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  杞憂と鈍感


『…ゃじ……みやじ…宮地!起きろ!』

「ん……」

『またなのか、お前は。もう何回目だと思ってる?』

「うるせー…轢くぞ……」

『頭、痛いんだろう?ほら薬と水だ』

「おう…」

ああ、また礼が言えなかった。と思いつつ何故か宮地ではなく大坪が常備するようになってしまった頭痛薬を受け取った。

心配一色な大坪の表情を見て「別に平気なのに」と思った。

流石に4回目となれば大坪を邪魔だとは思わないし、むしろ感謝しているくらいだった。口にはできないけど。

「お前、いっつも俺のこと見つけてくれるよな」

『宮地が倒れていないかを確認することが日課になってしまったよ』

「…………」

何故大坪はこんなに自分に構うのだろうか。
ごくごくとスポドリを煽りながら宮地は自分の分までモップがけをしだす大坪の背を見ていた。

最初はうざったく思っていたがこうも毎日付き纏われては慣れてしまう。

クラスは違うけれど廊下で会えば手を振ってくれる。滅多に振り返さないけど。
朝鉢合わせるとにこやかに挨拶をしてくれる。目も合わせないけど。

我ながら何故こんなにも冷たくあたってしまうのだろう。

感謝を告げるのもいつかいつかと先延ばしにしっぱなしだ。
欠片も素直になれないまま、2人は今日も並んで帰った。






こんなことが、1ヶ月…2ヶ月と続いた。


宮地が倒れることも、大坪がそれを見つけて介抱することも日常になりつつあった、ある日のこと。









冷たい体育館の床の感触。

軽く揺さぶられるいつもの感覚にふわふわと漂っていた意識が覚醒する。

起き上ればこれまた慣れた頭痛と倦怠感。


「あー…またやっちまった」

『…………』


目の前に無言で差し出されるドリンク。

……無言で?
おかしくないか…?大坪はいつも過剰なくらいに心配の言葉をかけてきたはず。


「大坪?」
『なあ、宮地』

別に心配されることを望んでいたのではない。と誰に言い訳するでもなく内心で呟きながら、どこか様子のおかしい大坪に耳を傾けた。


『お前、これで何回目だかわかっているか?』

「あ?倒れんのがって意味か?んなもん覚えてねーよ」

『…これで、10回目だよ』

「ふーんそんなにか。まだ体力足りてねーんだなぁ」


大したことも考えず、そんなことを言った。言ってしまった。
反省もなく、改善する気もなく、あっけらかんと。

その言葉を聞いた瞬間に大坪は奥歯を噛んだ。
ぶち、と太い綱が切れるような音が耳の奥から聞こえた。


『お前にバスケは向いてない』


底冷えするような声。
その声の主が目の前にいる彼女だと認識するのに数秒の時間を要した。

そして言葉の内容を理解した瞬間にカッと頭に血が昇る。


「て…テメェに何がッ」

『バスケどころか何をやるにも向いていないよ。お前はあまりに弱くて愚かだ』


荒げた言葉に被せるようにさえぎられた。
抑揚のない声色に、初夏に差し掛かるというのに背筋がひやりとした。

恐る恐るといった様子で宮地が顔を上げると、見たこともない表情の大坪がいた。

一言で言えば、無だ。無表情。

いつもまっすぐ前を向いている瞳にも汗が滴る頬にも誰より大きな声出しをする口も、一切の感情がない。



「お…お、つぼ……?」


『お前がこんなにも愚かだとは思わなかった。もう2度と私と関わるな!』



バシン!と顔に何かを叩き付けられ、それが重力に従って地面に落ちた頃にはもう大坪の姿はどこにもなかった。

叩き付けられたものは、新品の冷えピタだった。



杞憂と鈍感
(……………え?)

…………………………………

反動形成
簡単に言っちゃえば好きな人を虐めたり殴ったり冷たくしたりしちゃうことだよ!
つまり、そういうことだよ!

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