未熟なままでは救えない
キルたちはあっという間に100階クラスに到達した。
個室が与えられ、ファイトマネーはものすごい桁になる。
かくいう僕はまだ絶賛無職。キルの試合を見るのに夢中になってしまって就職活動をすっかり忘れていた。
なお、お金には困っていない。お父さんから数年分のお小遣いが口座に振り込まれていたからだ。
いくらだったかって?通帳を見て思わず投げ捨てたくらいかな。金持ちって恐ろしい。
僕の金銭感覚は前の世界のまま、つまり庶民レベルなのでたまについていけなくなる。
「これで宿泊先はどうにかなるね!」
「そうだな。姉ちゃんもホテル引き払えよ」
『「えっ」「なんで?」』
「は?なんで?」
キルがきょとんとしている。可愛い。
可愛いけどなんで?僕は闘技場に登録してないから泊まる場所ないんだけど。野宿しろってことか。
「俺の部屋に泊まれるじゃん」
『「いやいや」「個室ってシングルでしょ」「僕、床で寝るの?」』
「同じベッドでいいだろ」
『「キル、今いくつ?」「ちなみにお姉ちゃんは19歳だよ」』
「12だけど、だから何」
思春期の男の子ってデリケートなんじゃないの?何このオープンさ。
確かに昔は同じベッドで寝ていたよ。でもその頃のキルは5歳くらいだったはずだ。
19歳の姉と12歳の弟が同じベッドっておかしくないのか?
「キルアとミソギって本当に仲良しだね」
『「仲良し」「仲良しで済ませていいのかな」』
「別に普通だろ。キョーダイなんてこんなもんだっつの」
たぶん……違うと思う……
というかキルは何を基準に自分が普通だと思っているのかな?
僕は自他ともに認めるブラコンだけど、キルはもしやシスコン≠ニいうやつなのでは??
『「……キルってさぁ」「僕のこと大好きだね」』
「はぁあああ???寝言は寝て言えよ」
自覚無しかよこいつ。
僕は結局押し切られてキルと同じ部屋に泊まることになった。
ベッドでは仲良く並んで寝ている。シングルだから当然狭い。しかもたまにキルは寝ぼけて僕を抱き枕にするから寝苦しい。
だがしかし!そんな生活もそろそろ終わり!
クラピカちゃんから連絡があり、ハンター専用の職業仲介所が見つかったのだという。
凄いなぁ……あれ、見つけるの本当に難しいらしいのに。
『「ということで」「就職活動してくるね!」』
「何がということ≠ネんだよ!」
「就職って、どんな仕事にするの?」
吠えてるキルは放っておく。僕は一張羅のセーラー服に学ランをビシッと装備して、ゴンちゃんの質問に答えた。
『「未経験だから何の仕事があるかはまだ分からないな」「とりあえずクラピカちゃんと合流してから考え、」』
「は?クラピカ??」
何があったんだ我が弟よ。顔が本気モードになってるぞ。
『「いや、前にね」「仲介所見つけたら一緒に行こうって約束を……」』
「あの野郎、俺が見てない隙に!」
『「ええ……」「何にキレてるの……?」』
ゴンちゃんがまあまあとキルを宥めてくれている。全身の毛が総立ちしている猫みたいなキルからは殺気が漏れていた。
『「数日空けるけど、ちゃんと帰ってくるからね」「心配しないで」』
「無理。心配。絶対死ぬ。俺も行く」
キルが感情の制御が効かなすぎて片言になっている。っていうかナチュラルに心配って言われた……すごいデレてる……。
『「キルはこのあと試合でしょ」「個室なくなっちゃったら困るし」「頑張って?」』
『「じゃあねー!」「いってきまーす!」』
「行ってらっしゃーい!!クラピカに宜しくね!!」
「ぜってぇ早く帰ってこいよ!!」
『「やっほうクラピカちゃん!」「お誘いありがとう」』
「安心してくれ、大した徒労ではなかった。ミソギの方は問題なかったか?」
『「僕自身には別に」「でも何かキルがめっちゃキレてた」「心配だからついてくるってしつこかったんだよ」』
クラピカちゃんが苦笑いでそろそろ隠しきれなくなっているな≠ニ呟いていた。何がだろう?
「キルアはミソギにかなり懐いているだろう」
『「そうだね」「何故だかわからないけど」』
「恐らく本人はそれを隠したいのだろうが、まあ、限界がきているということだ」
『「なるほど」「隠したつもりだったのか、あれ」』
ちっとも隠れてないぞ。オブラートからめちゃくちゃはみ出てる。八つ橋から餡子出てる。
『「やっぱりキルはシスコンなのか」「いやー複雑だなぁ」』
「そうか?ミソギも大概だろう」
『「ほら、僕って捻くれ者だから」「好きな子に好かれてると虐めたくなる性格なんだよ」』
あくまで愛情表現。でも、可愛い子は虐めたくなるでしょう。キルめっちゃ弄りたい。傷つけたいのではなく!
「程々にしてやれ……せっかく再会できたのだから」
『「だって可愛い……」』
「……と、ここだな」
「そっちの坊やはダメ。黒髪のお嬢ちゃんはいいわよ」
「何故だ!」
「お嬢ちゃん、その坊やの面倒でも見ておやり。理由、分かってるんだろう?」
「坊やには見えてない。お嬢ちゃんには見える」
『「…ふぅん」「コレのこと?」』
「へぇ、上手いもんだね。変化系かい?」
『「まあね。お姐さんもでしょ?」「うちの家系って変化系か操作系らしいんだよね」』
「なるほどね。さ、坊やは出ておいき。お嬢ちゃんだけ残るといい」
『「僕、また戻ってくるからさ」「お姉さん、ちょっと待っててくれない?」』
「いいよ。またおいで」
「ミソギ、どういうことだ?何を知らないって言うんだ」
『「あー、何ていうか」「一定以上の裏世界にいないと知れないことかな」』
『「僕はたまたま良い師匠に会えたからね」「知ってると言っても基礎くらいで、大したことないし」』
「構わない。教えてくれないか」
『「いや、その」「あまり人に教えるのは……得意じゃないかな……」』
『「ヒントなら、あげる」「たぶんこれはクラピカちゃんが自力で辿り着かないといけないことだ」』
『「キーワードは念≠ニオーラ▲』
僕の師匠を紹介してあげてもよかったんだけど……言葉にできないが、何となく嫌。
『「ビスケちゃん、イケメン好きだし」「クラピカちゃんが女性恐怖症になりそうだし」』
そのあと僕は挙げられた候補の中から適当に選び、面接日を設定した。
ここまでで約半日だ。予定よりも早く帰れそう。
クラピカちゃんとは割とすぐに解散した。彼は僕のヒントを元に知らないこと£Tしをしなくちゃいけないからね。
「あっ、いたいた!」
『「げっ」「逃げよ」』
「いよっしゃあ!捕まえたぜ、シャル!」
『「やめろ離せ下ろせ」「筋肉達磨の男に用はありませんお帰りください!!」「っていうか純粋に痛い!」』
「ダメだよ、ウヴォー。ミソギってめちゃくちゃ脆いから。骨折れるよ」
「おっと、そうだったな。何かフェイの奴が首傾げるくらい脆かったよな」
そうだ。あのクソチビ拷問マニアは僕の身体の骨をポッキンポッキン折りながら「なんでこの程度で折れるか……?」なんて言い放ちやがったのだ。一生忘れないぞ!!
「あ、ハンター試験合格おめでとう。ミソギは何ハンターになるの?」
『「成り行きで合格しただけだし」「適当なところで雇われる予定だよ」』
「蜘蛛に永久就職しない?」
『「しない」』
「何でだよ!お前がいりゃあ楽しくなるのによぉ……フェイとかマチとか、喜ぶぜ」
マチちゃんはともかく、フェイタンはサンドバッグができるからだろ?真っ平だよそんな職場!福利厚生はどうなってるんだ!
『「あ、そう言えば」「僕、記憶戻ったよ」』
「へぇ。それはよかっ…………マジ?」
「えっなんで戻ったの?年齢は?本名は?出身どこ?」
『「えっ食いつきすぎかよ」「こわ……黙秘……」』
『「名前はおいといて」「家族いたよ、僕。しかも大家族だった」』
『「聞いて驚け!」「弟がめっちゃ可愛い!」「あと兄さんがかっこいい!」』
『「というわけで僕は愛する弟のところに帰るから」「むさ苦しい男にかまっている暇はない」「じゃあね!」』
「……俺さあ、何となくミソギは仲間だと思ってた」
「俺たちと同じで、家族も帰る家もないって」
「違ったんだなぁ……」
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