溢れる愛を捧げよう、例え貴方に伝わらずとも
『「ごめーんね!やっぱり負けちゃったよ」「ってことであとはよろしくね!」』
先ほどの背筋が腐るような気配は微塵もない。
にこにこと何事もなかったかのように笑っているミソギに、ゴン達は薄ら寒い恐怖を抱く。
「ねえ、ミソギ…何であんなこと言ったの?」
『「ん?あんなことってどれのこと?」「僕おしゃべりだからたくさん喋ったよ?」』
けろりとしているその顔には罪悪感などない。
そもそも「僕は悪くない」の口癖から分かるように悪いことをしたとは思っていないのだ。
「あの人、もう戦おうとしてなかったよ!?なんで降参してるのに終わりにしなかったの!?」
「そ、そうだぜ!それを聞き入れればお前の勝ちだったじゃねぇか!」
『「んー?僕はやられそうになったことをやり返そうと思っただけだよ」「っていうか総合的に見れば僕の方がダメージ大きくない?」』
「やられそうになったこと…?」
「拷問ってことだろ」
それまで静観していたキルアが口を開いた。
「あいつの動き、たぶん元軍人だぜ。最初に喉をやったら時間がくるまでいたぶるつもりだったんだ。つーか自分で言ってたし」
『「キルアちゃんぴんぽん!」「やられたら三倍返し、やられそうになったら十倍返しが僕のモットーなんだよ」』
もちろん嘘なわけだが。
ゴンとレオリオはまだ納得していないようだったが、反論の余地はない。やり過ぎがどうの、というのも個人のさじ加減だ。
ここで、神妙な面もちのクラピカが言った。
「…お前はどうやってあの怪我を治したんだ?」
敢えて"どうして生き返ったんだ"とは聞かないところが冷静なクラピカらしいところ。
しかし、
「ああそうだ!お前死んでただろ!?」
クラピカがじとっとした目で睨むも馬鹿と書いてレオリオに読むには通じない。
『「あれはねー。なんて説明しよう…見せた方が早いかな」「じゃあ誰か僕のこと殺してくれる?」』
じゃあそこの本取ってくれる?みたいな軽い口調で自殺志願だ。
死ぬのは嫌いだと言った数分後に。
『「あっダメだ。僕死ぬの嫌いなんだった。痛いのもやだよね」「じゃあ代わりにレオリオちゃん」』
名指しされたレオリオの肩がびくりと跳ねる。
殺される、と蒼白な顔に書いてある。
『「大丈夫だよ殺したりしないって!」「僕、人殺し大っ嫌いだからさ!」』
「じゃあ何で螺子構えてんだよお前!!」
『「ん?これはねー」「いわゆる正義のヒーローがポーズを決めるような」「魔法少女が必ず杖を持っているような」「そんな感じの付属品だよ」「ようはただのカッコ付けさ」』
『』(カッコ)だけに!なんて笑い飛ばしても一緒に笑う人はいなかった。当然だ。
じりじりと壁際に追いつめられていくレオリオ。ゴンが止めに入ろうとする一瞬先に…
『「それでは皆さんご唱和ください」』
『「イッツ・オール・フィクション!!!」』
ドガガガ!!!とレオリオに向かって大量の螺子が放たれた。
胸に、顔に、肩に腹に足に。
傍目から見れば間違いなく致命傷…のはずが、
「…い、生きてる…?」
『「殺しは嫌いって言ったじゃないか!」「僕を疑っていたのかいレオリオちゃん!」「酷いや!」』
レオリオを綺麗に避けて壁や床に刺さる螺子。
「うるせえ!生きてりゃいいってもんじゃねえ!何しやがんだ!!?」
『「せっかく君の怪我を"なかったこと"にしてあげたのに」「礼を言えとは言わないけれど怒鳴られる謂われはないなぁ」』
レオリオが自分の身体を見れば、彼は知る由もないが一次試験中にヒソカから受けた傷が綺麗さっぱり消え失せていた。
ミソギはいつもと変わらぬ愛らしい笑顔で説明をする。
『「これが僕の過負荷(マイナス)」「"大嘘憑き(オールフィクション)"さ」』
「マイナス…?それは手品の類ではないのか?」
『「違うね。そうだな…」「あまり凄くない超能力だと思ってよ」「これは僕が生まれつきもっていたスキルだよ」』
「治癒能力のようなものか?」
『「やだなぁクラピカちゃん!」「そんな前向きな能力が僕なんかから生まれる訳ないだろう?」「これは、あらゆる事象を"なかったこと"にする能力さ」』
「なかったこと…?」
『「例えば怪我」「例えば死」「例えば破損」「例えば時間」「例えば存在」「例えば記憶」「そして、世界さえも」「僕は"なかったこと"にできる」』
誰かはこれを、神様みたいな能力だといったけど。
僕は、神は神でも死神や疫病神だと思う。
「…それってさ」
少し強ばった表情のキルアが言った。
「なかったことにしたことは、戻んないの?」
それに答えるミソギの身振り手振りは大げさで、まるで演技をしているようだ。
『「なかったことにしたことをさらになかったことにできるかって意味なら」「それは不可能だ」「なかったことにしたことは二度と戻らない」「大嘘憑きは取り返しのつかないスキルだからね」』
一同は言葉を失って彼女を見た。
マイナス、という意味が少しわかった気がした。
確かに、彼女はマイナスだ。ゼロでもプラスでもない。
『「あ、早く次の試合しないと時間なくなっちゃうよ!」「僕眠くなってきちゃったらそこら辺で寝てるねー」』
ねむねむー、と言いながらミソギは通路の奥へ行き、新品同様の学ランを敷いて眠り始めた。
ゴン達は頭を切り替えて、次の試合に臨むことにした。
ただ1人、悲哀の視線を彼女に向けていたキルアを除いて。
第2試合ゴンvsセドカン
ゴンの勝利
第3試合クラピカvsマジタニ
クラピカの勝利
第4試合レオリオvsレルート
レルートの勝利
第5試合キルアvsジョネス
キルアの勝利
結果、3−2で受験生側の勝利となった。
しかし、レオリオが無様にも欲に負け、その結果約2日も足止めを食らうことになった。
「50時間も何してろってんだよ」
「うーん…作戦を立てるとか?」
「できることはそれくらいだろうな…」
「…おい。あいつ、どうするんだ?」
レオリオが指した先にいるのは、未だに四肢を丸めて穏やかに眠るミソギ。
ぐっすり寝入っているのか試合中の轟音にも全く気がついていなかったようだ。
「どうするって、起こしてあげなきゃ」
「待てよ!ここで眠りこけてんのはあいつの責任だろ?ならここで置いていこうが構わねぇってことじゃねえか!」
レオリオが小声でまくしたてる。
ゴンはダメだよそんなの!と反論するが、レオリオは既に彼女を置き去りにする気満々だ。
「あんな得体の知れねぇ気持ち悪い奴と50時間も同じ部屋で過ごすなんて考えらんねーよ!」
「それはレオリオの責任だが。…得体の知れない、という点は同意せざるを得ないな…」
「く、クラピカまで…」
「あんな奴はぐーすか寝たまま試験終了しちまえばいいんだよ!死んでも生き返れるからって命を軽く見てんだぜどうせ!」
ゴウッ!と3人の背筋を悪寒が襲った。
勢いよく振り向けば、そこには瞳孔が開きかけたキルアが。
「……レオリオ」
キルアの声はどこまでも低く、陰鬱で、殺気が滲んでいた。
「次、その人を侮辱してみろ。1秒後にテメェの心臓は俺が握りつぶす。」
ビキビキッと右手から割れるような音がした。血管が浮き出たその手の爪は獣のように尖っていた。
キルアは呆然としている一同の前を通り過ぎ、横たわるミソギの側にしゃがむと優しく彼女を抱き上げた。
いわゆるプリンセスホールドと呼ばれる体制で、まさしく壊れ物を扱うような手つきの彼は音もなく部屋に入っていった。
中には本棚やテーブル、簡素なキッチンなどが設置されていた。シンプルな部屋だ。
数少ない家具の一つ、ソファにミソギを寝かせたキルアはそのまま床に腰掛けてソファを背もたれにする。
「…キルア、ひょっとしてミソギのこと知ってるの?」
「…………………………あぁ。」
戸惑うようなゴンの問いかけに、キルアは長い沈黙のあと肯定を返した。
彼女は覚えていないけど。
それでも、俺は。
「この人のフルネームはミソギ=ゾルディック。俺の…姉貴だよ」
7年前に、死んだけどな。
その呟きは、酷く虚しく部屋に響いた。
溢れる愛を捧げよう、例え貴女に伝わらずとも
(姉ちゃん、)
(今度は俺が守るから)
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キルアばっか。キルアおちのようだ。
キルアおちにしちゃうと近親相姦どーのこーのになるのでやりません。
キルア希望の方、申し訳ありません
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