また来て、最愛
国木田独歩の机上には、いつも一枚の写真が飾られている。
白い枠の中に収まっているのは、落ち着いた風合いの赤毛をもつ妙齢の女性。
穏やかに、弾けるように、面白そうに。
種類は多々あれど、彼女は常に笑っていた。
「写真立ての中で微笑む女性は、国木田くんの意中の人かい?」
報告書を打つ手が止まった太宰が尋ねた。
そんな彼をひと睨みしたあと、何ともなしにさらりと答える。
「俺の妻だ」
瑣末なことと言わんばかりの国木田とは反対に、太宰は飛び上がるように驚いた。
「えっ!?国木田くん、君、結婚してたの?」
「俺が結婚していたらおかしいか」
「いや、おかしくない。おかしくはないけど…」
コチコチの理想主義のお眼鏡に叶う女性がいたことも、その女性が潔癖といえるほどの価値観を持つ彼を受け入れたことも、失礼だが信じ難い。
太宰は好奇心のままに尋ねた。
「ねえ、今度会わせてよ。良ければ御邸宅にお呼ばれしたいなぁ」
「うちに来るのは構わんが、妻はいないぞ」
国木田は写真の向こうで微笑む彼女を見て、それから目を伏せた。
「2年前に亡くなったからな」
今日も彼女が欠けた世界は忙しなく回り続ける。
誰かさんのせいで溜まりに溜まった報告書や始末書の山を片付けていると、社長室から新人社員の中島敦が飛び出してきた。
「せ、政府高官から緊急の依頼です!」
調査員事務員ともに、緊張感が走った。
転寝をしていた乱歩も起き上がり、敦に先を促す。
「外務大臣官房の娘さんが誘拐されたそうです。警察には連絡するなという要求があったため探偵社に解決依頼がきました。写真を映します!」
ひゅっ、と喉奥から妙な音がした。
設置された映写幕に映されたのは、齢三、四ほどの女の子だった。
赤銅色の透き通るような髪。片目が隠れ、毛先は綺麗に揃えられた髪型。いっそ不健康に見えるほど白い肌。伏せられた長いまつ毛に縁どられた銀灰色の瞳。
それは、記憶の中で未だに色褪せることのない、愛しい者の姿だった。
背丈は違えど、見間違えようもないほどはっきりと、分かってしまった。
「残夏……?」
口から漏れ出た名前は、毎日忘れることなく彼の心に住まう者。
それを聞いた敦は目を見開いた。
「え?国木田さん、お知り合いなんですか!」
その言葉に「えっ?」と同じように返したのは国木田だけではない。
乱歩も、与謝野も、太宰も同じように怪訝な顔で敦を見た。
「娘さんのお名前は夏目残夏≠ソゃん。年は四歳です」
同姓同名。
偶然ではないのだろう。
血縁がなければ有り得ないほど酷似している。
つまり、画面の中の幼女は亡き彼女の縁者なのだ。
同じ容姿、同じ名前を持つ者を、傷つけさせるわけにはいかない。
国木田は携帯端末と車の鍵を引っ掴み、事務所から飛び出そうとした。
その時、見計らったように扉が開いた。
「その依頼は取り下げさせてもらう。一方的な願い出、まさにドS!」
張りのある黒髪と、白いマスク。
人を見下した笑顔が良く似合うその男を、国木田はよく知っていた。
「おお、誰かと思えば」
声色に愉悦が混じる。
硬直する国木田を前に、彼は面白そうに言い放った。
「我が幼馴染を殺した&v殿ではないか」
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身内愛強めのかげさまにメンタルぐさぐさやられる国木田くん。
こんなことになるなら嫁がせるんじゃなかった、という父親みたいなセリフを言われちゃう
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