忠犬と番犬と狂犬
秀徳高校には暗黙のルールがある。
一部では馬に蹴られないためのルールといわれ、一部では平和な学校生活を送るためと言われるそのルール。
1、女子バスケ部主将大坪泰花にはあらゆる意味で手を出さない
2、彼女と男子バスケ部スタメン宮地清志が一緒にいるときは邪魔をしない
3、彼らの行動言動にどんな違和感を持ってもつっこまない
これらを遵守しなければ、地獄をみるに違いない。
「泰花ー、昼メシ食お」
『ああ。今日は雨だから屋上はいけないな』
薄い茶髪にベビーフェイスを持った長身のイケメンが廊下から顔を覗かせると、クラスメートたちはまたかと思いつつ何も言わずに大坪の席から少し距離をとった。
腰を屈めてドアをくぐった宮地は常人より遥かに長いコンパスで大坪の席までたどり着くとがばりと抱きついた。
クラスメートたちは日常風景と言わんばかりにさり気なく視線を逸らす。
「泰花、シャンプー変えたか?匂い違う」
『昨日切らしていたのを忘れていたんだ。朝練の後、友達から借りたから違う匂いなんだろう』
「ふーん。泰花から違う匂いすんのヤだな、何か」
『仕方ないだろう。帰りに薬局に付き合ってくれるか?』
「もちろん。じゃあ今日はちょっと早めに切り上げるな!」
『そんなに慌てなくていいよ。』
「分かった!」
普段のツンギレ然とした態度からは想像もつかないほど緩んだ笑みを浮かべる宮地。
会話からも伝わるバカップル感。
しかしそれに行動が加わるとより悪化する。
宮地はイスに座っている大坪の背後からイスごと抱きしめる形でのしかかっている。
顔を髪に埋め両手を胴に回してぴったりと隙間なくくっついている。
大坪も大坪でそれが自然な状況だと言わんばかりに授業の後片付けをして弁当を広げられるようにしている。
彼らはいつもならば平日開放されている屋上で昼食をとる。
しかし本日は生憎の雨だ。生憎なのはクラスメートの方だが。
2人きりがいいから、という宮地の希望で屋上へ行く彼らだが、クラスメートからすれば頼むから他のところでやってくれと言いたくなるいちゃつきっぷりなのだ。
曰わく、食べているもの全てが甘く感じるような。
曰わく、同じ空気を吸っているだけで胸焼けがするような。
「屋上じゃねーと泰花と離れて食わなきゃなんねーからヤなんだよなぁ」
『たかが机1つ分だろう』
「俺は四六時中でも泰花と一緒にいてぇの。クラスが離れたときの絶望感はハンパなかった…」
『この世の終わりのような顔をしていたな。』
うなだれて頭を大坪の肩へ移動させた宮地をよしよしと片手で撫でてあやす大坪。
この2人、二年時には同じクラスだったのだが休み時間のみならず授業中もべたべたらぶらぶしている上に宮地が大坪を完全に独占してしまうせいで大坪の人間関係に問題が生じかけたこともあって三年ではクラスを離されてしまったのだ。
机の上が片付いて、宮地が大坪の向かいの席へ移動しようとしたとき、
「机1つ分で離れるって何…?」
「じゃあ普段どうやって食べてんの…?」
小声で呟いた生徒A、B。
おい馬鹿、何聞いてんだ!というクラスメート一同からの視線が突き刺さった。
これが彼らに聞こえていないことを祈ったが、声は小さくとも距離が近かった。ばっちり聞こえている。
「あぁ?どうって…」
会話に割り込む形になってしまった生徒A、Bをあまりよくない目つきで一睨みして宮地は大坪の側まで戻ると、
「こうだけど。何?文句あんのかぶつ切りにして煮るぞ」
『宮地、空腹のせいでいつもの暴言じゃなくなっているぞ。あと教室では流石に恥ずかしいからやめてくれ』
「ちぇ、」
こうだけど、という言葉を言うやいなや大坪の女子平均どころか男子平均すら越した長身をひょいっと持ち上げて大坪のイスに自分が座り、大坪を膝を上におろした。
教室の空気が凍った。
膝だっこ…だと…?
大坪が窘めると子供のように唇をとがらせて拗ねてみせる宮地はしぶしぶと大坪を下して今度こそ向かいの席に座った。
「今日の弁当なに?」
『今日は豆腐ハンバーグがメインだ。清志が嫌いなピーマンが入っているが残さず食べてくれよ』
「……泰花が作った物なら残さねーし」
ここで何故大坪のカバンから宮地の弁当箱が出てくるのかとか何故好き嫌いを把握しているのかなんて聞いてはいけない。ABもさすがにこれは口を閉じた。
偉いな、と微笑む大坪に頬を染める宮地なんて見えていない。断じて視界にはいない。
と、空気がピンク色であること以外は平穏だった教室に嵐がやってきた。
「おっおつーぼさーん!!」
「馬鹿尾、まずはおじゃましますからなのだよ」
「あ、そーだった。おじゃまします!」
「わかってんなら帰れ!そこの窓から飛び降りて!!」
「ちょ、ここ三階っすよ…締まってる!首締まってる宮地さん!大坪さん助けてー!!」
「大坪さん、明日のラッキーアイテムの件ですが」
『ああ。家にある編みぐるみの中で比較的大きめなものを持ってきたつもりだ。宮地、後輩をイジメるんじゃない』
「ありがとうございます。明後日にはお返しします」
「うえぇ……げほげほっ」
飛び込んできたのは名門バスケ部である秀徳において一年でありながらスタメンを獲得した二人組。
鷹の目と呼ばれる広い視野を持つ高尾和成とオールコート3Pを武器にするキセキの世代緑間真太郎。
宮地はハイテンションな高尾の首にラリアットをかますように腕を巻き付け上にギリギリと締め上げる。表情はさわやかな笑顔だが背負っているのはどす黒く燃える業火だ。
その間にこれ幸いとばかりに大坪に話しかけに行く緑間とそれに当然のように答える大坪を見て、宮地に動揺が走るとともにどてっと高尾が解放された。
緑間の手には大坪の部屋のベッドの上に置かれていたお手製の編みぐるみがあった。
その中でも二番目に大きいピンクのうさぎだ。
「泰花!それ緑間にやるのかよ!?」
「別にもらいません。借りるだけです」
「それ受け取りにきたんすよー!」
『明日のラッキーアイテムがうさぎの編みぐるみだそうだ。今朝2人から連絡をもらってな』
「2人から!?」
どういうことだ。いつの間に連絡先を交換するほど仲良くなったのだ。
言葉にならない衝撃を受けている宮地に大坪は朗らかに笑って、
『一週間くらい前かな。清志が1年の女子に呼び出されたときに』
「番犬サンがいたんじゃメアドも聞けねーんで隙を突いてみました☆」
「高尾の案です」
「ちっくしょぉおおおお!!!何であの時離れたんだ俺!!!!」
頭を抱える宮地を見て高尾は腹を抱えて笑い出す。
肩パンでも食らわせようかとすればすぐに大坪に叱られてしまい、唸ることしかできない。
「宮地さんマジ忠犬っ!忠犬で番犬とか犬すぎでしょ!!」
「先輩に向かって失礼なのだよ」
「テメェ肩震えてんの見えてるからな緑間ぁ!!」
今にも頭の血管がぶち切れそうになっている宮地の背中を撫でてなだめる大坪はトップブリーダーのようだ。
緑間と高尾、気にくわない後輩が2人とも愛する恋人にまとわりついているというだけでも腸が煮えくり返っているのに、その恋人も後輩どもの味方とくれば怒りのやり場もない。
大坪が年下に甘いことは周知の事実だし、なにかと危なっかしい2人を放っておけない気持ちは分かる。それでもムカつくものはムカつく。
「泰花の馬鹿やろぉ…浮気者…」
「ドルオタが何言ってるんすか」
「はあ!?アイドルを恋愛対象にするか轢くぞ!」
『私も高尾たちを恋愛対象にはしていないが』
「でもやだ絶対やだ。俺よりこいつら優先したら泰花でも叩く」
『そんなことしないさ。私の一番は清志だよ』
「泰花…俺も!」
「俺らもう帰りますねバカップル先輩」
「お世話になりましたバカップル先輩」
「放課後覚えてやがれ」
ぎゅーっと堅く抱き合いいちゃつき始めた2人を放置し、高尾たちは自分のクラスに帰ることにした。
手に入ったラッキーアイテムを大切に抱え、少し遅れた昼ご飯を食べようと廊下を歩きだしたところで、
「おい、」
「あれっ宮地さん?」
「何かご用ですか」
「泰花の前だから言わなかったけど、やっぱすっきりしねーから言うわ」
お望み通りに退散したというのに、宮地から後を追うように声をかけてきた。
教室からは出ているので大坪はいない。
シメられる!と高尾が戦慄したのもつかの間、
「泰花に手ぇ出したら俺ができる限りの手を尽くして叩き潰すぞ、覚悟しとけ」
無表情のまま氷結した声色で紡ぐ鋭利な釘。
刺された高尾たちは体の芯から強ばった。
「…ちなみに、手出しの意味は?」
「どういう意味でも?恋愛的な意味でも暴力的な意味でも同じだよ。」
そういって踵を返し彼が至上とする恋人の元へ戻っていった宮地の目には剣呑とした光が宿っており、冗談ではないことが伺いしれた。
「真ちゃん、宮地さんってさぁ…」
「番犬でも忠犬でもなく、狂犬なのだよあれは」
秀徳高校の暗黙のルール
宮地清志から大坪泰花を奪うべからず
宮地清志の前で大坪泰花を侮辱するべからず
宮地清志"の"大坪泰花を傷つけるべからず
彼らの間には何人たりとも立ち入ってはいけない。
馬に蹴られるどころか凶暴な犬に噛み千切られる羽目になること間違いなしなのだから。
忠犬と番犬と狂犬
(満開の花の狂い咲き)
……………………………………
宮地さんが愛おしくて発狂寸前の小手毬です。
lineのお友達とアニバス発狂してました…投げちゃうぞの破壊力ェ
唇をとがらせる宮地さん天使
大坪には暴言吐けない宮地さん天使
ドロドロヤンデレ独占欲宮地さん天使
クラスメートの方々、お疲れさまです
私はこれ書いてるだけで全身にくすぐったさが広がりました。直視できない。
大坪には常に子供っぽい宮地さんマジ天使
宮地さんはひょいっと持ち上げてますが大坪は軽くありません。胸も筋肉も身長もあるので。そこは彼氏の意地です。犬だけど。
犬は犬でも黄瀬くんじゃないよ!
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