「ん?あんまりウロウロすると迷子になるぞ、初」
『お兄ちゃんがいるからへいき!』
「お兄ちゃん?」
9代目と家光が二人そろって首を傾げた。
一体誰のことだろう。
屋敷の中に彼女がおじさんではなくお兄ちゃんと呼ぶくらいの年頃の者がいただろうか?
「初ちゃん、そのお兄ちゃんっていうのは誰のことかな?」
『ザンザスお兄ちゃん!お庭で遊ぶの!』
「「!?」」
またしても9代目と家光は同時に驚いた。
ザンザス?この屋敷の中で、というかボンゴレの中でザンザスという名前の人物は一人だけしかいない。
だが…
「ザンザスが…初ちゃんと?」
「初、それは赤いおめめで黒い髪の人か?」
『うん!髪にきれいな羽根がついててねー、まっくろなお洋服きてるの!』
確定だ。
9代目の息子、ザンザスに違いない。
「9代目!ひょっとしたら一応は血族である初に何か…」
「いや…おそらく、違う」
たたたーっ、と広い庭に飛び出した初は、先ほどよりも少しは軽い服(といってもドレスの域は出ない)に着替えていた。
まだ覚束ない危なっかしい足取りで駆け寄る先には、長身の人影…否、黒服を着た男だ。
『おにーちゃーんっ!』
「…初姫、また転ぶぞ。」
『もうころばな、わッ!』
「…だから言っただろ。」
長いスカートをはためかせて走る初姫に忠告したザンザスだったが、案の定初姫はスカートに引っかかった。
ぐらりと傾く小柄な体を片手ですくい上げるように支えたのはザンザスの長い腕だった。
そのまま降ろすことはなく自身の腕の中に納める。
「また顔面擦りたいのか。」
『えー、もうやだなー。お兄ちゃんありがと!』
「…ふん。」
少し照れたように鼻を鳴らすザンザスと嬉しそうに笑う初姫は、見た目の違いはあれど、本当の兄妹のようだった。
「あのザンザスが…信じられん」
「あの子もまた…大空なのだろうね」
横暴と理不尽の権化のような男、それがザンザスだった。
口元を緩めて子供と過ごしている姿とはほど遠い。
「9代目…まさか、あの子に跡を…!」
「いや、あの子は望まないだろう…勘だけれどね。それに、あの子は日の光がよく似合う…裏の世界にはきて欲しくない」
けれど、ティモッテオの超直感は言っていた。
彼女が誰より大空であることを…今のボンゴレを壊し、元の姿に戻してくれる存在であることを。
太陽に照らされてハニーブロンドを輝かせる彼女は、穢れなく綺麗だ。
彼女が見たいと言ったバラ園をザンザスと共にまわる姿からは想像ができないほどの才能を有していることすらも見抜いた上で、ティモッテオは彼女を闇に触れさせない道を選んだ。
彼女ならば、荒んだザンザスの心を癒す存在になるかもしれない。
そんな期待も込めながら…
滞在2日目。
初めてあった大木の下で、2人は本を読んでいた。
ティモッテオが持ち出した古い絵本を読んでいるのだ。
時折、初姫の口から零れる無垢な感想を聞きながら、ザンザスは気が凪いでいくのを感じていた。