utpr | ナノ








「―――聖、川…?」



それを見たのは本当に偶然で。



「やっほーレンレン、こんなとこでどったのーっ?」



それを見られたのも、本当に偶然だった。





【固執】






「ただいま、ランちゃん起きてる?」
「嶺ちゃんだよーん☆おっじゃまっしまーっす!」
「ほらねぇ、ブッキーが用があるって…あれ?」



さっきたまたまそこで遭遇したブッキー。あの姿を見られたのかと思うとちょっとさすがに気まずくて、部屋に帰ると言って逃げ出そうとしたのだけど、ランちゃんに用があると言われてしまえば帰ると言った手前逃げ出すことなんてできなくて。そのなんでもない様子に、もしかしてなにも見えてなかったのかもとも思うけど、多分あのタイミングはそんなことない。彼に呼び掛けられて振り向いたオレの顔は、多分酷いものだったから。それでもなおついてくるなんてよほど大事な用なのか、もしくは相当図太いのか。
そっちが引かないつもりならばもう腹をくくるしかない。そう諦めて、オレ担当の先輩でありこの人の恋人でもあるランちゃんを恨みつつ、しかたなく当たり障りのない話題をこちらから振りながら一緒に部屋まで帰ってきたというのに。



「おかしいな…ごめんねブッキー、ランちゃんちょっと今いないみたい」
「う〜ん、そうみたいだねぇ」



ようやく解放される!と、先程の話題に触れる暇を与えなかった自分の話術に感謝しつつ踏み入れた部屋のなかには、人の気配は一つもなくて。ちょっと待って、そんなはずない。今日は一日オフだと言っていたし、だからこそブッキーも会いに来たんだろう?聖川はさっき見かけたからいないのはわかってる。だけどオフの日のランちゃんが、恋人と一緒にいないのに一日寝てるわけでなく外出なんて、いったいどういうことなの。

てっきりここまで辿り着いたらこの人の相手は終了できると思ってた。それなのにまだ解放される気配のない予想外の展開。内心どうしようかと焦りつつ、とにかくこの人とこれ以上話しているべきじゃないとも本能が告げる。どうしてかははっきりわからない。だけど正直、ブッキーは弱味を握られるのが一番マズイ人だと思うから。



「せっかく来てくれたのにごめんね。あとでランちゃんが帰ってきたら、」
「じゃあちょっと待たせてもらおっかなー」
「え?」
「ランランが帰ってくるまでさ。ねっいいでしょ、レーンレンッ」



語尾にハートが付いてるかのように甘えるような口調と完璧な笑顔でそう言われてしまったら、ここで断れるわけもない。正直丁重にお断りしたいところだけど、これといった言い訳も思いつかないし、そんなことしたらさすがに不躾すぎるだろう。そうわかっていることができるほどオレは育ちが悪くないし、もちろんそれを顔に出すような失態は犯さないくらいにはポーカーフェイスは得意な方だ。先輩の完璧なアイドルスマイルに対抗して、こちらも従順な後輩を演じて柔らかく笑ってみせた。



「オーケイ、じゃあ上がって適当に寛いでてよ。とっておきの紅茶を煎れてくるから」
「いい後輩をもってお兄さん感激だよ!サンキューベリベリマッチョッチョ!」
「ブッキーは大切な先輩だからね、当然だよ」



仲がいいようでいて、馬鹿みたいに他人行儀なやりとり。その気持ち悪い違和感に、さっと背を向けて逃げるようにキッチンへと向かう。

変だ、やっぱり変だ。おかしい、今までこんなだったっけ?彼に対してどうやって接してた?この先輩と自分が同族なのは知っていた。だけどだからといって同族嫌悪とか、そういうのはなかったはずなんだけど。むしろどう考えているのかだいたいわかるから、いい距離感を保ちやすいと思ってた。多分、彼の方もそう思ってくれていたはずだ。
今日はあんなことがあったからオレが意識しすぎなのかもしれない。だけど少なくともランちゃんを堕とすくらい悟いブッキーが、オレが嫌がってるのに気づかないわけがないのに。そしてオレと同族である彼なら、相手が嫌がっているのに気づいたら、さりげなく相手から離れて深入りなどしないはずなんだ。相手を傷つけないようにするために。自分が厄介事に巻き込まれないようにするために。


お湯が沸くのを待ちながら、これからランちゃんが帰ってくるまで二人きりなのだと思うと思わずため息をつきそうになる。どんな相手であっても、トークで飽きさせない自信はある。それは多分あちらもそうで。
だけど、こんな状況だと別問題だ。



(…―――こんな、状況?)



自分で考えておきながら、どこか引っ掛かる言葉。パチンとランプが消えた湯沸し器を持ち上げて、ポットへと注ぎ入れながら眉をひそめる。くるくると回して注ぎながら答えを探していると、ふっと唐突に思考がクリアになった。
…そう、そうだ、そもそもこんな状況なの自体がおかしいんだ。さっき自分で思っただろう?オレと似ている世渡りがうまいはずの彼が、オレをこんなにも戸惑わせている。オレの感情に気づいていながら、敢えて引こうとしてくれない。
なぜか?なんだ、そんなのわかりきっているじゃないか。


―――彼は、さっきのことに触れるつもりだ。






***





「お待たせブッキー」
「んーいい香りだねぇ。ありがとレンレン」
「はいどうぞ、タバスコ入れるかい?」
「うんうんタバスコねースパイスが効いてホットになるよねー、いいよねーって、ぼくは使わないよ!?ぼくさすがにタバスコは入れないよ!?」



たっぷり時間をかけて煎れた紅茶をブッキーへと渡して対面のソファへと腰を下ろす。案外スムーズに進む会話。ここにきて、逆にさっき気持ち悪いほどに感じていた違和感なく喋れることに少し戸惑いつつ、とりあえず話題を、とタバスコを勧めてみる。するとわたわたと大袈裟な身振り手振りでノリツッコミしてくれるブッキーに、おやそれは勿体ない、と眉をあげつつ自分のカップにはたっぷりとタバスコを注ぎ込んだ。ツンとした刺激臭がしてくるのに満足して顔を上げると、目の前でブッキーが酷い顔をしていて笑ってしまう。おっと、酷い顔というのはアイドルに向ける言葉としてはマズイかな。

結局ブッキーの真意をなんとなく理解したところで、オレにできる対策なんてなにも思いつかなかった。もう部屋のなかに招き入れてしまっている上に紅茶の準備もしてしまっている。今さら追い出すなんてできやしないし、そう簡単に追い出されもしてくれないだろう。
オレができることなんて、さっきみたいにこっちから話をふって向こうに主導権を渡さないこと。そして万が一その話題になってもシラを切り通すことくらいだ。



「ランちゃんたらどこいっちゃったんだろうね、約束してたんだろう?」
「ん?いやー、突然押し掛けちゃったからね」
「そうなの?いやでもいつものオフの日のランちゃんなんて、ブッキーと一緒にいるか部屋にいるかの二択なのに」
「やだ嶺ちゃんたら愛されちゃってるー☆」



とりあえず間をもたせようと選んだのは、ブッキーも当然気になるであろう話題。本当にもう、あのオッドアイの先輩はどこいっちゃってるんだか。ランちゃんのせいでこんな目にあってるんだからね、今度なにか奢ってもらおうか。なんて、お金だけならある自分らしくもないことを考えつつ、あまり食いついてこないブッキーに内心首を傾げる。どうしたの、いつもだったら心配で堪らないって騒ぐじゃない。一人でふらふらランちゃんが出歩いてるなんて心配じゃないの?大の大人の男になにを言ってるんだかって感じだけど、今までもこのカップルはそうだったはずだから。それなのにいつもと違って欠片も心配してなさそうににこにこと笑うその目に、ぞくっと背中を悪寒が走った。
なんだ、なんだ今のは。どうしてそんなに楽しそうなの。なんでそんな目でオレを見るの。さすがに引き攣っているであろう顔を見られないよう、パッと咄嗟に俯いて紅茶を口に含む。しかし同時に訪れた沈黙が恐ろしくて、すぐに飲み込んで潤された口を開いた。



「本当にね、この部屋にオレがいるのにランちゃんがいないなんて珍しいよ」
「んー?それはレンレンが帰らなさすぎなだけなんじゃない?」
「まあそれもそうなんだけど。でも普段だったら誰かしら部屋主がいるからなぁ…オレ一人じゃこんなときに出していいお茶菓子がどこにあるかもよくわからないんだ、ごめんね」
「あはは、ぼくは構わないけどね」
「せめて聖川のやつがいればなんとかなるんだけど…あいつもなにやってんだか」
「ひじりんねぇ…」



―――しまった。
今更失態に気づいても時すでに遅し。あれだけ注意してたのになにやってるんだオレは。話題を反らそうとしていたくせに、自ら口に出してしまうなんて。
復唱された名前にチラッとブッキーの顔を見る。途端視線が絡んだその、獲物を見つけた狡猾な肉食獣のような目に―――取り繕う間もなく気づけばソファから立ち上がっていた。
誤魔化すことなんてできない。逃げろ、と本能が警鐘を打ち鳴らす。なけなしのプライドにかけて、辛うじてオレはぎこちない笑みを浮かべた。



「や、あいつなんてどうでもいいか」
「レンレン?」
「あ、ブッキー紅茶もうないんじゃない?今お湯さして…」
「レーンレン」



腰を屈め、ポットをとろうと伸ばした手。しかしそれを阻むようにするりと絡みつかれ掴まれた手首にはっとして顔を上げると、至近距離に気持ち悪いくらい完璧な笑顔があった。
その、どこまでも堕ちていってしまいそうな昏い瞳へと吸い込まれたかのように、絡み合った視線を反らすことができなくて。ビクッと反応して不覚にも固まってしまったオレに、ブッキーは愉快そうに口角をあげた。



「どうしたの?そんな怯えた顔しちゃって」
「なんのことかな」
「あっはは、ほーんとかわいいんだから」
「ちょっとブッキー痛いよ、放してくれる?」



掴まれた手首の解放を求めてぐっと引っ張る。至極楽しそうに細まる、くりっとした大きな瞳。その不気味さにどっと背中に冷や汗をかきながら、しかし笑顔を崩しはしない。怯えた顔?そんなの、ブッキー相手にしてるわけないじゃないか―――そう、自分に言い聞かせながら。
そのまま見つめあったのはどのくらいだったか。数秒にも数時間にも感じられた時間。ようやく反らされた視線と放された手首に安堵したオレは、内心ほっと息を吐いて体を起こした。
―――ここでオレは、油断、したんだ。


トン、と胸の中心を強く押される感覚。
ガチャンと食器が割れる音。



「っわ、ちょ…!」
「ほんときみって、崩したくなる顔してるよね」
「なに言って…!ブッキー!!」



バランスを崩して踏ん張ろうとするも、前から押されてそのままソファへと倒れ込む。すぐに手をついて起き上がろうとすると、ガッと上に乗ってきたブッキーによって阻まれる。腹の上へと跨がってきたブッキーは、オレの両手を一纏めにして片手でソファへと縫い付けた。綺麗に弧を描く口元。完璧な笑顔の中でただ一つ、異様にギラつく瞳にゾッとして渾身の力で抵抗すると、ますます愉快だという様に口端がつり上がった。オレの全力の抵抗がまったく堪えていないかのように、ゆるりとその手が頬を撫でる。



「ほーんと、顔と声だけは完璧」
「っちょ、やめろ…!」
「あぁあと…体も、かな?」
「っ!」



頬を撫でていた手が下に下りてきて、そっと親指がオレの唇をなぞる。ついで近づいてきた整った顔に、次になにをされるかなんて容易に想像がついて。ぞっとして咄嗟に顔を背けると、しかし彼は止まることなくその唇はオレの首筋へと着地した。チクッと首筋に走る痛み。顔を上げたブッキーは勝手にそんなことをしておきながら、なにを思ったのか不服そうな顔をした。



「うーん、あんま綺麗につかないな」
「もういいだろう、放してくれ!」
「あれかな、色が黒いから?」



オレの言うことなんて丸っきり無視して、呑気に首を傾げる年上の先輩。色黒って面倒だね、と小馬鹿にしたように笑う彼に、脳裏に色白の先輩の姿が 浮かび上がる。色白で、音楽をこよなく愛している彼。彼が、なんだかんだ言いながらもブッキーのことを想っていることを知っている。こんな本性をもつ男のことを愛しているなんて正直オレにはよくわからないけれど、彼はオレにとっても大切な先輩でありルームメイトだから。彼の悲しむ顔は見たくない。



「ブッキー、あんたにはランちゃんがいるだろう!」
「へぇ、そんなこと言うんだ」
「っちょ、やめ…!」
「ぼくはきみを慰めようとしてあげてるのに、ね!」
「うわっ!」



彼の恋人の名を出せば、苛立ったように細まる瞳。地雷だろうとなんだろうと、この名前を出せば頭を冷やしてくれるんじゃないかと思ったのに。しかしかえって激昂させてしまい、しまったと身動ぐもやはり逃れることはできなくて。シャツの胸元にかかった手にざっと血の気が引く。ビッと躊躇なく引かれる手。ブチッと音を立ててシャツのボタンが弾けとんだ。


prev back next



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -