翌朝、例の如く遅刻してきた赤也に突き飛ばしてしまった件を謝った。
赤也は面食らったような表情をした後、弾けるような笑顔で「ぜんっぜん大丈夫ッスよ!」と言ってくれた。
"俺"から誰かに話しかけたのは久しぶりだった。
「丸井せんぱーい!!!」
『………赤也』
周りが腫れ物に触れるような扱いをする中、赤也だけは俺にまとわりつくようになった。
…言い方悪いな、懐いてるって感じ?
レギュラー達や部員達は驚いていた。
俺は他の部員達の前でも演じるのをやめて、今は赤也としかまともに会話はしていない。
…幸村くんは、嬉しそうにしていたけど。
「丸井先輩丸井先輩っ!大好きッス!」 『…………おれ、も』
とても小さな声でしか話さないし話せないけど、赤也は全く気にしてないみたいだ。
それが…とても嬉しかった。
休憩中にも練習の合間にも、練習中だって話しかけてくる。
そして、当たり障りのない日常のどうでも良いことを俺に語ってくる。
俺はそれに曖昧な相づちを打つだけ。
時折、赤也は俺に「好きだ」という。
俺は小さく同意を返す。
心から言ってくれていることが分かる。
その言葉の分だけ心が軽くなってくる。
ちくちくとしていた視線は、赤也が近づいたことで遠慮をなくしてグサグサと容赦なくなった。
針のむしろには慣れていたからどうということもない。
少し前の日常に戻っただけだ。
……それだけだ。
真田の視線がきつくなった。
何か、言われるな。
殴られるのはゴメンだぜぃ?
部活が終わり、一緒に帰りましょーよ!とうるさい赤也に仕方なく付いていってやる。
…なんて、本当は嬉しく思っている自分がいるんだけど、言ってやんない。
けれど、
「丸井、ちょっといいか?」
来た。
「真田副部長…」
神妙な面持ちで、俺と赤也の前に立つ。
…そんな怖ぇ顔してるから道ですれ違った子供とかに泣かれ んだよ。
弟たちには会わせねぇようにしよう、絶対。
「赤也、丸井を借りていくぞ」
「…丸井先輩に何の用ッスか。俺がいたらマズい話何スか?」
「あぁ、お前はいない方が良い」
赤也が心配してくれてる…だって、あの真田を睨みつけてるし、俺を背中で隠すように前に立ってくれていた。
俺が前に"怖い"って言ったからなんだろう。
…ありがとう赤也。でも、大丈夫だから。
赤也がそうしてくれただけで、きっと俺はまた前に進める。
『赤也…ちょっと待ってて?』 「え?ちょ、丸井先輩…!」
『…大丈夫、だから』
そう言って赤也に背を向けて走っていった。
少し離れた渡り廊下の下まで来る。真田は当然ついて来た。
「丸井、俺が何を言いたいのか、分かるか?」
『…さぁ?俺には分かんねぇ』
真田の顔を見ないように視線をずらす。
マズい、体が震えてきた。
俺はそれを隠すように、止めるように右手で震える左腕をつかんだ。
「幸村は、待つべきだと俺たちに言った」
…幸村くんが…?
「待てば、必ず心を開いてくれるから、と」
ヌルいなぁ、幸村くん。
"俺"は時間が解決してくれるほど簡単じゃないんだぜぃ?
赤也の件で思い違いをしたなら訂正してやりたい。
あれは決して心を許した訳じゃないし歩み寄ったわけじゃない。
だって俺は、まだまだまだまだずーっと…
赤也ですら、怖いんだから。
「俺は、待つのは嫌いだ。だから単刀直入に聞く」
俯いている所為で見えないだろうが、俺は目を固く瞑った。
左腕を握ったままの右手も、下ろしたままの左手も強く握りしめた。
「俺達のことは、嫌いか?」
瞑ったはずの目が、驚愕で勝手に見開かれた。 両手も力が抜ける。
…嫌い、じゃ、ないんだってば。
分かって欲しいのに、分かってもらえない。
言わないんだから当然だ。
むしろ勘違いしていてくれた方がいいはずなのに。
『………違う』
「…?何と言った?すまないがもう一度…『違う!!! 』
『嫌いなんじゃない、嫌いなわけない、俺は、ただ、みんなが…みんなが……』
"好きだから"
…ちょっと待てよ。
俺、今なんて言おうとした?
好き?みんなが?
違う、好きなはずない… 傷つくのが、怖いから…俺はもう誰かを好きになるのはやめたんだ!
だから誰も嫌いにならない、誰も好きにならないように仮面を被って毎日を過ごしてきた…のに。
じゃあ、何で…俺、赤也に何て言ったっけ?好きって言われて、俺もって返した?何で?
好きって言われて嬉しくなった、だから俺も好きって意味で言った、何故何故何故…
嫌いじゃない…じゃあ、俺は、みんなが…
「そうか、ならいい。」
『え…?』
混沌に陥った思考回路が一気に冷却される。
良い?何で?嫌いじゃないって言っただけで、決定的な結論なんて言ってないのに…
お前は、そんな曖昧なものは嫌いだろぃ?
「お前が俺たちを嫌いじゃないのなら、俺も待とう。それを聞けただけで、俺は待てる」
何で、真田はそうなんだよ、いつもいつも。
頭固くて、柔軟な発想なんて言葉からはかけ離れてるけど、
いつだってまっすぐなキミが
(いつだって眩しかった)
(いつだって妬ましかった)
(いつだって…××だった)
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