懐いた野良犬と天然さん
大坪泰花の朝は早い。
まだ外が薄暗い時間から起き、朝食の下準備を済ませてから習慣になっているジョギングへ行く。
戻ってきてからは朝食を作り母と小さな妹を起こし、身支度を手伝いながら自分の支度も整えて誰より早く家を出る。
『いってきます。』
そろそろ夏も本番を迎える今日この頃、いつものように家を出たが…
『…ん?』
「…よう」
門を出たすぐ先に、見慣れた明るい茶髪があった。
明るい茶髪の持ち主である宮地はいつもの仏頂面を下げて塀に寄りかかっていた。
『宮地じゃないか。どうしたんだこんなところで、こんな朝早くに。』
「べッ、つに…たまたま…そのっ…」
『たまたま、通りかかったのか?』
「お、おぉ!そう…っじゃねぇよ!ちが、くて!」
これまたいつも通りに視線を逸らして会話をする宮地に慣れたものだと大坪は思ったが、どうやら今日の彼は少し様子がおかしい。
珍しく真っ直ぐと大坪を見つめたかと思うと、吐き出すように言った。
「む、迎えに来たんだよ!!!お前を!お前と一緒に行こうと思って!!!や、その、お前じゃなくて…えーと……ぉ、大坪と!一緒に行きたかったから!!!」
突然の大声と言葉の内容に驚いて、大坪は目を丸くする。
「うまく言えねーけど…大坪のこと怒らせちまったとき思ったんだ。俺、大坪が何でも察してくれるし何でもしてくれるから甘えてた。甘えすぎてたって。だからこれからは俺もお前に頼られるようになるから!リードできるような男になってやるッ!お前も俺のこと頼れ!!いいな!?」
『…ああ、よろしく頼むよ宮地。』
頬を紅潮させながら必死に言葉を紡ぐ宮地に、大坪はふっと柔らかく笑って自分よりも少し下にある頭に手を乗せた。
そして二人仲良く並んで通学路を歩き出した。
「荷物俺が持つ!あと車道側は俺が歩くからな!!」
『そこまで荷物は多くないが…』
「俺が持つって言ってるだろ…っ」
『わかった!わかったから泣かないでくれ宮地。ほら、じゃあこれを頼む』
「んっ!任せろ!!」
SHUTOKUと印字されたオレンジ色のエナメルバッグとお弁当が入っている小さな手提げしか持っていない大坪だったが、宮地の鳶色の瞳にじわりと涙が滲んだのを見て慌てて手提げの方を彼に渡した。
一気に表情を明るくさせた宮地は手提げをしっかりと抱えて車道側を歩いている。
何となく微笑ましい気持ちになってしまった大坪は、彼の頭をもう一度撫でた。
「…泰花、あれ何なの?」
『あれとは何のことだ?』
「宮地よ宮地!決まってるでしょ!?」
びっ!!と大坪と同じクラスの友達(女バス所属)が教室のドアの向こうを指差した。
そこには大坪の教室に入るタイミングを計ってひょこひょこと頭を出したり引っ込めたりしている宮地がいる。
『?仲直りしたんだ、昨日』
「見てたから知ってるわよ。でもあれ何?あれ宮地なの?」
『どこからどう見ても宮地だろう?』
「キャラが違いすぎるでしょ!?同一人物だなんて思えない…双子とかじゃないの?」
『そんな話は聞かないが…ああ、そういえばリードできる男になるとかなんとか言ってたような…』
「リード(先導する)っていうよりもリード(犬の引き綱)なんだけど…」
『上手いな、それは』
先ほどの昼休みの件を言っているのだろう。
「一緒に!」と言って大坪のお弁当をかっさらい、反対の手でしかと彼女のセーラー服の裾を掴んで引っ張って行ったのだ。
大坪のクラスメートは言う。
「完全に犬の散歩だった」
「散歩が楽しすぎて飼い主引っ張っちゃう系の犬だった」
「っていうか上下する耳と力いっぱい振られる尻尾が見えた」
「お前も?」
「あ、俺も俺も」
「私も見えたよ」
…と。
「なあ、大坪、何の話してんだ?」
『私は猫派ではなく犬派だって話かな』
「俺も!犬の方が好きだぜっ!」
「っていうかあんたが犬よね…」
「大坪、今日はどれくらい居残り練するんだ?俺も時間あわせるから!」
「あんた泰花以外目に入らないの?」
『今日も昨日と同じくらいかな。宮地、無理に合わせることないぞ?』
「俺が合わせたいんだからいいんだよ!!」
このあといきなりキレた友達に、大坪と宮地は顔を見合わせて首を傾げた。
懐いた野良犬と天然さん
(バカップル大破しろ!!!!!!!)
……………………………………
あの一件によりしばらく宮地の涙腺はゆるゆる。デレもゆるゆる。
※付き合ってません
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