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  この世界は曲がらない


目の前まで来た比呂士の、眼鏡の奥にある瞳は歪んでいた。

今にも泣き出しそうな彼に、つい苦笑が漏れてしまう。


「白銀さん、白銀さん…!わ、私は…貴女に、なんてことを」

『はいダーメ。』

むぎゅ、と比呂士の口にものを詰め込んだ。ちなみに、食べ物じゃない。

比呂士は驚いて自分の口に押し当てられたそれを掴んで見やる。


『ぴよよっ。かわいーっしょ?』

「白銀さん…」

それは黄色の丸っこいひよこのマスコットだった。
頭部にキラキラ光る銀髪がつけられている。しかも襟足(?)の辺りで軽く纏められている。
僕にそっくり!


『あのね、比呂士には何の非もないの。悪くないの。悪い人は誰もいないの!』

「で、ですが私は…!」

『これ以上ぐだぐだ言ったら怒るよ?あ、そのぴよちゃん2号はあげる。』

「は、はぁ…2号?」

『1号はこっち!』


ばっと取り出したケータイには同じひよこのマスコットが付いており、そちらは茶髪で眼鏡をかけていた。
…こちらもよく似ている。


『過去は良いよ、もういいの。大事なのはこれからだよ』

なーんて、どっかで読んだ小説の陳腐なセリフを吐いてみる。
でもそれは綺麗で偽善的な言葉ではない。

比呂士は気づいてるかな。

僕の言葉に、ドロドロした黒く醜い感情が込められていることに。


『とうとう中学生だねー。』

「えぇ、そうですね。…白銀さん、あの…」

『僕の家のことかな?それなら心配ないよ』

「…そうなんですか?」


優しい比呂士の考えていることは簡単に想像がつく。

僕がまだ"僕"として生きていた、純粋な人間だった頃の感情を思い出せば良いだけ。

今?…今の僕の思考回路じゃ、とうてい思いつかないよ。



…僕は"俺"だ。

醜く歪んだ人間だもの。



『再婚先で上手く立ち回れてさ。今は弟と二人暮らし…たまに姉も帰ってくるけど』


姉は思ったほど嫌な人じゃなくて、繋がりは希薄だが結構仲良くやっている。


「それは…良かったです」

『今度遊びにおいでよ。弟も紹介する』

「はい、是非。」


そろそろ入学式が始まる時間になるため、二人肩を並べて体育館へ向かった。

その途中でやれネクタイが曲がってるやれワイシャツのボタンが留めてないなど色々煩く説教を受けた。

反抗しても面倒なので比呂士にされるがままにしておく。

ふと会話が途切れたので、来るべき"原作"に沿うべく話を振ってみた。


『僕、テニス部に入ろうと思うんだ。』

「テニスですか?」

『うん。比呂士も入るでしょ?』


原作では入部した時の描写はなかったけど、僕は何の疑いもなくそう言った。

すると、比呂士は不思議そうな気まずそうな顔をした。


「あぁ……えっと…」

『あれ?テニス、やったことない?』

「いえ、ありますが…個人的にはゴルフの方が好きですね」


まぁ、そんなに大差はありませんが。
そんなふうに濁して言う比呂士に、僕は目を見張る。


『ふぅん…そっか。そういうこともあるのか…へぇー』


…ひょっとして。

"テニス"というのは彼女の知る"この世界について書かれた漫画"において重要なキーワードだったのだろうか?


そんなことを比呂士が思考していることも知らずに、僕は頭の後ろで腕を組んで歩いていた。

続々と入ってくる新入生の中に"キャラクター"を見つけては口元を歪めていた。


…それは、愉悦か自嘲か嘲笑か。









この選択を


私は後悔することになる。


彼女から片時も離れさえしなければ…




あんなことにはならなかった。


あんなことを―――…知らずにすんだだろう







この世界は曲がらない
(歪みこそすれ曲がらない)





…………………

あからさまな伏線。


 

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