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『全部。』

「全部……?ホントっスか!?」


赤也が驚きの声を上げた。

自分だってこの決断には驚いている。
俺一人じゃ無理だった。でも、今、俺の側には…


「無理しないで!辛かったらあたしが話すからよ。…もう、傷ついてほしくないから」

『てまりちゃんは……悪くない。大丈夫』


てまりちゃんが俺の腕にくっついて見上げてくる。

…そんな顔しないで。

…そんな顔、させたくないんだ、もう二度と。


「…それはとても…嬉しいよ。俺は、俺たちは…ずっと待ってたから」


…そうだ、みんなは待っててくれた。
…幸村くんなんて、ずっとずっと。


てまりちゃんが掴んでいる腕を、そっとほどいた。



震えるな、声


怖がるな、心


固まるな、体




『…俺の家は、母子家庭だった。小学校…3年まで』







そして俺は、"わたし"の記憶を紐解いた。




小さなアパートに、優しくて大好きなお母さんと2人で暮らしていた。

記憶の中に、父親はいない。

お母さんに何度か聞いたことがあるが、そのたびにつらそうな悲しそうな顔をするのでもう聞かないと決めた。

わたしは幼い頃からどうしても人付き合いが得意ではなく、母子家庭ということも相まって学校での友達は皆無だった。




テニスはそのころからやっていた。

唯一夢中になれるものだった。





初めてテニスをやったとき、わたしのテニスを褒めてくれたのが…北条てまり。
スクールの、わたしの唯一の友達だった。

わたしは「てまりちゃんが笑ってくれる」「お母さんが褒めてくれる」だけでテニスを続けて、練習をし続けた。

お母さんもわたしを見て、とても誇らしげにしてくれているのが嬉しかった。





わたしはその時、確かに―――丸井、あかねだった。








少し事が変わってきたのは、小学校4年生に進学した頃のこと。

低学年くらいまでは、ちょっとした無視や仲間はずれくらいだったクラスが、徐々に本格的なイジメを始めてきた。


朝、下駄箱はゴミだらけ、

授業、後ろから何度も消しカスや紙を投げられる。

放課後、何人もがわたしを囲って悪口を言い放つ。




やっていることは幼稚だったし、大して傷つきもしなかった。


家に帰れば大好きなお母さんがいるし、スクールへ行けばてまりが笑顔で迎えてくれた。


しかし日に日にちょっとずつではあるがイジメは悪化していった。

それでもわたしはお母さんにも、てまりにも言わなかった。

大好きな人たちに、暗い顔や悲しい顔をさせたくなかった。


わたしが耐えれば、全て幸せなままなんだ。






4年生も半ば、最近は足を踏まれたり転ばせられたりし始めた。

そんなに痛くもないし、問題ない。



家に帰ると、見知らぬ男の人がいた。

筋肉隆々とした色黒の男らしい体つき人だった。
が、顔はといえばさほど良くもなく、どちらかといえば悪い部類だと思った。

何よりわたしの勘が言っている。




…――――こいつは、危ない。




その男はわたしを視界に捕らえた途端、にやりと厭らしく口元を歪めた。

わたしはわけが分からなくて、その男に寄り添うようにしているお母さんを見た。


「今日からあかねのお父さんになる人よ」
「…よろしくな、あかね」


脳内で警鐘が鳴る。
けたたましい音が、わたしの体を強ばらせた。


この人と、一緒にいたくない。

でも、


『…うん!よろしくね、お父さん!』


わたしは笑った。

わたしが耐えれば、全て幸せなままなんだ。





やっぱり、父は最低な人だった。

学校へ行けば、靴はズタズタ。

教室へ行けば、教科書もボロボロ。

クラスメート達が囁き合うフリをしてわたしに言った。



「――あいつのお父さん、犯罪者だって!」
「――うんうん、ママが言ってた!」
「――やっぱり。あいつって…」



やはりそうか、と納得した。

人の噂とは怖いものだ。もうクラス中が知っている。今に学校中に広まるだろう。



新しい父は、獄卒。
犯罪者のレッテルを張られた奴。


それでも、お母さんはそいつが好きなんだ。
だから、わたしはそれでいいんだ。



でも、男はわたしに暴力をふるってくるようになった。

始めは隠れて、そして徐々にお母さんの前でも。


お母さんは男に嫌われたくなくて、そして男が怖くて、いつもわたしが見えない台所にいた。
わたしは悲鳴も上げなかった。

それを聞いたら、お母さんが苦しむから。





学校での状況も、芳しくなかった。

…だんだんと、イジメはリンチへと変貌していった。
犯罪者の子、というレッテルが張られ、最後のタガをはずしてしまったようだ。


それでも、

わたしが耐えれば、全て幸せなままなんだ。








…家に帰った。
体中が痛い。


でも、言わなければバレない。
例えバレたって、虐待によるものだとしか思われない。




「…よう」


あの男がいた。
あの日みたいな下卑た笑いを貼り付け、わたしに向かってくる。

…殴ればいいじゃないか。
…わたしはいくらだって、耐えてやる。

お母さんのためだから。


「…学校でイジメられてんだろ?」
『…!』

何故…何故知ってる……

「何で知ってるのか、って顔してるな。…いいか、人ってのは自分たちが歩いてる道以外を踏んだ輩を徹底的に蔑ろにする。その親族までもな。そうだろ?」



まさか



「俺が獄卒だって言いふらしたんだよ、俺自身がな」

『…何にために?』

こいつの前で笑っていなければならない理由はない。
わたしは思いっきり顔をしかめて尋ねた。

「お前のためだよ」
『…は?』

わけが分からない。
何故?

「いや、俺のためか?」


どういうことだ?
分からない。分からない。


男はわたしに寄ってきた。

マズい、逃げなきゃ。
分からない。でも逃げなきゃ…



ガッ!



男がわたしの肩を無遠慮に掴んだ。痛い。




男がわたしをくたびれた畳に押し倒す。
恐怖と困惑に固まるわたしを見下ろして、男は言った。





「俺が獄に入ってた理由はな……






幼女暴行なんだよ」





目の前が暗くなった。








それからのことは覚えていない。
心が耐えきれず、それを記憶から消したのだと後で出会ったカウンセラーの人が言っていた。


ただ痛くて怖くてどうしようもなくて。

ただわたしは泣き叫んで、口を塞がれても喉が切れても叫び続けた。



…………ただただ、母を。










何時間経っただろう。
母が帰ってきた。

男は動じもしない。


母が手に持っていたものが落ちる。
バサッという音がして、わたしの視界には逆さまに顔面蒼白の母と袋と……落ちた母子手帳が見えた。


男はやっと身を起こした。

わたしは意識も朦朧として、ただ一度だけ、おかあさん、と呼んだ。



ガタガタと荒々しく母が近づいてくる。そして、







ドガッ







わたしを蹴り上げた。







力の入らないわたしはガラクタの人形のように転がって、壁にぶつかった。
母はわたしをさらに蹴って、踏みつぶして、殴って殴って殴った。




私からあの人を盗らないで…!




そう言っているように聞こえた。









わたしの耳には何も入らない。


光は消えた

音は途絶えた








その日、その時、その瞬間



"わたし"は






『……………しにたい』





わたしが耐えれば、全て幸せなまま?

全てって、なあに?

わたしにはもう、何もないよね?



そしてわたしは世界に絶望した
(音を立てて何かが壊れた)
(それは体だったか、心だったか)

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