聖川には、ちょっと刺激が強すぎたかな」
「お前、なにを言って…」
「ありがたいけど余計なお世話だ、お返しするよ」



訝しげにこちらを見つめる男に向かって掛けてくれたジャケットを突き返す。条件反射で受け取ったそいつに、うっそりと婀娜っぽく笑んでやった。そう、これだ。こんなのなんてことないじゃないか。さっきもこうすればよかったんだ。そのまま口元に笑みを称えつつ、きちんと答える気のない恋人に痺れを切らして再び拳を振り上げたランちゃんへと声をかける。せめてもの虚勢を張らないとやってられない。男に押し倒されて取り乱すなんて、そんな女々しい状態でずっといられるわけがないじゃないか。



「ランちゃん、ねぇ、ちょっと待って」
「あぁ!?」
「違うんだ。ブッキーはオレを慰めようとしてくれただけだよ」
「はあ?」
「オレが誘ったんだ、ごめんね」



ボタンの取れてしまったシャツでさりげなく胸元を隠しながらソファから立ち上がる。殴るならオレも、とランちゃん達の方へと踏み出すも、すぐにランちゃんにシッシッと手で追い払われて眉を寄せた。そのランちゃん越しにブッキーと目が合うと、先程とは違って苦笑いを浮かべられた。ちょっと、どういうことなの。



「レンてめぇは黙ってろ!つーか全部てめぇだろうが嶺二!」
「ごめんって〜」
「ちょっとランちゃん、聞いてるの?」
「だーから黙ってろっつってんだろレン!こいつのこういうのは初めてじゃねぇんだよ」
「やだなぁ、愛故のちょっとした悪戯でしょ」
「うるっせえ!てめぇレンの性格わかっててやったんだろうが!」



なに言ってんのこの人たち。意味が、わけが、わからない。え、だってそしたらオレは、この人たちに巻き込まれたってこと?ブッキーの“悪戯”に巻き込まれたってこと?それでオレは、あんな、あんな醜態を―――…

自分が今どんな顔をしてるのかわからなくて、コントロールできなくて。がしがしと髪をかき上げながら顔を隠す。最悪だ、あいつがいる前でそんなことバラさなくてもいいだろう。オレは今、どんな顔をしている?どんな顔をすればいい?



「や、わかってたつもりだったんだけどねぇ。ちょっと誤算だったかな…ごめんねレンレン」
「え?」
「ったく、埒が明かねぇ。てめぇこっち来い嶺二!真斗、レンのこと頼んだぞ」
「はい、黒崎先輩」
「えっちょっとランちゃん!」
「おら嶺二行くぞ、今日という今日は許さねぇ…!」
「うわわランラン、お誘いは嬉しいけどちょっとたんま首絞まる!」
「とにかくレン、てめぇは悪くねぇからな!」



ブッキーの襟首を掴んで引き摺るようにばたばたと部屋を出ていくランちゃん。最後にビシッと指を突きつけて出ていった後ろ姿に、思わずくっと眉が下がった。なんだ、なんだよそれ、かっこよすぎるよ。余裕ぶって誤魔化そうとして空回ったオレが、惨めで、馬鹿みたいじゃないか。寧ろオレのせいにしてくれればよかったのに。同罪だって罵って、オレも殴ってくれればよかったのに。そっちの方が絶対いい。こんな姿、絶対に見せたくはなかったよ。
はた迷惑なカップルを見送ったあと、がしがしと頭をかきながら先程からほとんど微動だにしていない男の方へと振り返る。ボタンの取れたシャツはほとんど体をカバーはしてくれない。けれどもうどうでもよくって、そのままそいつの顔を見つめれば、瑠璃色の瞳がたじろいだように揺れた。



「で?お前はいつまでそこで突っ立ってるの」
「あ…じ、神宮寺!お前体は大丈夫なのか?」
「そういうのいいから。こんなの慣れてるし、もうどっかいけよ」
「しかし俺は黒崎先輩に頼まれてだな」
「そのオレが大丈夫だって言ってんだから必要ないだろ?」



苛立った表情を隠しもせず、理解の悪い奴だと舌打ちをする。頼むから、もうさっさといなくなってくれ。オレはこういうことに慣れてるような、お前が軽蔑する男だよ。だからもういいだろう。これ以上、こんな姿がお前の瞳に写っていることに耐えられない。見られたくないんだ。



「なぁ、もういいから。出てってくれないか」
「しかし、本当に大丈夫なのか?」
「…大丈夫じゃないかもしれないね」
「だったら、」
「だとしても―――お前には、関係ないよ」



にこりと笑って吐き出す拒絶の言葉。ぐっと固まった男の瑠璃色の瞳が、再び微かに揺れた。頼むからもう、放っておいてくれ。手を差しのべられたって、他でもないお前だからこそ、掴むことなんかできないんだから。
まだ思い切れないのか動こうとしない聖川に焦れて、話は終わりだとこちらから背を向ける。しばらくの間のあと、やっと聞こえる微かな衣擦れの音。ようやく行ってくれるのかと息を吐く。ふぅ、と小さく息を吐いて少し俯くと、胸に散った紅い痕が目に入って。まったく、あの先輩も好き勝手やってくれる。派手につけられたキスマークを見つめつつ、無意識にぎゅっと手を握りこむ。と、再びバサリと頭の上からジャケットが掛けられた。



「っ!」
「なら俺はもう行くが、神宮寺…帰ってくるまでにその顔をどうにかしておけ」



包みこんでくるあいつの匂い。自分がどんな顔をしているのか、なにを口走ってしまうかわからなくて、身動きがとれなくて。ガチャリと扉を開ける音がする。しかしそれに続くはずの靴音が、ぴたりと止まった。




「…もう少し、自分を大事にしてくれ、神宮寺」
「―――…っ」



静かに呟かれた言葉。バタンと扉が閉まる音。瞬間足の力が抜け、ずるずると膝を抱えてしゃがみこんだ。
なんだ、何様のつもりなんだ。どうしてお前がそんなことを言う。どうして、よりによって、お前が。
お前のその、中途半端な優しさが―――オレを酷く、弱くする。



「…お前のそういうところが、大嫌いだよ、聖川」



押し倒された感覚でも、紅く刻まれた印でも、あんな姿を見られたという事実でもなく。
なによりもお前のその優しさが、オレに一番深く傷を残した。






*end*
誰よりもきみに知ってもらいたい。
誰よりもお前には知られたくない。

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