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  僕は価値のない石ころですので


「で、姉ちゃんは見学な」
『「だと思ったぜ」「一勝もできずに即死コースだもん」』

じゃあ僕は宿でもとってくるかなー。っていうか僕、稼げないじゃん。
貯金はまだ少しあるけれど早いとこクラピカちゃんと合流して仕事探さないとね。

だがしかし。
その前にやらねばならないことがある。




『「きゃー!!!」「キルーっ、かっこいいよー!」「頑張ってーっ!!!」』
「きっしょく悪い声出すなバーカバーカ!!」

気分は息子の授業参観。正しくは弟だけどね!
僕はビデオカメラを片手に黄色い声援を送った。

天空闘技場かぁ、懐かしいな…。5歳の時にミルと一緒に連れてこられて、一緒に仲良くリタイアした記憶がある。

宿探しは一旦置いといて、いま最も重要なのはキルの試合観戦である!
元々天空闘技場の経験者で、しかもゾルディック家で存分に鍛え抜かれているキルに敵うやつなんぞいるはずもない。

少なくとも、200階までは。

というわけで僕は安心してキルにからかい半分、本気半分の声援を送れるのだ。

『「いやー」「ゴンちゃんもキルも一撃だったねぇ」』
「俺、あんなに力が強くなってるなんて思わなかった!」
「試しの門が開けられるならトーゼンだろ。つーか姉ちゃん、変な声出すなよ!」
『「だが断る」』

気分はさながらアイドルのライブに来た熱狂的ファンである。あ、団扇作ろ。
文字は何にしようかな。手刀して☆とか。やばいな、それは。



2人は共に50階に行くらしい。もうひと試合あるとか。
そりゃ、一撃で沈めちゃって余力バリバリだもんね。

僕は観客席を確保しつつ、周囲に目を配る。

念能力者はちらほら。未熟な者から中堅レベルの者までいるが、熟練と言われるほどの実力者は見当たらない。
かく言う僕だってへっぽこ能力者なのだから、人のことをとよかくいう資格はない。

いま、50階で試合をしている者達も見渡す限りただの格闘家。
だから安心していたのだが。


キルが今対戦している相手は、どうやら齧って≠「るらしい。


未熟者とも言えない、初歩の初歩を知っている程度だが、それでも知らぬものとは雲泥の差だ。

纏はしていないが、オーラの流れが滑らかだ。
キルより年下だろう少年はキルの攻撃を何度受けても立ち上がる。

あの程度なら大丈夫だとは思うが……万が一。
キルの身に何か起こるようなら、場外からでも手を出そう。


だって、弟を守るのは姉の仕事だから。


少年の構えが変わり、オーラが集まる。
僕は袖口から螺子を取り出して周で覆い、投擲しようとしたところで、


「ズシッ!!!!」


大声に遮られた。
声というよりもはや音の弾。もがなの声大砲みたいだった。

寝癖に眼鏡、だらしない着こなし。
一見冴えないサラリーマンのようだが、どうやら彼が師匠らしい。

お師匠さんの制止により少年はオーラを引っ込めた。
その後、順調にポイントを重ねたキルが勝利を収める。彼の顔は勝利したとは思えない曇り空だったけれど。

キルは少年とお師匠さまに詰め寄り、あの嫌な感じ≠烽ニいオーラについて聞きだそうと食いついた。
そして押し勝って家に招待していただけることになったそうで……

『「そんなに上手くいくかなぁ」』
「うっせ!絶対ぇ聞き出してやる!」

ウイングさんというらしい少年の師匠は、キルたちに押し負けて家で詳細を教えてくれることになったらしい。

(もう知ってるから)僕はいいよ、と言ったがキルにずるずる引き摺られて連れていかれた。
僕の弟、ずいぶん横暴だな!

「おや、貴女は……」
『「あっどーもはじめまして」「あっちの白いふわふわの姉です」「ご迷惑おかけします」』

僕はちゃんと自己紹介ができ、弟の不躾な態度を謝れる良き姉なのである。
ウイングさんは当然僕のオーラに気づいていたけれど、僕がキルに教えていない意味を汲み取ってくれたらしく、何も言わなかった。


燃やら点やらのデタラメとも言えなくない格闘家の心得的なものを聞きながら、なるほど上手い仕組みだと感心する。

嘘ではない。しかし本当のことではない。
こういうものが、人間は一番見破りにくいのだ。

しかし相手が悪い。

素直なゴンちゃんだけなら誤魔化されてくれるかもしれないが、生憎キルは兄さんの念を知ってしまっている。
あれが単純な気合いだとか威圧だとかでは済まされないことくらい、とっくに気づいていたはずだ。

変なスイッチ押しちゃったねえ、ウイングさん。

隠されれば暴きたくなる。
僕とキルは、そういうところはよく似ているんだ。嬉しいね。

「あれ、ミソギは帰らないの?」
「腹減ったから何か食べに行こうぜ」

一通りの話が終わり、2人は帰ろうとしている。
僕はピッと人差し指を伸ばして笑った。

『「僕、ちょっと用事があるんだ」「すぐに追いつくから先に行っててくれる?」』

そう言うと、すんなり先に行ってくれた。
普段なら駄々をこねるであろうキルまで素直に従ってくれたのは意外だったが、キルなりに今の出来事を整理する時間が必要なのだろう。

僕はメッセージ≠正しく読み取ってくれただろう彼に向き合った。


指の先から伸びている文字は2人のことでお話があります≠ニいうごく普通のもの。
しかしこの文を念で書くというのはなかなかに高度な技術が必要だ。

僕は変化系だから得意だっただけなんだが。

「それで、私にお話とはなんですか?」
『「大したことではないけどね」「ただまあ、彼らをよろしくお願いしますって言っておこうと思って」』
「え?何の話ッスか?」

ズシ、と呼ばれていた少年がきょとんとしている。
彼にはまだ凝が使えないのだろう。

「彼女は指の先からオーラを伸ばして文字を書いていたんですよ」
「えっ!?お、お姉さんは念能力者なんスか!」
『「そうだよ〜」「師匠に散々しごかれたのに弱っちいままだけど」』

まあいいのさ!弱いことは僕のアイデンティティだ。弱くない僕は僕じゃない。

「私は彼らを見るとは言っていませんよ」
『「そうは言うけどね」「おにーさん、教育者でしょう?」』

きっと、2人を鍛えたくて堪らなくなるよ。
物凄い才能の持ち主たちだもの。

『「ありふれた僕みたいなのではなくて」「2人は磨くほど輝く宝石だから」』

教育者にとって才にあふれるものは魅力的なのだ。

「……貴女から教える気はないんですね?」

ウイングさんも2人の才能は分かっているようで、上手く話を逸らされた。
僕はへらりと笑って首を横に振る。

『「ないねぇ」「僕はまだまだ未熟者だから」「人に物を教える立場にはないよ」』
「貴女の師匠に仲介をするおつもりは?」
『「ああ、それは迷ってるけど」』

ちょっと彼女じゃあ刺激が強いんじゃないかなぁ。
いや、いい人なんだけどね。可愛いけど。
キルなんてボッコボコにされそうだ。可愛い顔して鬼スパルタだから……

『「そこそこのレベルになってからなら」「ビスケちゃんでもいいような気がするんだけど」』

基礎からってなるとどうもな。彼女は丁寧さにやや欠ける部分がある。
もう少し慎重に段階を踏んでくれる人の方がいい。

「……いまビスケ≠ニおっしゃいましたか」
『「あ、声に出てた?」「僕の師匠なんだけど」』

ウイングさんの顔色が悪い。
おいまさか。


僕はまた人差し指を伸ばした。
記した文字はロリータ詐欺


僕とウイングさんは固い握手を交わした。


僕は価値のない石ころですので
(あのロリは、詐欺である)

 

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