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「#幼馴染」のBL小説を読む
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  泣きたくなるような空だった



『………え?』





今、何て言った?







「何度も言わせないでちょうだい。

結婚することになったから東京へ引っ越しよ。すごーくお金持ちの家だから、言葉遣いや態度に気をつけなさいよ!」





結婚…引っ越し…東京……………




と う き ょ う ?





『が、学校は……』

「転校よ。当たり前じゃない。私立だから、転入試験があるわよ。」







……比、呂士。

比呂士は…?

離れる…別れる…







一人に、なる………






「明日には引っ越しだからね!こっちの学校にはもう行くんじゃないわよ。」




…お別れも、言えない。





「まぁアンタなんかに友達なんて…」

『…比呂士』

「は?」

『比呂士に…言わなきゃ……ッ!』




母親の言葉を振り切って、僕は家を飛び出した。

薄汚れたTシャツに擦り切れたジーンズのまま。

裸足にくたびれた運動靴を突っかけて駆け出した。


空は淡い茜色に染まり始めていた。








比呂士の家はクリーム色の壁の小綺麗な一戸建て。

大豪邸ではないものの、整っていて幸せな雰囲気溢れる家庭…家族……



自分とはあまりに違い過ぎる、全て。








『(早く……!)』



僕は門のわきにあるインターホンに手を延ばした。

だが、いきなり奥の方にあるドアが音を立てて開いた。




「では、行ってきます。……おや?」


比呂士は僕を見るなり眉根を寄せた。

手提げ鞄を持っている辺り、おそらくこれから塾なのだろう。



『比呂…「すみません…急ぎの用事ですか?」……っ』



比呂士は困ったような表情と声色になった。


優等生の比呂士は塾に遅れることを酷く嫌がるだろう…




『…急ぎじゃ、なかよ。塾行きんしゃい…』

「?…では、また明日」

『……。』




また明日、という比呂士に、僕は返せなかった。

比呂士に嘘なんてつけない。


本当はすごく聞いてほしかった。塾より自分を優先して欲しかった。

その気持ちを必死に隠すために、口調も無理矢理変えた。










…でも、今となっては何て言おうとしていたのかも分からない。


別れを言う?泣きわめく?塾に行こうとする比呂士に怒鳴りつける?







…どれも、出来る気がしない。

出来るわけがない。









『…でも………』



このまま?

何も言えないまま…?


"柳生比呂士"も"仁王雅治"も、"テニスの王子様"の登場人物。

ならば中学校へ上がれば再会できることは確実だ。

しかし、比呂士はそれを知らない。

僕自身はある程度の話の流れと登場人物くらいしか知らないが、比呂士はそれも聞きたがらなかった。

それどころか、普通の友達と接するのと同じ様にしてくれた。






僕はそれだけで…言葉に仕切れないほど救われていたのに……









嫌だ。


何もしないままなんて……






とぼとぼと来た道を引き返す途中、ふと河原に生い茂る白詰草が目についた。




白詰草…クローバーか…




!!




僕はとあることを思いつき、河原に膝をついて地面をまさぐり始めた。

空は綺麗なグラデーションになり、薄青から濃紺へと変わり始めていた。







ひたすら白詰草を掻き分け、見えにくくなった薄暗闇の中、目をこらして探しつづけた。


頭の中でぐるぐると繰り返し流れる鮮明な映像はどれも比呂士との思い出。







入学してから早五ヶ月。


長い夏休みも比呂士と遊んだから楽しかった。

比呂士の家に行った時、親兄妹に貧相な体格や服装…そしてこの銀髪金眼を異様な目で見られ、小さな声でなじられた。

そのことは何より鮮明に覚えている。




「私の親友に何てことを言うんですか!!謝ってください!!!」




あんなに怒った比呂士を見たのは初めてだった…






二人でプールに行ったとき、嫌に照れていた比呂士がおかしくて笑った。

二人で勉強したときは僕が教えてあげたけど比呂士はすぐに覚えちゃった。

二人で何事もやった。二人で…いた。

僕が俺になってからの記憶の8割には比呂士がいた。

実際にはその倍以上の暴力と罵倒と前世の記憶があるが…

僕は比呂士との記憶を一番に大切にした。




茹だるような夏は終わり、肌寒い秋の夜だ。


Tシャツ一枚の僕は当然カタカタと震えが体に走り、指先は土で汚れて感覚もない。





『あっ、た…!』


周りの大きな三つ葉たちに隠されそうになっている、小さな小さな四つ葉のクローバー。


僕が、探していたもの…




僕はそれを静かに摘みあげ、潰さないように両手で包んだ。








貴方との再会を希望し、

貴方との絆を信仰し、

貴方への愛をここに記し、

貴方の幸福を願います――……




白詰草の三つの葉にはそれぞれ意味がある。

そして、

四つ葉のクローバーは、四枚の葉が揃って初めて、"真実"と"本物"の意味を成す。







『…僕はここに、本物の自分を……真実の姿"雪原白銀"を……置いて行く。』









再会を、必ず



小さなメモにそれだけを書き、そっと二つに折った。

もちろん間に挟んだ四つ葉のクローバーが折れないように。




僕はそれを"柳生"というオシャレな表札の下にあるポストへ入れて、背を向けた。


振り返らず、もう一度先程の言葉を繰り返し、一歩一歩比呂士の家から遠ざかって行った。




空に浮かぶ濃紺と、そこに散らした星の輝きに、何故か涙が出そうになった。














その夜、この世界にきて初めて泣いた。










次の日、母親に荒々しく手を引かれて東京へきた。

母親がいうように、確かに金持ちの家のようだ。


厳格な雰囲気を纏う和風屋敷。

表札には漆黒に掘り入れられた"日吉"という文字が光沢を放っていた。



泣きたくなるような空だった。
(……聞いたことある、ような?)













…………………

お別れ!そして日吉フラグ!


早くちび若出したい!!


三ツ葉のクローバーには"希望""信仰""愛"という意味が、四つ目の葉には"真実と本物"という意味があって、四つ葉のクローバーそのものに"幸福"という意味があるんだとか。

花言葉は曖昧なので使うのが大変ですι



 

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