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  これにて閉幕いたします。誤正調ありがとうございました。


どろりと細い喉から夥しい血を溢れさせるミソギ。
包帯の隙間から覗く片目を爛々と輝かせ、周囲にマイナスを振りまいていく。


「ちっ…もう一度だ!」

「ミソギ!降参しろ!敵わないぞ!」

『「あはは。ご心配どうもクラピカちゃん」「しかし天の邪鬼な僕は聞き入れないぜ」』


ドスドスドスっ袖口からスカートから学ランから巨大な螺子が次々と取り出されては投擲される。

ベンドットはそれを素早く避けながらミソギに近づいていく。


「ふっ…奇跡を棒に振ったな!」

『「奇跡なんて生まれてこの方あったこともナメたこともねーよ」』

「喰らえ!」


鋭い手刀がセーラー服の肩を抉る。
ミソギに降参する気がないと知ると、喉を潰すより弱らせることを優先したようだ。
蹴りがアバラを砕く。突きが血を吐かせる。腕を曲げる。足を折る。顔面を殴る。

暴力の嵐だった。



やがてミソギは動かなくなった。ピクリとしない。

ゴン達の顔は真っ青だった。対して、キルアは神妙な面もちで彼女を見ている。

「待てっ!生死の確認をさせろ!」

クラピカが叫ぶ。それは時間稼ぎか時間短縮か。
ミソギが生きていた場合はこの時間を使って少しでも回復し、降参してほしい。既に死んでしまっている場合は…


「俺が行くぜ…」

レオリオが橋を渡り、ボロ雑巾のようになったミソギに寄っていく。見るも無惨という言葉を体現したような有り様に顔をしかめた。

ゆっくりその腕をとり、手首を軽く握る。数秒後には首筋に、さらに口元に…




そして、首を振った。




─────ダメだ




「そんな…ミソギ!」

ゴンの悲痛な声。戻ってきたレオリオの表情も浮かない。

「ミソギは死亡した。デスマッチはそちらの勝利で終わりだ」

クラピカは冷静を装った声色で言った。
しかしキルアが、



「…ちょっと待ってよ」



「キルア?」

「"生き返ったら試合続行"ってルールだったじゃん。もうちょっと待とうよ」



ゴン達はキルアの言っていることがわからない。確かにそんなルールもあったが、それはミソギの話術の一環だろう。

それを本気にするなんて…


「おいキルア!何言ってんだ!あいつは確実に死んでたんだぞ!?」
 
「はっはっは!いいだろういくらでも待ってやるさ!本当に生き返るなら…」


…ゴトン


螺子が転がった。
ミソギの左手辺りにあった螺子だ。


『「あーあ。また死んじゃってたよ」』


驚愕と恐怖が入り混じった空間が凍結する。

ぐ、ぐ、ぐにゃあぁあ…とミソギの死体はおぞましい動きで起きあがった。


「な、な…!」


『「酷いなぁこの人殺し!」「僕だって好きで死んでるわけじゃないんだって何回言えばいいんだよ全くもう!」「最近死にすぎだよ僕は」「週に2回のペースであいつらに殺されるしハンター試験でもかなり死んでるし?」「痛いことも苦しいことも辛いことも大嫌いなんだよ僕は」』



…知ってるよ。

ミソギ姉ちゃん、俺らの前ではいっつも笑ってたけど
痛みには人一倍弱くてよく1人で泣いていたこと。

自分で巻いた不格好な包帯だらけのその手に撫でられることが至福だった。

かすかに残る涙のあとに触れた時の暖かい頬の体温にも癒された。

過酷としか言いようのない毎日の中で、彼女の存在が大黒柱にも等しい精神的支えだった。


これで、決まりだ。

あの人は俺の実姉。ミソギ姉ちゃんで間違いない。
兄貴に拷問死させられたあと、生き返ったんだ。



けど、



だけれど、彼女は






俺のことを、覚えてない。









混乱したベンドットの突きがかすり、斬ッと切り裂かれる顔。
しかし紙一重でよけたミソギは少し後ろによろめくだけだった。

パラパラ地面に落ちるのは引き裂かれた包帯の名残。

額に刺さっていたネジを抜いて捨てればミソギの素顔が晒される。





変わっていない。


驚くほど変わっていない。


人間がこれほど変わらずにいられるのかと思うほど、幼いキルアの記憶に残るままの姿。



たゆたう黒髪も。
真ん丸い両眼も。
常に笑顔な顔も。


変わっていない、姉の姿。



「…………ねえちゃん」



キルアの小さな声は、彼女のマイナスに呑まれかけている周囲には聞こえなかった。




「ひぃいいい!な、何だお前!何なんだ!?」

『「僕の名前はミソギ。」「素敵で無敵な永遠の18歳!」「それ以外はなーんにも分からないけどたぶん霊長類ヒト科に分類されるんじゃないかな?」』

「嘘だ…人間が生き返るはずがない!」

『「ありえないなんてありえない。」「有名な言葉だよねぇ」「現に僕はこうして生き返ったんだから」』


すっと両腕を広げてた。
それはまるで人知を超えた悪魔のような。




『「さて」』





丸い瞳が打って変わって鋭利に尖る。


『「僕は何千回何万回何億回殺されようとも死なないわけなんだけど」』


いつの間にか両手には溢れんばかりの螺子が握られている。


『「どうするどうする殺人犯」「殺して殺して殺し続けるかな?」「殺人犯らしく永遠に僕を殺してみる?」「そう」「殺人犯」「そうだよ君は殺人犯だ!」「君はどうやって人を殺したの?」「何人殺して」「何人の遺族を悲しませたの?」「刺殺銃殺絞殺毒殺爆殺暗殺謀殺ありとあらゆる殺害方法で満ちた世界で」「君はいったい」「どんなふうに」「誰を」「どれだけ」「殺してきたの?」』


その言葉を聞いているだけで心が徐々に腐敗していくような感覚に陥る。


『「殺す奴は殺されるべきだ」「自殺でも他殺でも構わないが殺されるべきだ」「さあ君に選択肢をあげよう」「1。潔く舌をかみきる」「2。潔くそこから飛び降りる」「3。潔く自分の首を絞める」「4。」』






『君が殺してきた人の数だけ僕に殺される』






殺したらなかったことにしてまた殺してなかったことにしてもう一度殺してなかったことにして何回でも殺してあげる。

大丈夫、殺された記憶はなかったことにはしないから。一部始終をしかと脳みそに焼き付けてね。



口裂け女の方がまだ可愛いくらいだと思えるほどに引き裂かれた微笑みを浮かべ、ミソギは手の中の螺子をくるりと回した。

コツリコツリとローファーで床をノックしながら死神にも等しい真っ黒な身体で男に近寄っていく。



「ま…待ってくれ。降参…降参する…っ」

『「聞こえないなぁ」「あと5秒」』


降参したら許してあげる、って僕は言ってないからね。君が勝手に言ったこと。
確認しなかった君が悪いんだよ。僕は悪くない。


「た、頼む…許してくれ…っ」

『「イヤだ。許さない」「僕は悪くない」』


今更命乞いだなんて馬鹿らしい。君は誰1人として聞いてやらなかったんだろう?それなのに自分だけは助かるなんて思うな愚図が。


「何でもする…!命だけは…!」

『「断る」「僕は悪くない」』

「頼む…頼む…っ!」





『「僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない」「君が悪い」「君だけが悪い」「君が悪いからこうなった」「気味が悪くていい気味…「ミソギ!」


ゴンが切り裂くように叫んだ。
一同の顔色はミソギが死亡したときよりも悪く、青を通り越して蒼白だった。



「もうやめてあげてよ!その人にはもう戦う意志がないのに!」

関わるな!と言いたげなクラピカがゴンの肩をつかむ。
あの得体の知れないニンゲンの標的になったら終わりだ。
ここにいる全員が誰に教えられるともなくそれを感じていた。

勝敗とは違う、もっとずっと奥深くにある大切なものが粉々にされる。

しかし、反応は予想外なものだった。




『「…幼気な子供に泣いて頼まれて」「それを切り捨てる奴は人間とは呼べないね」』


僕はまだ人間でいたいなぁ。最低な人間の底辺として生きていたいなぁ。

ゴトゴトゴトン、と手にしていた螺子が床に落ちる。


そして、まるで何事もなかったかのようにけろりとした表情で、





『「まいった。」「僕の負けだ」』





降参を宣言した。



『「ああ…くそ。またか」』


試合中とは違う、引きずるような足運びで橋を渡るミソギを見る目は


『また勝てなかった…僕は、いつになったら勝てるんだ…』


決して相容れない化け物を見るような瞳だった。







どうして僕は、いつもいつも勝てないんだろう。


不幸じゃなくて、不運じゃなくて、不勝でもなくて、


僕は誰かに愛されたいだけなのに。





これにて閉幕いたします。誤正調ありがとうございました
(すでに愛してくれる人がいることに)
(彼女は気がつけないままで)


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