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石油とパパとお兄ちゃん
初姫が五歳になった春先のこと、久しぶりに帰ってきた家光に連れられてイタリアにきた。

何百年ぶりにイタリアの地を踏み、昔の面影残る建造物に視界が潤みそうになる。


ああ、やっぱりいいなぁ!

古きよき日本家屋も淑やかな雰囲気があって良いものだが、やはりイタリア特有の町ごとに統一された煉瓦の並びを見ているとわくわくしてくる。

初姫はきょろきょろと辺りを見回した。


「うーちゃん、これからおじいちゃんに会いに行くんだぞー!」

『おじいちゃん?』

「パパの同じお仕事をしてる人なんだ。とても優しい人だぞ」

『せきゆほってるひとー?』

「そうだぞ!」


世界中を飛び回って石油を掘っていると聞かされている初姫は、持ち前の馬鹿正直さでその話を鵜呑みにしていた。

どうした超直感!
  

「おっ、着いたぞー」

『お城だぁー!』


す、すっごい!
お母さんが前に連れて行ってくれたネズミさんの国にあったお城よりおっきくて綺麗だ!

ボンゴレ云々おじいちゃん云々はすっかり抜け落ちた初姫は空色の瞳をきらきらと輝かせてはしゃいだ。

蛇足であるが、これは演技ではない。

元々子供っぽくて無邪気かつ好奇心旺盛なジーナは初姫となった今でも変わらない。

身体が幼児なため、多少思考も退行気味だがそれを差し引いても子供らしいのは素だ。

飾り気ない、混じりっ気ない、純粋な子供そのものだ。


相棒のGをはじめとする守護者たちが見たら頭を抱えるかもしれないが、その純粋さが彼女を創っていた。


「お父さんはちょっと先におじいちゃんとお話ししてくるな〜」

『わたしは?』

「一階だけなら探検しても良いぞ。でも、あんまり人がいないところはだめだぞ?」

『はーい!やったぁー!』


とててて!と駆けていく初姫の背中を見て、家光は頬をゆるめた。

こんな可愛い子が他に存在するだろうか?いやいない!

親バカ全開な思考のまま、おじいちゃん…もとい、ボンゴレ\世の元へ向かった。







一階だけなら。

つまりは階段を上らなければいいと言うことで。

つまりそれは緑の美しい庭も含まれるということで。


初姫は、建物から出て庭を探検することにした。

何人係で手入れをしているのだろう、1ミリのズレもなく調えられた庭に感動しながら足を進めていると、足が重くなっていく気がした。

これまでの長旅が体に堪えたようだ。

幼児の体はこれだから不便だ。

初姫はため息を吐いて、休憩できそうな場所を探す。



あった。

すぐ近くの大木の根本が良さそうだ。

そう思えばすぐにその木に近づいていった。

『…あ、』

「……………」

先客がいたようだ。

初姫よりも一回りは年が違うであろう長身の男の子。

短く刈り上げた黒髪につり上がった眉、目を惹かれる紅い双眸。


『(い、イーラだ…セコーンドがいるっ!)』

「…何の用だ、ガキ」
 
ジロリととてつもなく悪い目つきで睨まれた。
普通の子供だったら…否、大の男でも逃げたくなるような眼差し。

『おにいちゃん、ここでなにしてるの?』

「…テメェに関係ねぇ」

『あるよ!うんめいのであいだよ!』

「くだらねぇ…カスが」

『カスじゃないよ!わたし、沢田初姫。おにいちゃんは?』

「…沢田?家光の娘か?」

『いえみつ?おとうさんの名前だよ!』

『おにいちゃんはなんでここにいるの?』

「ここは俺の家だ。いて当たり前だろう」

『じゃあおにいちゃん、おじいちゃんのこどもなの?』

「その"おじいちゃん"とやらが俺の思い浮かべるクソジジイと同じならな」

『じゃあほんとにわたしのおにいちゃんだ!』

「(どうしてそうなる…)」

祖父の息子ならば関係は伯父なのだが、基本的に頭の弱い初姫は混雑しているらしい。

もっとも、戦闘中や書類の隠滅やエスケープなどの時はありえないほど頭が回るようになる。

その頭の良さの八割近くはおかしな使用法をされており、そのことがGやデイモンの胃を圧迫しているのだが…彼女が気づくことはない。


『おにいちゃんのなまえはー?』

「…失せろ」

『それなまえ?』

「…………」

赤目の男…ザンザスは黙った。

コイツは阿呆か。

当たらずとも遠からず理解し、諦めたように呆れたようにため息を吐いた。


「…ザンザスだ」

『ザンザスおにいちゃん!』


無邪気に輝く笑顔はとても美しく、見ていると暖かな気持ちになってくるようだ。

まるで、絶対的で大きな何かに包まれているように。


「…はぁ」

『おにいちゃーん?』

「初ー?どこだー?」

『あ、おとうさんだ』

ザンザスは自分でも気づいていないが安堵のため息をもらした。

このままこの少女の側にいると、自分がどうなるか分からない。

自分の強固な意志を溶かして、自分の中にある虚空の穴を塞がれるような感覚。

それは不快ではないものの、少し…ほんの少しだけ恐怖があった。

…変わることは、恐ろしい。


『おにいちゃん、まっててね!すぐもどってくるからね!』

「はぁ…」


ザンザスはため息を吐きながらも、そこから動こうとはしなかった。


『おにいちゃーん!』

本当に戻ってきた初姫の姿を見て、ザンザスはぎょっとした。

なんだ、あのピンクの固まりは。

よくよくみれば、それは先ほどの少女で、服が替わっているだけだった。

頭と胸元と背中には大きなリボン。
金に近い茶髪はゆるく巻かれてツインテール。
ふわっと広がるスカートには重そうなくらいのフリルとレースが連なっていた。


…ドレスか。
それにしてもやりすぎだ。

ただでさてバランスのとりにくい幼児だというのに、あれでもし転んだら…


グイッ、ドテン、ゴロゴロゴロゴロずしゃーっ!!!



「…………ι」

ザンザスの今の表情を顔文字にすると、(°°;)だ。

解説すると、グイッがスカートを踏んづけた音。
ドテン、が地面に倒れた音。
ゴロゴロゴロゴロは芝の上を転がった音。
ずしゃーっ!は…顔を地面に盛大に擦った音だった。

流石のザンザスもドン引くレベルの転倒だった。


地面にうつ伏せて丸まったまま、ぷるぷると震える初姫がいたたまれなさすぎる


「だっ…大丈夫か…?」


既にボンゴレ内で暴君と名高いザンザスが労ってやるほどいたたまれなかった。


『う…ん……』

「………」


ようやく体を起こした初姫は俯いたままだがしっかりと頷いた。

ザンザスは少し驚いた。
平和ボケの国・日本で親子二人、のんべんだらりと過ごしている箱入り娘と聞いていたので(※ザンザス的解釈です)うざったくピーピー泣くと思っていた。

痛みと涙を堪え、服に付いてしまった泥を払う姿には凛々しさすら感じる。


「…赤くなっているな」

『んきゅ?』

「……………」


側により擦った額に手を当てる。

幼児の小さな顔、額を無骨な指先で優しく撫でると、きょとんとした顔でザンザスを見上げた。

その淀みない瞳と愛らしい仕草に一瞬手が止まる。
…少しときめいたらしい。


『おにいちゃん?』

「…もう痛まないのか」

『うんっ!おにいちゃんがなでてくれたらなおった!』

「…そうか」


屈託のない笑顔に気をよくしたらしいザンザスは、未だに地面に座り込んでいる初姫をひょいっと片手で持ち上げた。

そのまま元いた樹の下まで戻り、再び座る。


…初姫を膝に乗せて。



『!おにいちゃーん♪』

「……初姫」



マフィアのアジトに似つかわしくない、微笑ましい光景ができあがった。

赤い目のお兄ちゃん
(拝啓、リングの中にいるファミリーへ)
(念願のお兄ちゃんが出来たぞーやったぁああ!)


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