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「#幼馴染」のBL小説を読む
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  王将の首、勝ち取ったり




『……見つけた』


現在母が使っている和室にある和箪笥の中。

引き出しの後ろ側に落ちてしまった数枚の紙の中から、僕は見つけだした。


『吉村百合…旧家の令嬢で、職業は華道の先生。職場は…ここからそう遠くない!!』


にぃ、と自分でも分かるくらいの悪役的笑顔を浮かべ、僕はそれを仕舞った。

この部屋は常に鍵がかかっていた。

まず、ピッキングで忍び込み、室内の内装や構造を把握する。

それから母の鍵をこっそりと拝借し、誰にも見つからないように合い鍵を作った。




ピッキング技術を極めるのに、三ヶ月。


合い鍵製造の道具を揃えるのに一ヶ月。


合い鍵製造の技術を極めるのに、さらに三ヶ月。


母の隙を見て鍵を盗むのには二週間……





気付けば半年以上が経過していた。





だが、それも今日で終わり…


将棋でいえば飛車角金銀落ち!!


王将の首を取るのも………






ガラッ!!!


「そこで何をやってるのよッ!!」


チッ…帰ってきた!


しかし。


『(ここで抜かるなんて、あり得ないね)』



僕の今の格好は?

そして…僕の本性は何だ?



「あんた……使用人?」

『は、はい…申し訳ありません奥様。大奥様よりこのお部屋を清掃するよう言付かりまして…』

「あぁ…そう。早く出ていってくれない?」

『はい!失礼いたしました…っ』



そう、使用人。

黒髪ロングのウィッグを被り、それを質素に下で一括り。

あの女は及びもしないほど端正なこの顔は大きな眼鏡で隠す。

着ている物だって使用人用の簡素な着物にタスキ姿。

小学六年生となった僕は平均よりも遙かに身長が高くなったため、顔さえ隠せば分からない。

声?そんなものはいくらだって自分の意志で変えられる。


高飛車で他人が自分のために動くなど当たり前、という自己中心的なあの女は、いちいち使用人の顔など覚えてはいない。


パタン…



後ろ手で扉を閉めると、使用人らしくすり足で素早く歩き、とある人の元へ…





『万里子さん』

「雅治坊ちゃん!お帰りなさいませ」


緒方万里子さん。

二十半ばくらいの若い使用人で、僕のおつき。

容姿も服も、彼女に借りた物だ。

僕の技術で言えば、わざわざ借りる必要はないが、あの女が僕の顔を覚えている可能性も零ではないため、この手法を取った。


「本当に私とそっくりですねぇ。坊ちゃんには何度も驚かせられますよ」

『ほーかの?そう言われると嬉しいのぉ』


褒められて嬉しいのは、いくつになろうと人間共有の感情だ。

僕はちょっとだけ素で笑う。


「私、坊ちゃんを応援しております!」

『ん。ありがとな、万里子さん。』

「いえいえ!また何かありましたら、私にお任せをっ」


簡単に会話していく間に、メイクを落とし、ウィッグを外して服も着替える。

証拠は残らないように、家の裏にある焼却炉に入れてしまおう(服はもちろん返すよ)


『さぁ――――…最後の仕上げじゃ』



あの女にはとびっきりの喜劇を献上しよう……





















静まった住宅街に、広大な土地を持つ吉村家。

その一角で、吉村百合は生け花教室をやっている。

今日は無料の体験授業の日。

子供なら誰でも自由に入れる日だ…



『なぁ、吉村センセ』

「あら、貴方は今日いた…」

『"日吉"雅治………ちゅうんじゃ』



艶やかな黒髪が、その流れを止めた。

黒曜石のような凛とした瞳が、皿のように開かれる。


「ひよし……まさか、」

『日吉家の、養子じゃけ。お前さんに用があって来た。俺達を…いや』



若を助けてくれんか………?




きっと、絶対に…この人は頷く。

本来の母子の絆は、どうしようもなく深いものなのだから……




















「雅子ッ!これはどういうことなんだ!?」

「し、知らないわっ!私を疑うの、良雄さん!」

「疑いますよ…少なくとも、私は」


とある部屋からは、声が聞こえる。

怒りを含んだ大声に、耳障りな劈く声、冷静と言うよりも冷酷な声…

いつものように猫背気味に歩く"俺"は、音もなく口角を吊り上げた。


『……百合さん』

「分かっているわ。貴方の手筈通りに…でしょう?」

『ほんっとに賢い人ぜよ』


ちょっと困ったように苦笑し、三つの影がうごめく襖の手前で足を止める。

百合さんは俺を越し、堂々と部屋に入っていった。


「説明してもらおう。何なんだこれは」

「説明責任がありますよ、貴女には」

「だっ大体誰が、こんなものを…ッ」


漆塗りの机に散らばるのは、男と腕を組んでネオン街を歩く雅子の姿。

それも、何十とある写真のどれも、共に映っている男性は違う人物だった。

近くにある数個のボイスレコーダーにはホテルでのあられもないやり取りが記録されている。





「……私です」





凛っ、とその声は響き渡った。

鶯色の着物をびしりと着こなす、清廉な女性……吉村百合。


「あんた、前の…っ」

「百合さんっ!」

「百合…どうしてここに!?」

「良雄さん。貴方が本当に惚れ込んで心から愛した女性が現れたというのなら、私は潔く身を引きます。しかし……」


美しい両眼が剣呑な空気を孕んで雅子に向けられる。


「こんな汚らわしい女狐など、貴方もこの家も不幸にするだけですッ!」


…格好良いなぁ。

壁際で盗み聞きをしていた僕は、そう心内で思う。

さすがは若のお母さんだ…


これで皆、上手くいく…!





「雅子さん、貴女にはこの家を出ていって貰います」

「な…ッ!待ってください!」

「良雄、良いですね?」

「…はい」

「良雄さんっ!?」

「そして…百合さん」

「はい」


あぁ、これから告げられる言葉が手に取るように分かる…






「貴女には…可能ならばこの家に戻ってきていただきたいと思っています」

「百合…すまなかった。俺からも…頼む」

「……えぇ、もちろんです!」







タイミングを見計らい、俺は音もなく襖を開けた…

三人の目が驚愕に開かれ、百合さんは暖かく俺を見た。


『何か騒いどると思うたら、こーゆうことなん?』

「あんた…っ!そ、そうよ!雅輝がいるわ。あの子はここの跡取りでしょう!?」

『気でも狂うたんか。跡取りは若ぜよ』

「この…ッ!私にそんな口をっ!」

「雅治くんっ!」


百合の焦った声と共に、雅子の右手が振り上げられる……が。



『阿呆か、お前』



絶対零度の声だった。

感情を一編も感じさせない、非常の声。

その声と共に、雅子の身体は畳に叩きつけられていた。


『俺がここに来て約五年…一体何をしていたと思うとるんじゃ』


武術を十二分に身につけた僕にとって、こんな凡人以下は敵でもない。

ただの…羽虫だ。


「雅輝と…雅治の養育費は無論払います」


よし、という風に歪む雅子に、さらに冷徹な声が向けられる。


「ただし、専用に口座を作り、彼らにしか引き落とせないようにします」


雅子の顔が蒼白に染まる。

暴力でも敵わない今、僕を脅すことなど出来もせず、もちろん僕の力は雅輝を守って尚有り余る。

もう、この女には何も残されない。


















あぁ、これで。





『………チェックメイト』




王将の首、勝ち取ったり
(……なぁんてね)
(こんなのが王なわけないか!)



……………………

雅子さん出番しゅーりょー。

主人公腹黒ッ!あっれ?





 

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