幸せの終わりを告げる天使さま
どんな兵器が格納されているのかと思うほど厳重なロックが施された扉をくぐる。
忘れたふりをしたまま父さんと会話するのは大変だったけど、一字一句漏らさず覚えていた"ルール"を復唱するだけだからぼろが出ずに済んだ。
カラフルな玩具と可愛らしいぬいぐるみにあふれた室内。
その真ん中に、埋もれるように存在する可愛い弟(イモウト)。
『「アールカ!」「お姉ちゃんだよー!」』
「ミソギお姉ちゃん…?お姉ちゃんお帰りなさい!!」
『「だだいまー!」「カルトといいアルカといい可愛くなっちゃってもう!」「ぎゅーってしちゃうぞ!」』
「きゃーっ」
一瞬ぽかんとしていたアルカはすぐに花が咲くような笑顔を見せてくれた。
僕が大好きな笑顔、何度も僕を救ってくれた笑顔だ。
『「ナニカも元気?」』
「ナニカも元気だよ!お姉ちゃん今までどこに行ってたの?」
『「ちょっと旅行に?かな?」「今度お土産買ってきてあげる!なにがいい?」』
「ううん、いらない。お姉ちゃんがいてくれれば何にもいらないよ!」
僕は救われていた。ずっと、アルカとナニカに救われていたんだ。
僕ならナニカにどんなおねだりをされたって叶えてあげられる。そしてナニカが眠り、また起きるまでアルカと過ごすことができる。
僕はアルカとナニカのために生まれてきたようだとさえ思った。
もちろん、そんなことはないのだけれど。
僕のような過負荷が人の為に生まれるなんてできっこないからね。
それでも。
分かっていたけれど。
自分の存在を肯定してくれているような、アルカとナニカが大好きだよ。
脳でも、眼球でも、背骨でも、心臓でも、何でもいいよ。
君にあげるから。なんでもあげるから。
だから、僕を元の世界に帰して。
『(そんなことを…何度も"お願い"しそうになっていたな)』
そこで僕ははたと気づく。
…今は?
僕は…今はどう思ってる?ちゃんと願ってる?
元の世界に…過負荷たちのところに…帰りたいと望んでいるのか?
蛾々丸ちゃんは沸点低くて被害妄想が激しい子だから僕が側でセーブしてあげなくちゃいけないし、飛沫ちゃんは口より先に手足が出ちゃうし進んでダメになろうとするから道を踏み外さないように支えてあげなくちゃいけないし、怒江ちゃんの罪業妄想は完治してないし依存心も残っているからちゃんと一人で立てるようにしてあげなくちゃいけないし、他にも数え切れないほど過負荷の子たちが僕を、
待っていて、くれるのかな…?
『「ねえ、アルカ」』
「なぁにお姉ちゃん」
『「アルカは…お姉ちゃんがいなくなったら悲しい?」』
「悲しいよ!いなくなっちゃやだ!」
『「……そう」』
世界を疑いもしないその瞳が眩しくて、つらい。
良くも悪くも断絶されたこの空間にいる以上、アルカは無知で純粋なままでいられる。
汚い世界に晒すくらいならこのおもちゃ箱で生きた方がアルカのためなのかもしれないとさえ思ってしまうほど、うつくしいこども。
『「本当に悲しんでくれる?」「僕はここに生まれるべくして生まれたわけではないのに」「本当はお姉ちゃんなんていなかったのに」「それでも、悲しんでくれる?」』
僕は帰るべきなんだろうか。あの子たちは僕を必要としているのかな。
僕に帰ってきてほしいと思っているんだろうか。僕なんかに。
本当はいない方がいいと思っているかもしれないじゃないか。僕のいない世界で笑っているかもしれないじゃないか。
でも、
だからと言って僕がこの世界にいつづけることが正解なのかと問われればそれは即座に否だと答えよう。
ゾルディックに生まれてしまったことは、僕の人生最大の幸福であり不幸だ。
僕の存在で何人のココロを折ってしまっただろう。僕はそこにあるだけで不幸を引き寄せる最悪だ。
ああ、そんなことを言ったら。
僕はどこにも存在できないじゃないか。
どこにも居場所なんてないじゃないか。
そんな過負荷が加速する思考に溺れそうになっていた僕を、光の帯が引き上げた。
うつくしいこどもが、どこまでもうつくしく、言う。
「誰がそんな酷いこと言ったの!そんなことない!お姉ちゃんは私たちの大事なお姉ちゃんだもん!!お姉ちゃんがいないなんていや!そんなのが"本当"なら"本当"なんていらない!」
眉を吊り上げ、黒い瞳が真っ直ぐに僕を映している。
僕の腕の中の体温がじわりと沁みこんできて、ドロドロの心を優しく撫でられているようだった。
『「…アルカは」』
君がそう言ってくれるだけで。
僕は、まだ、この世界で生きてみたいと思うよ。
『「やっぱり、僕の"救い"だよ」』
この世界で、大切な家族を守って生きたいと望むよ。
限られた面会時間の中でしか触れ合えないことに何度も謝罪をしてアルカの部屋を出た。
せめてまたこの家を出るまでは毎日会いに行こうと決め、廊下を歩く。
「よぉ」
すると真後ろから少し舌足らずで拙い言葉が呼びかけられた。
何かと思えばとても小さい5、6歳くらいの子供がいた。
「はじめまして、"おねえちゃん"」
僕がいない間にまた家族が増えたのか、とぼんやりと考えた。
しかしなぜだろう。そのふわふわとした白髪と若干のトゲが混じった言動に嫌な覚えがある。
「久しぶりだな、"球磨川"」
球磨川。
僕を、この世界でそう呼ぶ人間なんていない。人外をカウントするなら夢の中の安心院さんくらいだ。
僕を球磨川と呼んだ。
それはつまり、僕と同じ世界にいた人間だという証。
まさか。
人を見下す悪意に満ちたその笑顔は、
『「雲仙…くん……?」』
状況が読み込めない僕はとにかく混乱した。
ケケっと面白そうに笑う雲仙くんに向かって整理しきれない言葉を吐く。
『「おいちょっと待てよ」「なぜこのタイミングで雲仙くん?」「正直言って全然僕と仲良くないじゃん!」「ぶっちゃけただ螺子で壁に磔にしたり爆薬食らいそうになったりトランプで遊んだりする程度の仲で…」「あれなんか仲よさそうかも」「一戦交えたことで友情が芽生えた風に聞こえるかも」「そんなことはありえないんだけど」「とりあえず安心院さんに事情聞いてくるからちょっと死んでくるね」』
「落ち着けよ。あとほいほい死ぬな」
腕を組みこちらを見上げる雲仙くんはどこか呆れたように言った。
「俺はただの伝達係りだよ。お前がこの家にいないせいで伝言が予定よりも5年ばかし遅れちまったけどな」
『「伝達?」』
首をかしげる僕に向かって告げられたその"伝言"は、
「お前がこの世界にいられるタイムリミットの話だよ」
幸せの終わりを告げる天使さま
(死合わせの時間です)
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帰ることを望まなくなった瞬間に帰る方法を教えられる。
こんな鬱展開も主人公が球磨川だと「球磨川だし」という言葉で片付けられるからこの主人公が好きだ。
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