主を盲信する奴隷
人工的な光に照らされたベンチに並ぶ3つのスーツケース。
その前には2人の人影とバイクがあった。
「やあ黒バイ。わざわざありがとう、俺だけで運ぶんじゃあ目立っちゃうからね」
《また女性をスーツケースに詰め込んで…お前はいったい何がしたいんだ》
「別に目的なんてないよ?趣味なんてそんなものでしょ。あ、これ代金ね」
《?少し多くないか》
「チップだよチップ。これからもお願いしますねっていうチップ」
《…あまり面倒事になりそうな仕事はさけたいんだが》
「君にそこまでディープな仕事は頼まないさ。別に信頼できる"つかいっぱしり"がいるからね」
《そいつも可哀想だな》
「それはどうかなぁ。だって俺の命令を聞くことが生きがいってヤツだし。」
セルティは思わずPDAに打ち込みそうになった言葉を寸でで飲み込んだ。
深くかかわらないように気を付けているのに、つい"どんな奴だ"と聞きそうになってしまった。
いくら臨也が人心掌握に長けているといえ、1人の人間をそこまで自分に盲信させる術を持っているとは考え難い。
しかしセルティは踏みとどまる。
これはただの勘だが、折原臨也はどこか"ヤバい"
どこがと聞かれてもぼんやりとしたことしか分からないが、考えそのものや行動原理がセルティから見た他の人間たちとは違う気がする。
新羅に言ってもあまり共感してもらえない。おそらくセルティの人外から見た感覚での比較だからなのかもしれない。
言うなれば、彼は人間に擬態しているように見えるのだ。
僅かな違和感しかないが、セルティは臨也が情報屋程度の異質に収まる存在ではないと確信していた。
《そいつらはどうするんだ?またベンチに寝かせておくのか》
「いやいやそれじゃあ変わり映えがなくてつまらないだろ?2人は、ちょっとレンアイしようかなって」
《結婚詐欺まがいだな》
「ねえ、黒バイ。こいつらが何を望んでいたか分かる?」
恋愛ごっこなんてくだらない、と小馬鹿にするセルティの言葉を無視したように強引に話題を変える臨也。
元々細く切れ長の瞳を吊り上げながら、楽しげに愉しげに語る。
《自殺サイトにいたんだから、死にたいんだろう?私にはよくわからない感情だな》
「無敵の妖精からしたらそうだろうね。その通り、彼女たちはせっかくの生を自ら手放そうとしている。俺はつい最近思ったんだよね」
彼の右手にはいつの間にか本人は護身用と謳っている折りたたみ式のナイフが握られていた。
「死にたがりは死なせた方が幸せじゃないかって」
シャレにならない!とセルティが影を伸ばしてナイフを奪おうとした一瞬前に、
「なーんてね!さ、君の仕事はここまでだ。さっさと新羅のところへ帰って仲良くすればいいよ」
《言われずともそうさせてもらう。もう変な依頼はやめてくれ》
胸をなで下ろしたセルティは、彼にからかわれたのだと思いさっさと帰路に就いた。
それは、"彼女たち"の最期に等しい行為だとも知らずに。
セルティと愛馬シューターがいなくなり、丑三つ時の公園は人っ子一人いなくなった。
臨也はますます笑みを深め、スーツケースに四肢を折り畳んで収まっている女性を起こす。
「さてと。それじゃあ始めようか」
寝ぼけ眼の彼女たちは、現状を把握できていないようだ。
その3人に、彼は容姿端麗の権化ともいえる顔を無邪気に微笑ませる。
「君たちの願いを叶えてあげよう。死後の世界はお楽しみ。
さあ、零崎で愛してあげる」
鮮血の地獄が広がった。
彼女たちのその後は、言うまでもない。
「はあーあ!やっぱり禁欲は難しいね…曲兄さんは本当に凄いよ。俺なんかたった半年でこの有様だもんなぁ」
血の付いた凶器をぽいっと投げ捨て、ついでに血に浸された靴も脱いでしまう。
そして何もないはずの空間に話しかけだした。
「ああ。後始末は任せるからね。彼女たちの個人情報からルミノール反応、遺体の処理まで一任するけど構わないね?」
瞬間、ゆらりと陽炎のように人影が現れる。
明るい茶髪に改造制服という軽薄な服装に反してその表情は凍てついている。
「愚問です愛識さま。愛識さまの卑しき一介の奴隷である俺がその程度のことをこなせないわけがないでしょう。こなせなくともこなします。この命に代えても貴方様のためとあらば完璧に完全に遂行して見せましょう」
「主に対して愚かって何さー。やりすぎだって言いたいの?」
「申し訳ありません愛識さま。奴隷の分際で過ぎた口を利きました、お許しください。この正布、愛識さまの6ヶ月3週2日5時7分ぶりの零崎を目にすることができて興奮しておりました。愛識さまの解体(レンアイ)はこの上なくお美しゅうございますね」
「いひひひ。いつも思うけど言い過ぎじゃないかな。君のそういうところも愛しているけどね」
「光栄至極にございます。しかし俺は愛識さまを愛しておりません」
「うん、それでいいよ。そうじゃないとダメだ。君は奴隷だけれど人間だからね。君からの愛なんていらない」
靴下のまま歩き出そうとすると、一歩前に臨也が先ほどまで履いていた靴と同一のものが差し出された。正布からだ。
正布は無言のまま跪き、彼の足に片方ずつ丁寧にそれを履かせて新しいナイフも捧げるように渡した。
臨也もとい零崎愛識はそれを当然のように受け入れつつ細い三日月に向かって熱弁を続けた。
「人間はただひたすら馬鹿みたいに俺に愛されていればいい!家賊以外からの愛なんて反吐がでるね!願い下げだ、そんなものは粗大ゴミにでもだしておけ!いひひひ、片思いがもっとも幸せとはよく言ったものだ。俺が人間を愛し、家賊が俺を愛せば最高に幸せじゃないか!…そうは思わないかい正布」
「愛識さまの仰るとおりです」
正布は無表情のままかしずいた。
人間が幸せじゃない?
愛識にとって人間はただ愛することができればいいだけの存在だ。幸不幸などどうでもいい。
正布にとって愛識以外の存在はその他大勢ゴミと同列。愛識がどのように思っているか、愛識にとって害となるか否かしか興味がない。
人を愛する殺人鬼、零崎愛識。
主を盲信する奴隷、闇口正布。
表と裏を両立させる、裏世界でも異質で歪な2人だった。
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