差し伸べられたその手は
私は、争いや諍いが嫌いだ。
血も嫌いだし、武器も嫌い。
そういう家に生まれたことは分かっているし、父さんや父さんの部下たちファミリーを疎んだことはない。
けれど、憂いたことはある。
たった今も、現在進行形で。
「よえーよえー!お前ほんとにあのキャバッローネの跡取りかよ!」
跡なんか継がない、と叫びたかった。
「キャバッローネはお先真っ暗だな!何なら俺が継いでやろうか?」
お前なんかに務まるもんか、と叫びたかった。
「まったく、こんなのがマフィアだなんて笑っちまうよなぁ!」
私はマフィアじゃない、と出しかけた言葉は空気を揺らさない。
私はただ、ズッコ達に蹴られ殴られ罵られるのを享受する。
涙をこらえる。
泣けば、こいつらはますます喜ぶから。
マフィア関係の生徒が多いこの学校は、弱肉強食であり武力がモノを言う。
私は食物連鎖の底辺にいるような存在だ。
助けを求めても、誰も手なんてさしのべちゃくれない。
たすけて、なんて、そんな無駄な言葉…
そう、思っていた。
差し伸べられたのは手ではなくて、白銀の刃だったけれど。
それは、突然現れた。
ズシャッ、と切り裂かれた音に飛び散る鮮血。
倒れ込んだズッコの巨体の向こう側には、
銀髪、銀の剣、鋭い瞳を持った…
" "が、いた。
『す…スクアーロ?』
そう。
この学校で名を知らぬ者はいないであろう凄腕の剣士。
なぜ彼が、こんな昼間の授業中にこんな人気のない屋上にきたのだろう…?
「邪魔なんだよぉ…」
『ごご、ごめんっ!今退くから…っ』
「ほらよ、」
『ふぇ?』
目の前に差し出された手に、呆然とするしかない。
周りには赤いものに染まったズッコ達が倒れていたけれど、それも目に入らない。
凶暴かつ狂暴と詠われる彼が、なぜ自分に手を伸ばしてくれるのか。
血を滴らせた剣を隠すように背に回すのか。
分からなかった。
だが、差し出されれば何の抵抗もなく取ってしまうのが、箱入り娘のディアナらしいところ。
そのままぐいっと強い力で上に引かれ、よろけながらも立ち上がる。
噂で聞いたとのは違う、荒っぽくも優しく彼の所行に困惑が隠しきれない。
「…なに見てやがんだ」
『いや、その…優しいなって…』
「あ゙ぁ!?」
途端にギラリと放たれた鋭い視線に竦み上がる。
『ひぃっ!?ご、ごめん!でも、その、助けてくれたから…』
「邪魔だっただけだぁ…」
『で、でも助かったよ…ありがとう、スクアーロ』
「…………」
ディアナはなるべく刺激しないように柔らかくお礼を言ったつもりだったが、スクアーロはそっぽを向いてしまった。
やっぱり、ただの気まぐれだよね…
ディアナが寂しそうに嘆息したとき、
「お前、いつからだ?」
『へ?』
「いつからコイツ等に暴行されてたんだって聞いてんだぁ!」
『ひゃあぅ!いいい、いつからって…覚えてないよ…入学してから…すぐくらい』
「チッ!」
『(な、何で舌打ちされるの…)』
彼が不機嫌な理由が分からなくて、ディアナはまた泣きそうになった。
せっかく助けてくれたのに、気分を害してしまったのだろうか。自分が何かしてしまったんだろうか。
そんな考えがぐるぐると頭の中を回る。
「………………べ」
『え?何か言った?』
「俺を呼べっつったんだよ!!」
『え?え!?いつ!?』
「またこいつらに何かされそうになったらだぁ!!暇潰しに助けに行ってやるからなぁ!!」
たす、けに?
スクアーロが?
わたしを…?
『助けて…くれるの…?』
「ひっ、暇だったらだぁ!!」
その言葉が何より嬉しくて、私は彼に縋るように抱きついた。
差し伸べられたその手は誰かの命を奪うものだと知らなかったわけではない
(なっ、て、テメッ、離れろぉおおおお!!!)
(ふやぁあああ!!ご、ごめんなさいぃ…っ)
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