死に損ないの亡霊が腹を抱えて嗤っていた
四次試験は無事終了した。
七度目の太陽が昇ったとき、ミソギは目を覚ました。
地中の気配が動いたからだ。
イルミは地面の中で眠りについたあと、ほとんど動くことはなかった。絶をした状態だったためミソギにもギリギリ感知できるほどの気配しかない。
そのため襲ってくる受験生は皆無だった。イルミを狙う受験生だけならば。
ミソギは無防備にも着の身着のまま地面に座り込んでいるだけなのだから格好の餌食だった。
正面から、背後から、時には頭上から攻撃を仕掛けるものもいた。
しかし彼らは正体不明の針に貫かれて全員絶命した。目で追うこともできないほど速い針に気がついた者すら僅かだろう。
イルミはミソギを狙ってくる受験生を殺すときのみ目を覚ましたのだ。
『「イルミちゃん」「今日で試験は終わりだよ」「何日もありがとう、とても助かったよ」「正直暇だったけどさ」』
ミソギが自分の真横に位置する地面に話しかければ、応答するようにボコリと手が生えてきた。
「別に。眠るのに、邪魔だったから」
『「キルアちゃんといいイルミちゃんといいツンデレばっかりだね」「僕は男のツンデレに萌えたりしないんだぜ?」』
「…仲いいの?」
『「キルアちゃんのことかい?」「さあ…良くはないんじゃないかな」「あっちには嫌われちゃってるようでね」「目も合わないし名前も呼ばれない」「でも何度も助けてくれるんだよ、おかしな話だね」「このプレートもキルアちゃんがくれたんだよ」』
「ふぅん…」
完全に地面から這いだしたイルミは土を軽く払い、立ち上がる。
ついでと言わんばかりにぐいっとミソギの腕を掴んで半ば強制的に立ち上がらせた。
ぞわり
『「あ。」』
「何?」
『「いや」「なんでもないよ」「立ち上がらせてくれてありがとう」「じゃあ、スタート地点へ行こうか」』
何事もなかったかのようにイルミに背を向けたミソギは一瞬だけ眉をひそめる。
また、悪寒が走った。あの悪寒はイルミが関わったときのみ感じるもの。
だが二次試験では感じなかったはずだ。
考え事をしながらぎゅっと赤い上着を握りしめて歩き出す。
しばらくすると、いつの間にか後ろにも横にもイルミの気配がないことに気がついた。
『「…何なんだろうね、これ」』
ぽつり、誰もいない森の中で呟く。
彼と自分には、何か関わりがあるのだろうか。
彼とよく似た知り合いでもいたのだろうか。
一つ、大きなため息をついて止まっていた足を動かした。
飛行船に乗り込むと、ゴンちゃんたちが揃っていた。
驚いた。キルアちゃんやクラピカちゃんならともかく、レオリオちゃんは危ういと思っていたし、ゴンちゃんは絶対に無理だろうと諦めていたのに。
人間っていうのは分からないものだ。
ねぇ、そうでしょ安心院さん。
体中に傷があるレオリオちゃんとゴンちゃんを治してあげた。何をどうしたらこんな傷だらけになるんだか。
ふとゴンちゃんの様子がおかしいことに気がついた。
僕は人を励ますなんてプラスな行動には向いていないのでクラピカちゃんに任せるとして、まずは
『「キルアちゃんありがとね」「僕が合格できたのは君のおかげだよ」』
「…まだ受かったって決まったわけじゃねーだろ」
『「いやいやここまできたら受かったようなもんでしょ」「キルアちゃんには随分お世話になったよね」「何かお礼がしたいなぁ」』
「…じゃあ」
視線は逸らしたまま、キルアが気まずそうにぼそりと言った。
「……俺の、頭、撫でてよ」
『「それくらいでいいなら」「喜んで」』
「……………」
本当に人間は分からないなぁ。
君は僕が嫌いなの?好きなの?
今だってほら、僕のことなんか見ようもしないくせに。
君が見てるのは誰なんだろうね。
その疑問はすっきりした顔をして戻ってきたゴンちゃんとクラピカちゃんを見たらどこかへ消えてしまった。
最終試験。
案の定僕は最下位の成績だ。
ま、当たり前だよね。
一次試験はズルみたいなもんだし、二次試験はイルミちゃんに助けられっぱなしだったし、三次試験はゴンちゃんたちのおかげだし、四次試験なんて僕何もやってないじゃない。
『「キルアちゃんとイル…ギタラクルちゃんがいなかったらここにいないし」』
「ギタラクル?」
独り言のつもりだったが、クラピカちゃんに拾われてしまった。
『「あそこにいる針の人」「たくさん助けてもらっちゃった」』
「げっあのゲテモノに!?」
『「レオリオちゃん失礼だな」』
「人のことを言えた顔ではないだろう、レオリオ」
『「クラピカちゃんはもっと酷いな!?」』
クラピカちゃんの無意識に人の心をえぐる発言はもはや凶器の領域だよ…
第一試合、ゴンちゃんと…ハゲの人。ハンゾーっていうらしい。
ざっと見たところ、ゴンちゃんがだいぶ不利だ。ハンゾーにはこの僕の目を持ってしても弱点が見あたらない。
ゴンちゃんは伸びしろがあるにせよまだまだ未熟。勝負は火をみるよりも明らか…だけど、
「…まいった、俺の負けだ」
拷問にかけられ腕の骨まで折られたって言うのに心が折れないゴンちゃんに、ハンゾーの方が折れた。
心の折り方がなってないぜハンゾー。僕を見習えよ!
それにしても無茶するね、ゴンちゃん。あとで骨折をなかったことにしてあげなくちゃ。
次の試合はヒソカとクラピカちゃん。
実力は歴然としている。そもそも念使いとそうでないものは勝負が成立しやしない。
でも、付け入る隙はある。そこがヒソカの弱点だ。
ヒソカの慢心。そして彼曰く"青い果実"は殺さないという主義。
ちなみに主義のことはシャルナークから、青い果実発言はクラピカちゃんから聞いた。
余談であるがヒソカの名前を出した瞬間、フェイタンとの通話が急に切れたので彼は相当ヒソカを嫌っているらしい。
結果、クラピカちゃんは合格した。
しかし勝ちとはいえないだろう。
謎の耳打ち…おそらく蜘蛛の件について。クラピカちゃんの目が一瞬赤くなったのがいい証拠だ。
勝ちも負けも無関係な試合。実に僕好みだがそれは僕の十八番だから奪わないで欲しいな。
キルアちゃんは明らかに自身より実力の劣る相手にあっさりと降伏した。
愉快犯だな…彼、なんだか雲仙くんに似てるよね。笑い方とか振る舞いとかが。気のせいだろうけど。
そして、ギタラクルことイルミちゃんとキルアちゃんの試合になった。
僕はどちらを応援すべきだろう…実力で見るならイルミちゃんが圧倒的。彼と対等にやり合えるのはヒソカくらいかな。
キルアちゃんもちゃんと実力を計れるようにならなくっちゃね。
さてどうなることやら…と思っていたら、ギタラクルからイルミちゃんの声がした。
「久しぶりだね、キル」
"キル"
親しげな愛称でキルアちゃんを呼ぶイルミちゃん。
針を抜いていけばサラサラキューティクルヘアのイケメン、イルミちゃんのご登場だ。
彼を見てキルアちゃんは顔色を変えた。
驚愕と、絶望と………憤怒に。
憎悪にも等しい憤怒。
「兄…貴……っ!!」
また頭が鈍く痛みだした。
片手を頭に当てるが、不思議と目の前の光景から目をそらすことができない。
「ミソギ…?頭が痛むのか?」
『「いや、そんなことは」「…あるにはあるけど」「大したことないよ」』
得体は知れないがただの頭痛だ。
しかし、クラピカちゃんとレオリオちゃんは大げさに気遣ってくる。何の心配をしているんだ君たちは。
それよりキルアちゃんを応援してあげてよ。
「まさかキルがハンターになりたいなんて」
「別にハンターなんて興味ないさ。ただの暇つぶし。…でも」
怯えを隠しきれないキルアちゃんが、イルミちゃんを真っ直ぐ見つめた。
「大切な人に逢えた。俺は、それだけで十分だ」
ゴンちゃんのことか。
とても仲がいいもんね。僕には仲間はいたけれど親友はいたことがないから少し羨ましいな。
幼気な子供の絆を引き裂こうなんて、人間のやることじゃないぜイルミちゃん。
"ゴンを殺そう"なんてことを言いだしたイルミちゃんに、完全に気圧されたキルアちゃん。
当たり前だ。念能力者とそうでないものは勝負が成立しない。さらに言えばキルアちゃんは昔からイルミちゃんに恐怖を植え付けられているようだ。闘争心は根底から折られている。
なら、代わりに僕が心を折ってあげなきゃね。
『「ゴンちゃんを殺す?」「へぇ、やってみなよイルミちゃん」』
ギギギギィと不気味な音を立てて僕の両手にある螺子が尖っていく。
全身から抑えていた過負荷のオーラと念のオーラを開放した。
会場全体が僕のマイナスに囚われる。ヒソカはにやにやと僕を値踏みするように見ていたけどね。
『「殺したって無駄だぜ?」「いくらでも僕が生き返らせてあげるからさ」「何千回でも何万回でも」「君のココロが、折れるまで」』
「ふぅん。じゃ、ミソギを浚って監禁しちゃえばそれはできないよね」
…は。何言ってんのイルミちゃん。
「何言ってやがるテメェ!!!」
「貴様にミソギを渡してたまるか!指一本触れさせはしないぞッ!!」
前に出ていた僕を背中にかばうようにしてレオリオちゃんとクラピカちゃんが飛び出た。
両者とも物凄い殺気を迸らせている。
何だが僕がお姫様ポジションみたいになってるんだけど。何だこれ理解できないぞ。
なんでイルミちゃん僕を浚いたがるの。重し付けて水に沈めとけばいいのに。
監禁なんて無意味なことをする意味が分からない。
僕には欠片も理解できない雰囲気のまま、キルアちゃんはか細い声で「まいった」と言い、兄弟の試合は幕を閉じた。
嫌な予感がする。
あの試合の後からキルアちゃんが何を言っても反応しなくなった。
ぽんぽんと頭を撫でてみるも微動だにしない。
僕の嫌な予感は当たってしまうんだ。
不幸と絶望に愛される球磨川ミソギだから、ね
……………
キルアが動いたことを認識できた人間は何人いたか。
プロハンター以外では、おそらくヒソカとイルミ…そして、
ミソギだけ
斜め上に突き出された凶器の手は、脆く柔らかい肉を突き破った。
目の前にある、ミソギの細い体を。
会場全体の息が止まった。
戦闘態勢をとったままの2人も、ネテロさえも。
時間を飛び越えたような、時間を"なかったこと"にしたような彼女の動きを察することが出来なかった。
ぴちゃ、とキルアの指から血が滴る音で時間はゆっくりと動き出した。
『「大丈夫、キルアちゃん」「大丈夫だよ」』
ずぶ、ずぶりとキルアの腕が深く深く突き刺さっていく。
キルアが動いているのではない。ミソギ自らが彼に近づいているのだ。
子供とはいえ自分とあまり体格の変わらない腕が貫通しているというのに物ともせず、むしろ傷を深めながらキルアとの距離をゼロにした。
『「落ち着いて」「誰も君を傷つけたりしないから」「ほら、ちゃんと息を吸ってゆっくり吐き出しなさい」』
キルアの背中を優しい体温が上下する。
触れあっている身体は熱いのに、血が滴る突き抜けた手が凍えるように冷たい。
鉄のような匂いがする。あのときと同じもの。
大好きな姉を貫く腕は、自らのものだった。
「ぁ………あ、ぁ……っ」
『「大丈夫」「僕はこんなのどうってことないから」「僕は、痛みなんて感じないくらいに無敵なんだから」』
温かい記憶の中の言葉。
既に死んだはずの言葉。
息は切れている。体温が下がっている。声色が弱々しい。それでも目の前の存在は自分に甘く優しいままで。
力が抜けていく身体。キルアの背から腕が滑り落ちていく。
それは、彼に刻まれた忘れることの出来ない絶望と恐ろしいほど重なっていた。
霞んで黒く塗りつぶされていくミソギの視界にあるのは、泣きたいのに泣けないような幼子の顔。
どうしてかな。
君にだけは、そんな顔をして欲しくないんだ。
死に損ないの亡霊が腹を抱えて嗤っている
(その絶望に)
(僕は出会ったことがある?)
血の絨毯が敷かれた冷たい床に倒れる姿を最後に、キルアの記憶は途切れた。
………………………………
エイプリルフール、思った以上にお騒がせしてしまったようなので急いで書き上げました。
ささやかなお詫びです。
心臓にダメージがあった方々ごめんなさい。お大事にしてくださいね!!
エイプリルフールの嘘はこの先1年実現しないそうなのでこのサイトはあと1年は存在します。
そして来年も同じ嘘が言えたらいいなー
こんなクソ深刻な話を上げておいてお詫びも何もあったもんじゃないと今気づいた。
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