許されざる罪を犯した
次の日の朝。
担任の先生から告げられた一言に、私は絶望の底に落とされた。
「仁王雅治くんが転校しました」
ざわざわと騒ぐ教室内。
私の思考は完全に停止していた。
転校した…
てんこう…
も う 会 え な い ?
「…………ぁ…」
思い当たるのは昨日のこと…
突然家にやってきた彼…否、彼女。
私は…その時…
"すみません…急ぎの用事ですか?"
"…急ぎじゃ、なかよ。塾行きんしゃい…"
あのときの彼女の顔をよくよく思い出してみた。
一瞬だけ泣きそうな顔をして、すぐに小さく微笑んだ。
その笑みすらも悲しそうで…苦しそうで…
自分を殴り殺したくなった。
苦しんでいたのに!
その苦しみを和らげられたのは自分だけだったのに!
何故自分は…彼女を突き放した!!??
「ご、めん…なさい……ごめんなさい…っ…白銀さんっ…!!」
理由を付けて学校を早退した。
よく仮病や偽物の怪我を装って保健室へ行く彼女をずっと見ていた私には簡単なことだった。
がちゃがちゃと音を鳴らすランドセルが煩わしい。
いっそ、そこら辺に投げ捨ててしまおうか…と本気で思い始めたその時、
彼女の家に着いた。
「あ、そっち持ってくれー」
「この段ボールは全部積み込みか?」
「いや、こっちのは破棄だ。積むのはそっち」
同じ柄のユニフォームを着た引っ越し業者でごった返していた。
次々と運び出されるのは段ボールばかり。
息を切らせて視線を走らせ、見慣れた綺麗な銀髪を探すが一行に見つからない!
「あ、あのっ!すみません!」
「ん?どうした坊や?」
小さな段ボールを運んでいた業者の一人に声をかけた。
業者はこんな時間に小学生がいることに驚いていたが、おかまいなく問いかけた。
「ここに、住んでいた人は…子供は!今どこにいるか分かりますか!?」
柄にもなく大声で叫んだ。
白銀さん白銀さん白銀さん…と脳内でひたすら彼女の名を呼び続ける。
「子供…あぁ、いたな!変わった銀髪の…昨日はいたが…」
「もう母親と一緒に引っ越し先の東京に向かってるよ、確か」
「そう言えば、手が真っ黒だったな…」
「泥遊びでもしてたんじゃないか?」
と、うきょう……
ここは神奈川…小学生には遠すぎる距離…
「…もう………」
「坊や、友達だったのか?」
「…はい」
「何か伝えようか?荷物を渡す時にもう一度会うはずだから」
…言いたいこと
彼女に謝りたい。
突き放してしまったことを。
彼女に御礼を言いたい。
貴方の側にいただけで、私が満たされたことを。
彼女に伝えたい。
でも、それは…
「…いえ、私が来たことだけ伝えてください」
「あっ!坊や!」
踵を返した。
そのまま全速力で家まで戻る。
…何日、何ヶ月かかっても、
彼女は自分の手で見つけだす。
…そう誓った。
「はぁ……はぁ……」
途方もない虚無感が全身に広がっていく。
彼女がいない。
それはまるで、自らの半身を切り離されたような痛みをもたらした。
「……おや…?」
自分の家の郵便ポスト…その少し下に、泥が付着していた。
子供の手形をした、河川敷にあるような泥の跡。
「…まさか」
そろり、と郵便ポストの中に手を伸ばす。
朝、父親が取り損ねたと思われるメモがあった。
二つ折りにされた小さなメモ。それにはポストの下についていた土が同じく端の方に付いていた。
そっと開いた。
そこには、
"再会を、必ず"
短い一言と……小さな四つ葉のクローバー。
業者が言っていた言葉が甦った。
"そういえば、手が真っ黒だったな"
"泥遊びでもしたんだろ"
彼女はそんなことしない。
ならば、これは………自分のために?
自分のために、この肌寒い時期に河川敷を探し回ってくれたのか?
手が真っ黒になるまで…必死に?
じわり、と暖かい何かが体に染みてくる。
彼女の声が、聞こえた気がした。
『再会を、必ず』
許されざる罪を犯した(貴女はそれでも…私を許してくれますか)
…………………
やぎゅ視点。
この話を読んで泣いて下さった人がいたそうです。
私が泣くほど嬉しかったです
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