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「#幼馴染」のBL小説を読む
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  愛しているから嘘を憑き愛しいゆえに遠裂ける


空港へ向かうタクシーの中、助手席に一番体の大きいレオリオちゃんを乗せ、後ろにはクラピカちゃん、ぼく、ゴンちゃんの順で座る。わあい両手に花だね!
キルのリュックを背負い、うさぎのぬいぐるみを抱きしめる僕にクラピカちゃんは唐突に聞いた。

「ミソギはキルアのことを思い出したようだが、イルミのこともか?」

『「え?」「あー…いや、実はね」』

不意打ちだったためちょっと戸惑った。僕は歯切れ悪くその質問に答える。


『「全然思い出さないっていうか、元々知らないっていうか」「端的に言うと僕イルミちゃんのこと全く覚えてないんだよね」』

「覚えていない?」

『「僕の大嘘憑きが無効化されたわけだから全部思い出すはずなのにね」「何故か彼のことは全く覚えてない」「さらに言えば僕は親の顔も思い出せない」「キル、母親の話してたよね?」』

「母親の顔と兄の脇腹を刺したらしいな」

『「んーたぶん兄の方はミルだろうな」「僕の双子の弟なんだけど」』

「イルミと…両親のことは覚えていないということか?」

『「そうなるねぇ」「僕の大嘘憑き(オールフィクション)の様子がおかしいな…」』

僕の大嘘憑きになにか問題が生じたということは、僕の心に何らかの変化が現れたということなんだけどね。
ゴンちゃんたちが安心したような不安なような、複雑な表情を浮かべていることに気が付いていたが僕は見ないふりをした。
車内に少し曇った沈黙が下り、エンジンの唸る音だけが鳴っていた。しかし、

「おい!なんで止まるんだよ。飛行船出ちまうぞ!」

「しかし、その…この渋滞でして」

「もうあまり時間がないな。1つ遅らせるか…」

「ねえ、走ろうよ!その方が早いよ!」

タクシーが空港まであと数キロといったところで渋滞に捕まった。
と、ゴンちゃんがとんでもない発言をする。しかもみんな同意してタクシー降りちゃった。
目算で空港まで8キロ前後、フライト予定時刻まであと20分。
僕さぁ…体力テストの1000m走5分切れないんだけど…?その倍の速度で走れと…?

「ミソギ、乗れ」

『「いや何に?」「クラピカちゃんなんで僕に背を向けてしゃがんでんの?」「海に蹴り落とせって意味なの??」』

「ミソギの足で私たちについてくるの無理だ。私が背負っていく」

『「オイコラちょっと待て」「いいよ僕は置いて行ってよ、あとの飛行船でいくからさ」』

この年になっておんぶ?しかも年下に?こんな人の多いところで?猛スピードで走るのに?なんの罰ゲームなのコレ助けて安心院さん。

「ミソギ早くしろ!一番に実姉が会うべきだろう!?」

『「…はい」』

キルのことを言われちゃ逃げられない。
僕は大人しく彼の背中におぶられることになった。





ところでもうお気づきの方もいるだろう。
僕が安心院さんに言った言葉。

"一から十まで零から百まできっちりかっちりうっかり思い出しちゃった"

そう、僕は全てを思い出した。
兄さんに訓練と称した拷問で殺されたこと。父や母に全く愛されなかったこと。使用人たちには酷く冷たい目で見られて上辺だけの笑顔を向けられたこと。

僕は、自らの意志で生を諦めたこと。


思い出していた。
けれど忘れているふりをした。

だって兄さんたちは、僕を嫌っているから。
せっかく死んでくれたと思っていた邪魔者が生きていただけでも相当苛つかせてしまっただろう。
それを謝りたいけれど僕が話しかけたら不愉快な思いをさせてしまうだろうからそれもできない。
試験中に何度も助けてくれたことに礼を言いたいけれど気分を害してしまうだろうから絶対にできない。

兄さんが僕を助けてくれたということさえも、僕の勘違いかもしれない。

僕が本当に"ミソギ=ゾルディック"であるかどうかを見極めるために行動していたのかもしれない。

そして僕が本人だと分かったらもう一度殺すつもりだったのかもしれない。

キルとの試合で"浚う"と言っていたのはそういう意味だったのかもしれない。


僕は、父さんも母さんも大好きだ。
僕をこの世界に存在させてくれて、家族というかけがえのないものを与えてくれた2人が大好きだ。

僕は兄さんも大好きだ。
弟たちの為に心を鬼にして訓練を施す姿も長男として山ほどの仕事を熟す背中も大好きだ。

おじいちゃんの高齢なのに衰えない強さに憧れている。使用人たちの父さんへの忠誠に感心している。

あの屋敷の中で、ククルーマウンテンという閉鎖的な世界で、僕が嫌っているものなんて一つもない。
この身が、僕自身が、彼らの嫌う唯一の存在となろうとも。


僕が嫌われることは当然なのだから。


『「だって…僕は気持ち悪いもんね」』


こんな気持ちの悪い子供を産ませてしまってごめんなさい。


『「僕は役に立たないからね」』


誇り高いゾルディックにガラクタを混ぜてしまってごめんなさい。


『「僕は、」』



叶うことなら父さんたちの中から僕を"なかったこと"にしてしまいたい。
久しぶりに忘れていた、大好きな人に嫌われるということ。

丸くなって脆弱になった僕の心は血だらけだ。



『ゾルディックにはいらないんだもの、ね』



「ミソギ、何か言ったか?」

風が切る音がうるさいくらいのスピードで走っているクラピカちゃんが大きな声で言った。
僕はそれに笑顔で答える。いつもの笑顔、空っぽの仮面で。


『「ううん、何にも」「僕は一言も一音も呼吸すらしちゃいないよ!」』


愛しているから嘘を憑き、愛しい故に遠裂ける
(にいさん、だいすき)


………………………………………

ミソギちゃんは中学くらいから大好きな人には嫌われないようにしていたと思うんです。
阿久根にも甘かっただろうし、阿久根もミソギを嫌ったわけではないだろうし。

小さい頃にいろいろあってからそういう風に振る舞っていたのに、心が丸くなってから家族に嫌われるというトラウマを再び経験することでミソギの心は転生前よりだいぶ壊れかけ。
ネガティブな想像だけでどんどんマイナスが増していくという悪循環。

ちなみに1000m5分切れない鈍足は私。一次試験はそこまでのスピードはなかったということでどうか1つ。

 

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