さよならバイバイテニス部諸君
霧咲フラン=テニス部マネージャーの噂は瞬く間に校内に広がった。
霧咲フランの名前を知らない者ばかりだったが、SNSなどで写真が流れ、猫かぶり女やテニス部の寄生虫などという罵詈雑言が囁かれる。
それに一番困惑したのはテニス部だった。
極秘扱いしていたマネージャーの素性が広まってしまっている。
原因も分からなかったが昼休みの緊急召集で柳から告げられた事実に絶句した。
「…どうやらマネージャーがいつもの変装をせずに登校してきたらしい」
「はぁ!?何でだよぃ!!」
「理由までは調べられなかった。」
「あいつはいつまで経ってもよう分からんけぇの…」
「ひょっとして…」
「この間現れた男性が関係しているのでは…?」
柳生の言葉に全員がはっと息をのむ。
左右違う色の目が印象的だったどこか神秘的なオーラを纏っていた男性。
その雰囲気はフランのものとどこか似ていた。
男は泣き出したフランを抱きしめて、そのままどこかへ連れ去ってしまったのだ。
知り合いだったようなので大事にはしなかったが、その後1週間もフランが姿を現さないため誘拐なのではと思い直していた矢先の今日だ。
「あの男…マネージャーとどういう関係なのだ…?」
「親しいだけでは無さそうでしたね」
排他的な空間。雰囲気。
そういったものに包まれた2人は自分たちとは違う異質な存在に見えた。
その時、がちゃりと屋上の扉が開いた。
この屋上はテニス部が使用することで有名なため、入ってくる者はいない。
それなのに…
『揃いも揃って無駄極まりない推論会議ごくろーさまですー』
いつになく冷淡な声。
校則違反のオンパレードな服装に真田が怒鳴りかけたが幸村が制する。
「フラン、いったい何があったんだ。あの男の所為かい?」
話してくれ。
俺たちは仲間じゃないか。
そんな言葉が浮かんでは消える。
自信がもてない。あの男に言われた言葉が突き刺さる。
フランは、
『別に何も。』
同じく冷淡な声色で冷徹な返事をした。
そう。
別に何も変わっていない。
強いて言うなら"戻った"のだ。
むしろ今までの自分が異様だった。
こんな一般人ごときに雑用をさせられるなんてボスが知ったら自分ごとカッ消されるに違いない。
これがフランとしてのあるがまま、ありのまま、
元から交わることのない境界線。
『あ、これ受理しといてくださいねー』
差し出されたのは白い紙。大きな黒字で"退部届"と書かれている。
「な…なぜ…?」
『何故?バカなこと言わないで下さいよ』
『ミーはあんたらに"脅されて"マネージャーをさせられてたんですよー?』
…そう、だった。
フランはもともと入部する気などなく、鬼ごっこという形で勝利を収めることで強制的に役職に就いていたにすぎなかった。
その事実がレギュラー陣の心を抉っていく。
『ミーにはもう、この身を隠す理由はない』
堂々と胸を張って、あの人が好きだと言ってくれた髪を晒し
誇らしげに師匠から分け与えられた紅の瞳を見せつけよう。
偽る必要などどこにもない。
肩身狭くこの世界の角にいなくてはならない理由はない。
ミーは、この世界に存在している。
誰の代わりでもない、不必要なものでもない。
何かに縛られることなど、二度とない。
霧咲フランの人生は、今からようやく鼓動を始めたのだ。
『さようなら、テニス部レギュラーさんたち。あんたらと過ごした日々は物凄くくだらなくて平凡で飽き飽きする日々でしたよー』
まあ、悪くはなかったけれど。
その言葉は空気を震わせることはなく、当然誰の耳に届くこともなくフランとともに消え去った。
……………………………………………
このとき赤也は会議にはいません。が、扉の向こうで聞いてます。
ジャッカル喋ってねえ…
[
back]