赤也side
誰だ、この人。
俺は、それしか思えなかった。
『あーあ。疲れた。』
やーめた、と丸井先輩が言った瞬間、ストン、という効果音が聞こえそうなくらい唐突に表情が無くなった。
だらりと両腕を下げ、その手がぶらぶら揺れることも気にせず
少し猫背気味の姿勢も正さずに
丸々と開かれていた目は、開くのも面倒だと言わんばかりに半分ほど閉じられて
宝石のようだった紫の両目は
ガラス玉のようにまっさらだった。
気だるそうに椅子から立ち上がり、緩慢な動きでテニスバッグを背負った。
ゆらゆらとまるで影か何かのように歩き出す先輩。
そのまま消えてしまっても不思議ではないくらい。
全員、動かない。
否、動けない。
何が、起こった…?
「ッ…待っ…"パシン"………ぇ…?」
『悪い、俺に触れんな』
条件反射のように伸びた俺の手は、手にも止まらない速さで払われた。
俺に極力触れないようにしているような払い方だった。
悪い、という謝罪はあったが、俺は困惑した。
伸ばした手を、払われたと言うことではなく、
自分を映した瞳が、
紛れもない拒絶を映していたから。
ヒュッと喉が鳴った。
恐ろしい…?そう、恐ろしいのかも知れない。
この人は誰なんだろう?
いつもの丸井先輩はどこに行ったんだろう?
『俺に触れんな、俺も触れない。俺に話しかけるな、俺も話しかけない。俺に近づくな、俺も近づかない。視界にも入れるな、俺も入れない。』
「………ッ…!!!」
カタカタカタ…と体が小刻みに震えた。
その声は機械で合成されたように感情がなくて淀みない。
目の前にいるのは、本当に丸井先輩か?
あの無邪気に笑って、自信満々にプレーする、あの先輩か?
俺のことを呼んで、褒めて、叱って、笑い合った人なのか…?
『…つかれた』
先輩は、最後にもう一度そういうと、とても静かに部室から出ていった。
「せ、ん…ぱい………?」
絶望という言葉を知った。
何故、とあなたに問いたいのに
(貴方はここには戻らない)
(きっと、もう、二度と)
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