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  夜空は愛に生きる


鬱屈した日々だった。

胸中は今にも冷たい土砂降りの雨が降ってきそうな暗雲に覆われていた。

骨の中まで染みてくる北風と鋭く尖った長い茨が身体に巻き付くような日常だった。


心に刺さる無数の棘から少しずつ出血し、俺は徐々に衰弱していった。



一人の女を中心に回る部活

そこに王者の誇りを持つ彼らはいない

毎日毎日くだらない褒め言葉の羅列と切磋琢磨していた仲間を牽制し貶す暴言

久しく本気でラケットを振っていない掌からはマメが消えてゆく

目に見えないほど少しずつ、けれど確実に落ちていく筋力

高い志は地に墜ち、立海の未来は絶望的だった



そんな中で現れたのがお前だった。



一瞬でその瞳に目を奪われた。

暖かい希望に溢れた橙色は俺に"俺"を取り戻させてくれた。

『ストーカーって言われたことありません?』

「あっても気にはしない」

そんな軽口を叩いたのはいつ以来だろうか。

兄とよく似た藍色のショートヘア。
兄とよく似た整った精悍な顔立ち。
兄とよく似た儚くも芯の通ったオーラ。

ただ、その瞳が違う。

全身を包む込むような温もりを宿す瞳。

そんな澄んだ瞳に…澱んだ彼らを映したくなかった。

彼女が鬱陶しがってはいるものの兄を慕っているのは明らかだった。
酷い失望を与えてしまうことになる…


その憂いは現実となった。


兄に無理矢理入部させられた彼女は馬車馬のようにこき使われ虐げられた。

とにかくレギュラーからの扱いは酷かった。

当然のように仕事を課し、押しつけ、少しでも遅れれば罵り僅かなミスも嘲笑する。

そのうえ女に親友というポジションを押し付けられ振り回されている。

俺と同じ…否、俺より遙かに息苦しかっただろう。



…それなのに



『貴方だって傷ついてるんですよね』


俺を気遣う姿に惹かれた。


『無理矢理入部させられたと思えば自分はオンナノコに現抜かしてやがるし何なんだよもう!!』


本音を吐露する姿に惹かれた。


そうしていつしか、


柳蓮二は幸村市華なくしては存在できなくなっていた。





いつも寂しげな市華
どこか遠くを見る市華
何かを憂う市華
俺を見ると泣きそうになる市華

とある買い出しの日を境に違和感は明確なものとなり…市華は、倒れた。


譫言のようにごめんなさい、ごめんなさい…と呟く市華の閉じられた橙色には涙が滲んでいた。

その涙は氷柱のように鋭く俺の胸を貫いた。
そんな表情をさせてしまったことを後悔した。




保健室に運び込んでからしばらく経ち、市華は目を覚ました。

ゆっくりと開かれた橙色に涙はない。
けれど、あの温もりもなかった。
何かを決意した…悲しい冷たさを宿していた。

突き放すような言動を阻むようにいつもは閉じている瞳をあわせれば、凍りついた橙色は揺らぎ、か細い声を紡ぐ。


『…ほんとう、は…ついて来てほしい』


ぽろりと零れた願い。

同じ想いを抱えているというのに…なぜ別たれなければならない?

珍しく頭に血が上った俺は怒鳴ってしまった。


「ならばお前は誰が守る!?お前が傷つくだけだろう!!」



市華。

市華、どうか分かってくれ。

お前を愛しているんだ。

子供の戯れ言だと思うか?

いつしか冷める気持ちだと思うか?

違う。

これは愛だ。




もう、俺自身ですらどうにもできないほど大きくなってしまった愛なんだ。





お前が欲しいとは言わない。


ただ


お前の背を守る唯一になりたい。


それだけなんだ、市華




覚悟を決めよう。

お前に捧げる俺の覚悟を。

血で手を染めること。硝煙を身に纏うこと。誰かの命を奪うこと。

そして、如何なる敵からもお前を守ること。



大空。

俺たちの大空。

お前は俺のものにはならないだろう。

だから、俺はお前の唯一の夜空となろう。

お前と寄り添い支えることができる存在に…




「…市華」

『はいっ!何ですか蓮二先輩?』

元気よく振り返る瞳に曇りはない。

「今日も愛している。」

『ひぇあっ!?ぁ、あい…っいきなり何ですか!』

慌てふためく姿をしかと目に写して

「いや何、ふとお前が愛しくなっただけだ。深い意味はない」

『勘ぐったりしませんけど…先輩よくそんな恥ずかしいこといえますね』

少し悔しそうに見上げる耳に口を寄せて

「深い意味はなくとも深い愛はあるぞ」

『ひあぁああ!だから!そういうセリフが!』

「ふっ…」


堪えきれずに笑みが漏れた。

市華の真っ赤に熟れたリンゴのような頬。

その赤さえも可愛くて、俺はそっと触れるようなキスを落とした。






本日も晴天なり
大空はどこまでも澄み渡る

見えない星を、見えない月を、
見えない夜空を秘めながら



夜空は愛に生きる
(指に灯すは誓いの漆黒)


………………………………………

この人だれ。

私の中の柳さんは臭いセリフを真顔で言う人。
そしてそれがキザったらしくならない人!

私の小説じゃあその魅力は表現しきれないんですがね…悔恨の極みです。



 

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