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くたくたになるまで部活をやって、夕飯のための買い物を済ませてようやく帰宅する。

家事や弟たちの面倒は大変なのに、なぜこんなハードな部活を続けているのか。


それは簡単な理由だ。


俺の中に残るわたしの残滓が俺をテニスに執着させる。

一番幸せだった一番暖かい一番やさしい一番大切な思い出。

その記憶は全てのわたしを棄てたはずの俺にしがみつく様に残っている。



『…ただいま』

「「おかえり兄ちゃん!」」



同じ背丈に同じ声色、同じ表情で弟が出迎えてくれる。

ぼろいアパートの三人暮らしで、大家さんにはたいそう怪訝な目で見られた。

家庭訪問では事情があって保護者は留守だと口先で言いくるめて参観日や懇談会は基本的に欠席している。

俺もできる限りのことはやっているが、たぶんこいつらも寂しい思いをしているはずだ。

それならいっそ、部活をやめてしまえば楽になるのかもしれない。



みんなのことは大好き…だけど、そのせいで俺が脆くなるなら好きになるべきじゃないんだ。


弱かったらこいつらを守れない。


こいつらを守れるのは俺だけだから。


俺が強くなくちゃいけない。


誰かに支えてもらえないといけないような、


誰かに頼ってしまうような


そんな弱さは捨てなければ。


『なあ、蘭太、憲太』
「なぁに、兄ちゃん!」
「疲れたの?おれ手伝うよ!」

『いや、疲れてねぇよ。あのさ、』






『兄ちゃんが部活やめて一緒にいられるようになったら、嬉しい?』





酷く疲れた顔をしているだろう俺を見て、弟たちは一瞬固まった。

ああ、ごめんな。

俺は、こんな顔しちゃいけないのにな。

…これからは、これからも、もっと、頑張るから、





「「嬉しくないッ!!!」」


『え?』






きっぱりとした返答に、今度は俺が固まる番だった。


「やだよ!おれ兄ちゃんのテニス好きだもん!」
「やだよ!兄ちゃんすっごく楽しそうにしてるのに!」
「「やめないで!!」」



…あぁ。


そっか、






俺はとっくに支えられてたのか。





弟たちにも、テニスにも、テニス部のみんなにも…




いっぱい支えられてたのか。





独りなんだと、拒絶されたんだと思い込んでいたのは俺の方。


みんないつでも傍にいてくれた。


みんないつでも支えてくれた。


みんないつでも助けてくれた。




俺を孤独の海から引き揚げて、暖かい地上の景色を教えてくれたのはみんななんだ。







ピンポーン、




呆けている俺にはインターホンの音がひどく遠く聞こえた。

蘭太が簡単な錠を回してドアを開けた。

向こう側にいたのは、



「あかねちゃん!」



高くて可愛らしい声が、"わたし"を呼んだ。


視線を、恐る恐る上げて、ドアを見ると






「うっわー!すごいねあかねちゃん!テニスうまーい!」
『…そう、かな?やってみる?』
「やるやるー!」



「テニスやってる時のあかねちゃん、すっごくすき!」
『わたしも、




               




ミルクティブラウンの髪に小柄な体型。
いつも"わたし"を呼んでくれた声。







『て、まり…ちゃん?』





"わたし"の



ただ唯一のトモダチ





ぶわりと胸中に広がるものは、恐怖か歓喜か贖罪か。



錆ついた針が動き出す
(さあ、そろそろ)
(新しい時を刻もうか)

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