赤い実はじけた初夏のこと
『(あかん、面倒くさそうなんに捕まってもうた…)』
久々に何の予定もない休日だった。
いつもは跡部や向日たちと予定が入っていたり氷帝テニス部に顔を出したりしているが、今日はテニス部が遠征へ行っている。
ゆっくりできる貴重な時間だ。
好きな作家の新作を買いに行きたいし、映画にも行きたい。
跡部に何も言われないのをいいことに、シンプルで飾り気のないお気に入りの私服を着てどうせ人にも会わないから眼鏡も外してきた。
跡部は自分の服から美容法から食生活、果ては下着のデザインにまで口を出してくるのだからそろそろセクハラだと訴えたい。曰く「美しいものは美しくあるために尽力すべきだと思わねぇか、あーん?」だとか。美しいものにはおそらく自分自身も入っているのだろう。
そんな父親よりも小うるさい存在もいない自由な日、賭け云々でストレスも溜まっていたため思い切り羽が伸ばせると思っていたのに。
「お姉ちゃん綺麗だな、モデルさん?」
「1人でどーしたの?フラれちゃった?」
「こんなイイ女フるとかありえねぇー!」
いかにもチャラチャラした男が3人、忍足を囲んでいる。
顔は中の下くらい。まともな格好をすればそれなりに見えるだろうに自分をイケメンだと思い込んでいるため雑誌のイケメンコーデをそのまま着ちゃっている勘違いDQNだ。
しかも忍足は3年間イケメンだらけの男子テニス部に所属していたし、跡部のようなイケメンを超越したイケメンが傍にいたのだから評価基準が非常に高い。
こんな3人に絡まれたところで、
『(なんやこのクソうざったい野郎どもは…思い込み激しすぎてツッコむのもアホらしいわ)』
こうなるわけだ。
もちろん絶賛クローズマイハートな忍足は人形のような無表情なのだが。
『すんません、私ちょっと用事あるんやけど』
「おっ関西弁!?」
「お上りさん?観光?」
「俺らがトーキョー案内してやろっか!?」
今までシカトを決め込んでいた忍足が口を開き、しかもそれが聞きなれた標準語ではなく関西弁だったことで沸く男たち。
どんどん忍足を囲む円を小さくして迫ってくる。
案内も何も忍足は生まれが大阪であることと親族や両親が関西弁を使っていたためこの言葉づかいなのであって東京へ引っ越してきたのは3年も前だ。
『いい加減にしてくれへん?私、用事あるって言うとるやろ』
「どんな用事?付き合ってやるぜ?」
『あんたらと一緒になんか行きとぉないわボケ。さっさと退きぃや!』
「あぁ!?てめぇちょっと顔がいいからって調子のりやがって…!」
『はあ?調子のっとるんは「調子のってんのはテメェらだろ」
忍足が連れなくそういうとキレて本性を現した男たちに、日吉直伝の古武術護身用をかまそうとしたとき、横合いから知らない声がセリフを被せてきた。
ぐっと顔を近づけてきた男の一人の頭をがっしりと掴んだ大きな手。
声が自分よりだいぶ高いところから降ってきたことを珍しく思いながら振り返れば、頭一つ分かそれ以上高い位置に声の主はいた。
少し長めの茶髪に甘めのベビーフェイス。ジーンズにジャケットというシンプルな出で立ちだがそれがより一層彼の容姿を引き立てている。
『(あら。イケメンさんやなぁ)』
顔面偏差値カンストな忍足にもそう思わせるほど容姿端麗なその青年は、顔立ちの割に目つきが悪い。正直言って凶悪といっていいレベルだ。
「だっ、誰だよテメェ!」
「俺の連れなんだよ。誰だよはこっちのセリフだ」
『ん?』
これはひょっとして助けてくれとるん?と忍足は首を傾げた。
長身イケメンな上に優しいなんてさぞモテるだろう。
ぽけーと空を見上げていたらいつの間にやら男たちは退散していた。
敵わないと思って逃げ出したに違いない。
最後まで情けないやっちゃ、と嘆息しているとイケメンさんが振り返った。
『おおきにお兄さん。ほんまに助かったわぁ』
「あー…や、別に。俺が勝手にしたことだしな」
『あいつらしつこぉて参っとったんや。お兄さんがこーへんかったら蹴りの一つでも食らわしとったくらい』
「んな危ねぇことしようとすんな。数が違ぇだろ」
『お兄さんほんまええ人やなぁ』
「あんまそういうこと言うな。言われ慣れてねーんだよ」
『あらあら照れ屋さんやんな。じゃ、私はこのへんで失礼さしてもらいますわ。ほんまおおきに、またご縁がおましたらよろしゅう頼んます』
あまり日に焼けていない頬を真っ赤に染める彼の反応を新鮮に思いながら、忍足は軽く頭を下げて礼もほどほどに青年に別れを告げた。
背を向けた忍足の後ろでは、青年が何か言いかけていた。
30分後。
『「あ。」』
2人は映画館のチケット売り場でばったりと再会したのだった。
『お兄さんさっきぶりやな。案外世間は狭いもんや』
「お、おう…そうだな。用事って映画だったのか?」
『まあ、それも用事の一つってとこやで。お兄さん何見はるん?』
「俺は…あー……」
『私が見に来たんはあの"恋に恋して赤い糸"なんやけど』
略してコイコイ。忍足が愛読する恋愛小説を映画化したものだ。
小説自体がマイナーな上に役者や監督もそこまで大物ではないためあまり有名ではないのだが…
「え、マジで?俺もそれだぜ」
『そりゃまた奇遇やねんなぁ。お兄さんとはえらい話合いそうやわ』
ジャンル故に男性がこの映画を見ることは少ない。
テニス部の面々も自分の趣味には一切賛同してくれなかった。
ちょっと嬉しそうな忍足に対して青年は少し居づらそうだ。
「俺、小説読まねーしこういう映画も見ねーんだけど…女優がさ」
『ああ!STKのみゆみゆ可愛え子ぉやんな!私もあの子好きやねん』
「友達になってください。」
真剣な顔で手を握られた。
忍足はそれに対して喜んで、と返す。
2人でみゆみゆの話をしながらチケットを買うため列に加わり、順番が回ってくると、
「恋に恋して赤い糸、お2人で2000円になります」
『「ん?」』
『お姉さん、高校生は1人1500円やったと思うんやけど』
「本日はカップルデーですから」
…カップル?
「や、俺らは別に」
「11時20分から3番スクリーンでの上映となります」
『あー、もうええんちゃう?男女ペアなら友達でもカップルやろ?』
2人は売り場を離れて中に入ることにした。2人とも映画中に飲み物食べ物は持ち込まない主義だった。
3番スクリーンに入って席まで行くと…2人はそこでも固まった。
「…おいこれ」
『完全に恋人同士用のカップルデーだったんやな…』
指定された席はベンチのように2つの席が繋がった、いわゆるカップルシートだった。
頭を抱える青年をよそに忍足は苦笑いしつつ平然とシートの片側に寄って座った。
「いいのかよここで。今から払い戻してチケット買い直してもいいんじゃねーの?」
『めんどいやん?お兄さんが私と座るんいやならしゃーないけど…』
「べッ、つにそんなこと言ってねーよ!」
少し首を傾げてしなを作れば、動揺が走って慌てたように忍足の隣に座る青年。もちろん計算だ。
自分の容姿と色気を十分に理解している忍足にとってそれらは重要な処世術だ。
「結構狭ぇな、ここ」
『私が女性の一般的身長を越えてもうてるからやと思うねんけど…勘忍な』
「や、俺も平均よりだいぶ上だからな、身長。お互い様だろ」
『あ、ぼちぼち始まるで!楽しみやなぁ』
忍足は用意されていたクッションを抱きこんで目の前のスクリーンに集中した。
……………………………………………
女性にからかわれる?照れてる?ような宮地さんが書きたい
[back]