手を伸ばせば届くのに求めることは許されないのです
それにしても困った。ターゲットが分からないなんて。
札を奪えば勝ちも負けもいっしょくたに無意味な勝負に持ち込めばぎりぎりいけなくもないかな、と思っていたけれど。
印象にないってことはヒソカやイルミちゃんじゃないよね。もちろんクラピカちゃんたちでもない。よかった。
ああ、でもみんなのターゲットが僕って場合もあるのか。まったく、勝てる気がしないぜ今回も!
『「どーしよっかなぁー」「っていうか」』
僕、サバイバル経験皆無なんだが。
ゴンちゃんみたいな野生児ならなぁー。たぶん楽勝なんだろうけど。
水さえあれば1週間くらいなら生きられる…かな?うん、そうだった気がする。何で知ったか知らないけど。
とりあえずは拠点を作らなければと思い、適当な水場を見つけて近くの木の下に腰を下ろした。
目の前をさらさらと流れる水を見ていると何だか泳ぎたくなってくる。
…うん。
近くに人の気配もないしね。
『「泳ごっと!」』
あ、泳ぐって言葉には語弊があるかも。僕、泳げないし。
だから、んーと…水遊びっていうのが正しいのかな?
もがなにね、一応教えてもらったこともあるんだけど。
だめだめでした。そもそももがな達は特別(スペシャル)だから感覚で泳いでるんだよね…泳ぐことと泳ぎを教えることは全然違うし。
結論から言うと、カナヅチは治りませんでした☆
諦めたよね。5時間くらい頑張ったんだけど。
『「あ、どっかにいるらしい試験官さーん!」「試験官さんなんだから乙女の柔肌を盗み見たりしないよねー?」』
僕の裸なんて見ても仕方ないんだけど、一応ね?
試験官さんがレオリオちゃんみたく見境なしに性別が女ならいいっていう考えじゃないとも限らないし(言われもないデマ)
着替えなんて持ってないし、別にいいかなーと思って素っ裸になる。
気温も昼時で暖かいから水がとても気持ちいい。
そういえば水槽学園にいたころに笂木さんとプールで戯れたことはいい思い出だな…最終的に彼女は氷漬けになっちゃったわけだけど僕は悪くない。大嘘憑きな僕を疑わずに躊躇なくプールに飛び込んだ彼女が悪いのさ。
ぽちゃん、と足を水にさらす。
そのまま裸体を水中に放り込んで深く深く沈んだ。
ひっくり返った体でふわふわした感覚に浮かびながら目を開ける。
冷たさが身体と眼球に沁みることも構わずに、真上で揺らぐ太陽の光を見た。眩しくて、遠くて、決して手の届かないそれを。
『(…かえらなきゃ)』
こうして水に潜れば見える空など変わらない。
けれども全く違う2つの世界。
帰らなきゃ。僕が傍にいてあげなくちゃ。不安定でぐらぐらとどちらにも染まりかねない危うい過負荷たちの背中を押してあげなくちゃ。こんな穢れきった僕とは違う、まだまっとうに生きられるあの子たちを正してあげなくちゃ。こんなところにいてはいけない。ここは僕のいるべき場所ではない。僕はこの世界に生まれるべきではなかった。本来存在するはずのない禁忌だ。できれば記憶も曖昧なまま、心残りすらなくして消えてしまいたい。僕は独り。この世界では独り。この世界で、"仲間"を作っちゃいけない。早く早く、特別ができる前に。どうか、傷つく前に。どうか、"彼ら"を傷つける前に…僕は…
ごぽぽぽっと肺に水が入り込んでくる。けれども僕は動かない。もがかない。
水底で死ねば、浮き上がれない僕は死んでは生き返り生き返れば死ぬことを繰り返す。継続する死は永続する死。僕は死ぬ。
刺すような孤独感に苛まれる毎日はもうたくさん。孤独にも耐えられないなんて、球磨川ミソギも弱くなったものだ。
このまま……
意識が水に呑まれるその寸前。揺らぐ太陽を引き裂いて、こちらに向かって影が1つ堕ちてきた。
胴体に回された力強い腕。水中に舞う金髪。水を蹴る足。それは、
『(こうき…ちゃん……?いや、ちがう…)』
バシャア!と激しい水音を立てて水面に顔を出す。肺の中の水が一気に吐き出される。
『かはっ、げほげほ…はっ…クラピカ、ちゃ…?』
「生きているかミソギ!?お前が川へ入っていくのが見えたから何事かと思えば…何分経っても出てこないから肝が冷えたぞ!!」
『「あ、いやちょっとね」「水遊びでもしようかと思ってさ」』
「ならせめて水を掻こうとする素振りでもしろ!!無抵抗に沈んて行くやつがあるか!!!」
『「僕カナヅチだし」「最悪死んでも生き返ればいいかなーって…」』
「ミソギ!前々から思っていたが、お前は自分の命を軽く見過ぎている!!!例え生き返ることができたとしても、その命の一つ一つを無駄にするな!!!」
髪も服もびしょ濡れにして、川べりに捕まったまま凄い剣幕で僕に説教をするクラピカちゃん。
一族郎党を虐殺された彼からの言葉には、重みがある。
僕には背負うことのできない重さがある。
『「…心配かけたね、ごめん」「助けてくれてありがとう」』
両腕を伸ばして川から上る僕の姿を見て、クラピカちゃんは慌てて目を逸らした。今まで僕がどんな格好だったか意識してなかったらしい。
っていうか、
『「クラピカちゃん、僕が川に入ったところから見てたの?」』
同じく陸に上がり、向こうを向いている肩がぎくっと跳ねる。
「いや、そのっ、遠くからミソギのような影が見えたから声をかけようと近づいただけで、見ようと思っていたわけでは!」
『「あはは」「分かってる分かってる」「僕なんかの裸を好き好んで見るわけないよね」』
「その考えは…どうかと思うが…」
ちゃっちゃと体についている水をなかったことにしてセーラー服を着込んだ。
っていうか僕、普通に服の上にプレート放置してたんだけど…よく盗られなかったな。
通常通りの僕スタイルに戻り、投げ出した鞄以外なにも脱がずに飛び込んだらしいクラピカちゃんの背に近寄った。
『「おいおいクラピカちゃん、服着たままダイブとか」「僕よりよっぽど自殺志願だぜ」』
「ミソギよりよっぽど体力があるしよっぽど泳げるぞ、私は」
『「あれ?いつもより言動が意図的に刺々しいんだけど」「怒ってる?」』
「…お前には言っても無駄だろう」
ああ、気づいちゃったか。
命を無駄にするなという彼の言葉に対して、僕は否定も肯定も返していないことに。
残念ながら僕は僕の命に価値なんて見いだせない。価値がないから負越で、勝ちがないから過負荷なんじゃないか。
誰にも必要としてもらえない今の僕に価値なんてあるものかよ。
『「ごめんね」』
「それを言うべき相手は、私ではない」
『?』
じゃあ誰に言えっていうんだろう。
ひたりと彼の背中に手を当てて水をなかったことにすると、彼は律儀に僕にお礼を言った。いやいや君が濡れたのって僕のせいでしょ。
『「クラピカちゃんのターゲット、誰だっけ?」「確かゴンちゃんたちとは被ってなかったと思うけど」』
「トンパという男だ。ミソギは分からないかもしれないが…」
『「ああ、最初の試験会場でジュース配ってたやつね」「僕にはくれなかったけど」「新人潰しのトンパでしょ?」』
「知ってたのか。」
『「そういう情報を求めてもいないのに押し付けてくる奴がいてね」「まあ役に立たないわけじゃ《ジャ・ジャ・ジャーン!!!ジャ・ジャ・ジャーン!!!》
「ん?」
…分かる人には分かる、懐かしき火○スのテーマ曲だ。
もちろん知るわけがないクラピカちゃんはその音源を探してあたりを見渡している。
当然だが僕はこれが何か知っているわけで。僕はしぶしぶ…本当にしぶしぶだが丁寧に畳んである学ランの傍に戻って内ポケットから鬼の角が生えた携帯を取り出した。
《あ、もしもー『「この電話番号は現在使われておりません」「ピーという発信音のあとにメッセージを残そうものなら僕の全力を注いでむこうずねをぶつける呪いをかけるから覚悟しろ」』
《全力を尽くして呪うことなの?しょぼっ》
『「うるさいなパツキン似非紳士ストーカー野郎」「さっさとくたばれ」』
《女の子がそんな乱暴な言葉づかいしちゃだめでしょ》
『「君らは女の子の首を刎ねてから連れ去るの?」「そして手足を拘束して拷問にかけるの?」「電脳ページで女の子を調べてこい」』
「ミソギ?まさか……ぐっ」
流石は頭の良いクラピカちゃん。早くも電話の相手を悟ったようだ。僕は素早く彼の口を塞ぎ、首を振る。喋るなというジェスチャーだ。
今は向こうに彼の存在を気づかれるわけにはいかない。
きっと彼らは眼中にも入れないだろうけど、万が一ということもある。
念の基礎どころかその存在も知らないクラピカちゃんが彼らとまともにやりあえる確率はゼロ。勝率なんかマイナスだ。
《っていうかいい加減名前呼んでよミソギ。結構長い付き合いなんだからさ》
『「一方的に虐殺されるだけの関係だけどね」』
《ちょっとくらいいいじゃない。マチ達とは仲良さげなのに。ほら、シャルナークでもシャルでも好きに呼んでよ》
『「女の子はすべからく僕の癒しだ」「好きに呼んでいいなら金髪腹黒野郎と呼ばせろ」』
《あはははっ手厳しーい!そんなところがいいよねミソギは!》
そう、電話の相手はシャルナーク。言わずとしれたA級賞金首幻影旅団、その情報収集担当だ。
爽やかなルックスに反してお腹は僕もびっくりなくらいに真っ黒黒すけ。
目が真っ赤になっているクラピカちゃんを何とか諫めて僕は正常を装って通話を続ける。いや、本当はぶち切ってやりたいんだけどね。不自然にするわけにはいかないから。
『「で、何の用なの?」「大した用件じゃないもしくは勧誘なら今すぐ携帯ごと切るけど」』
《じゃあまた別の携帯ハックしなきゃね》
そういう意味じゃねぇよ。せっかく携帯を犠牲にしてまで着拒してんだからちゃんと拒否されろよ!
《ミソギ、今ハンター試験やってるだろ?》
『「それがなぁに。」』
《受験者の中に蜘蛛の奴がいるから気をつけてね。もう遅いかもしれないけど》
『「顔見知りはいなかったけど」「ひょっとしてまだ見たことない4番さん?」』
《そう。3年前に入った4番の『「ヒソカ」』…分かってた?》
『「確証があったわけじゃないよ」「何かしらやってるだろうと思ってたけど」「今いる受験生の中で上げるなら彼くらいでしょ」』
まあイルミちゃんも相当出来るけどね。なんか蜘蛛っぽくないっていうか…説明できないんだけど違う気がする。
《ハンター試験もレベル低いからねー》
『「用がそれだけならもう切るよ」「そのレベルが低い試験でも僕にはハイレベルだからさ」』
《ミソギ弱いもんね》
『うるせぇ。』
ブチッ。
これは僕の血管が切れた音ではなく電話を切った音ですあしからず!
蜘蛛(の野郎共)と話しているときはどうしても口が悪くなる。
「…今の相手は、」
『「シャルナーク。」「もう分かってると思うけど蜘蛛だよ」「古参らしいからクルタ族の件にも関わってるだろうね」』
クラピカちゃんに聞いた話ではクルタ族は興奮状態じゃなければ瞳の色が変わらないらしい。シャルナークの操作系能力なら互いを殺し合わせたりすれば簡単にそれを引き出せるだろう。
『「綺麗な顔をしてるけど、中身はとても残酷な奴だよ」』
「用件は何だったのか、聞いてもいいか」
『「もちろん」「僕は彼らに味方する理由がないし」「クラピカちゃんにはいろいろ恩があるからね」』
携帯を学ランにしまい、ぱっと羽織る。
幹に寄りかかる僕に倣ってクラピカちゃんも隣に腰掛けた。
『「シャルナークは主に情報収集を担当しているメンバーだ」「自分自身はあまり肉弾戦には参加しないし向いてもいない」「もっとも蜘蛛の古参だからそれでもかなりの戦闘力を持っているけどね」「特徴は金髪でそこそこルックスがいい、あとは蝙蝠を模した携帯を愛用しているってことくらい」「彼と情報戦をすることは勧めないね」「…これくらい、かな」』
今はね。
君が"念"の存在を知ったときは、彼自身の能力も伝授するよ。それまで僕がこの世界にいるか分からないけどね。
『「彼は僕によく絡んできてね」「聞いてもいない情報をぽんぽんくれるから後で何か聞いてあげようか?」』
「…いや、それは遠慮しておこう。私が自力で捕まえてから聞き出せばいいことだ。用件は?」
『「ハンター試験に参加している蜘蛛がいる」「ってさ」』
クラピカちゃんから強い殺気が溢れる。でも蜘蛛と対峙することが多い僕からすればまだまだ弱い。
『「でも入団は3年前」「クルタ族の一件には関わっていないみたい」「誰かは言わなくてもだいたい想像がつくと思うけど…」』
「ヒソカか。」
『「そう」「ヒソカは相当強い」「けれど蜘蛛で一番ってことはないと思うよ」「僕の言ってる意味が分かるねクラピカちゃん?」』
クラピカちゃんは赤い目のままぐっと黙り込んだ。彼はとても頭がいいのにそれに血が上ると途端に使い物にならなくなるのが難点だ。
『「クラピカちゃん」「君の命は僕と違って一つでしょう?」「何よりここで死んじゃったら君の目的は果たせないよ」』
「……分かった」
『「蜘蛛は簡単に消えたりしない」「だから焦らずに力を蓄えることを勧めるよ」』
自分のことを棚に上げて言えたことじゃないけど、さ。
まだ険しい顔をしているクラピカちゃんだったが、瞳の色は優しい茶色に戻っていた。よかった、これで少なくともヒソカに突っ込んでいって殺されることはないだろう。
話を変えるようにクラピカちゃんがぽつりと言った。
「…そうだ。聞き忘れていたがミソギのターゲットは誰だったんだ?」
『「それが分からないんだよねー」「198番の人なんだけどさ」「ゴンちゃんとキルアちゃんには相談したんだけど2人も分かんなくて…」』
「198か…ミソギ、一つ提案なんだが」
『「?」』
「私と組まないか?」
『「協力なら今でもしてるつもりだけど」』
「いや、蜘蛛の件ではなくこの試験でという意味だ。トンパはずる賢いからおそらくもう他の受験生と同盟を組んでいるはずだ。私一人では心許ない。それにトンパは新人を潰すために全ての受験生の情報を掴んでいる。捕まえてミソギのターゲットについて吐かせることもできるだろう」
『「…せっかくのお誘いだけど」「断らせてもらうよ」』
「何故だ?」
『「僕が一緒じゃ、足を引っ張るだけだから」「他の人を誘いなよ」「ゴンちゃんでもキルアちゃんでもレオリオちゃんでも」「僕よりもっと、強い人を」』
一緒にいたら、彼まで僕の過負荷の影響を受けてしまうかも知れないから。
本当にうれしいお誘いだけど、だからこそ僕なんかにも声をかけてくれる優しい彼の足手まといにはなりたくない。
「…そうか」
『「僕は僕なりに頑張ってみるからさ」「クラピカちゃんも頑張ってね」』
「ああ。くれぐれも死ぬんじゃないぞ、ミソギ」
そう言って立ち上がったクラピカちゃんは傍らに置いていた鞄を肩にかけ直して森の奥へと足を向けた。
と思ったらくるりと振り返る。
「ミソギ、お前は確かその身一つで試験を受けていたな?」
『「うん」「ただでさえ動きも鈍いし体力もないから」「余計な荷物は持たないようにしたんだけど」』
「だがこの島では夜冷えるだろう。これを使え」
すっと差し出されたのは赤い上着。彼が今着ているポンチョのような民族衣装ではなく、どちらかと言えば中華風の長袖ジャケットだ。
『「え」「いやいや悪いよクラピカちゃん」「僕は風邪ひいたってなかったことにできるし」「それは君のものなんだから自分で使いなよ!」』
「何でもなかったことにしようとするのはミソギの悪いところだな。私なら他にも持ってるから問題ない。使ってくれ」
『「う…うーん…」「じゃあ、まあ」「ありがたく使わせてもらうね…?」』
「ああ。健闘を祈る。」
クラピカちゃんは今度こそ森の消えて行った。
離れていく青い背中に手が上がりかけるのを、赤い上着を握りしめて抑えた。
ぼんやりとその背を見つめながら、僕は思考の矛盾に気がついた。
…僕はこのハンター試験に、仲間を探しに来たのではなかったか?
独りは寂しくて。だから仲間が欲しくて。過負荷じゃなくてもいいから誰かといたくて。なのに、
どうして僕の手は動かない?何故この声帯は震えない?
望んでいるものはすぐそこにある。きっと、僕が手を伸ばせば彼らは掴んでくれるだろう。
無邪気で屈託のない笑顔のゴンちゃん
聡明で紳士的なクラピカちゃん
粗雑だけど優しいレオリオちゃん
何かと僕を助けてくれるキルアちゃん
その中に、僕が加わるなんて。
『「…考えただけで、ぞっとする」』
こんな僕が。
全てを歪めて貶める底辺の頂点が。
彼らの中に入っていくなんて、そんなこと、
彼らが許しても僕が赦さない。
膝を抱えて目を閉じた。
瞼の裏に映る−十三組のみんなに思いを馳せて、その後ろから近づいてくる新しい影に気づかない振りをした。
手を伸ばせば届くのに求めることは許されないのです
(だから僕は独りのままなんだ)
……………………………………
死ぬほど寂しいけれど大好きな彼らが汚れるくらいならば。
ミソギちゃんはこんな考えだからいつまでたっても独りぼっち。
うつぼぎの漢字が出なかったorz
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