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  天候たちに守られながら


合宿初日、立海は早めに到着していた。
今回は少人数だったため集合がスムーズだったのだ。

合宿所は小奇麗で清潔感溢れる平屋の建物だった。どこか新築のような雰囲気を漂わせている。

立海は2番目だったようで、集合場所になっているロータリーには既に氷帝がいた。
整列した状態で談話していた氷帝メンバーは、やってきた幸村たちを目にすると一瞬息をのんだ。その様子に内心首を傾げつつ、幸村は跡部に声をかけた。

「やあ跡部。久しぶりだね」

「…幸村か」

跡部はらしくもなく眉間に皺を寄せ、幸村を一瞥した。

「調子はどうだい?」

「ハッ…他人の心配とは余裕じゃねぇか」

幸村は少しほっとした。跡部がいつも通りの口ぶりだったからだ。
しかしその声はいつもより過分に嘲るような色を含んでいるようだった。

「まぁね。うちの三連覇に死角は…ないよ」

わずかに間をあけたが、幸村は自身に言い聞かせるように語尾を強めた。

「本気で言ってんのか?」

アイスブルーの瞳が幸村を貫いた。
平常を保って返事をしようとしたが眼力(インサイト)を持つ跡部には無駄だと思い、息を吐くにとどめた。

跡部がちらりと正門を見た。
つられてそちらを見ると、十数人が乗れるサイズのマイクロバスがやってきたところだった。

小ぢんまりとしたマイクロバスから最初に降りてきたのは女子だ。
明るい茶色のショートカットの少女、活発なポニーテールの少女、独特な髪形をした眼帯の少女の3人だ。

「ハルちゃん、大丈夫?」
「は、はひ、大丈夫です〜…ちょっと酔っちゃっただけですから…」
「あの、お水…」
「クロームちゃんありがとうございます!京子ちゃん、ハルも荷物お持ちしますよー」

「わあっ女の子だ!仲良くなりたいなぁ」

その声が耳に届いたのか、3人が一斉に立海メンバーに振り向いた。
幸村はとっさに会釈をしようとするが、それより前に3人から突き刺さるような視線を受け、硬直した。深い恨みがこもった視線だった。

「なんだよぃあいつら…感じ悪くね?」

丸井がぶつくさ文句を言っていると、続々と並盛のメンバーが下りてきた。

明るい空色がいまいち似合わない黒髪で切れ長の瞳を持つ青年は、しきりに後ろにいる人物と言い争っている。
後ろにいたのは先に降りてきた眼帯の少女とよく似た髪型の浮世離れした雰囲気をもつ青年だ。

「雲雀くんが集合時間に遅れたせいで遅刻ギリギリですよ!」
「遅れてないから問題ない。それより寝癖直したら?」
「何度言えばいいんですかこれはファッションです。髪型なんです!その年でもう痴呆ですか?難儀ですねぇ」
「はぁ?君、咬み殺されたいわけ?」
「あなたこそ輪廻を巡りたいんですか?」

「極限に喧嘩はやめろー!!」

一触即発な雰囲気を粉砕するような大声とともにダンっと飛び降りてきたのは銀の短髪を持つ快活な青年だ。テーピングを施された両手といい鼻の上の絆創膏といい出で立ちはボクサーのようだ。

「一世一代の大舞台だ!仲間同士で争うことは許さん!」
「お兄ちゃんが四字熟語使ってる…!」

茶髪の少女が妙なことに感動している。お兄ちゃん、ということは兄妹なのだろうか。

「はははっ先輩たちはいつも元気なのなー」
「はた迷惑なだけだろ。元気っつったらいつでもお前が一番バカ元気だ」
「おっありがとな獄寺!」
「褒めてねぇよ!!!野球バカ!!!」

こちらも似たような言い争いを繰り広げながら降りてきた2人組。
銀髪碧眼で整った顔立ちをしている青年と、黒の短髪がさわやかに似合っている青年だ。
銀髪碧眼の青年は何故かテニスウェアの上からゴツいベルトを巻いていた。

「そういえば…並盛ではベルトを巻いている選手が指揮をとっていると聞いたな」
「なるほどね。彼のことか。」

真田と幸村がぼそぼそと会話する。それに気が付いたのか2人の視線がこちらを向く。
短髪の青年は幸村と目が合うが否や朗らかな笑顔を掻き消し、恐怖を覚えるほど無表情になった。
獄寺と呼ばれていた青年は人ひとり易々と殺せそうな視線で立海レギュラー全員を睨み付けた。

何かと鈍い真田もようやく気が付いたようで、訝しむように並盛のメンバーを見る。

次に降りてきたのは漆黒のスーツ姿。中折れ帽を目深にかぶった背の高い男性はその下から自分たちに向かって視線を投げた。先ほどの少女たちや、ほかの部員たちからの怨念こもった視線ではない。憐れみと嘲りを最大限に込めたものだった。


スーツの男が降りてきて少し経ったあと、再び降車口に人影が見えた。


「予定到着時刻より5分32秒の遅れだが、集合時間まではあと9分7秒ほど余裕がある。道中の渋滞もない…データ通りだ」

『了平さんが座椅子の背もたれ曲げちゃったときはどうしようかと思いましたけどね…』



「…うそだろ」



細い肩に羽織られた曇りなき空色のジャージ。
両手首には鮮やかなオレンジのリストバンド。
右手の中指には一目で高価だと分かる豪奢な指輪。
誰かとよく似た藍色の髪を風に遊ばせながら強い意志を感じるファイアオパールがまっすぐに前を見ている少女。

糸のように細い瞳、長身痩躯、艶やかな黒髪。
揃いのジャージに両手首には黒いリストバンドをしている。
そして、少女とデザインこそは同じものの中央にはまる石だけは光を飲み込む漆黒色のリング。
少女の背を守るように付き従い歩く青年。



かつて

何よりも大切にしていた妹と、頼りにしていた親友だった。



『並盛中学合同テニス部部長、2年の幸村市華です。このたびはお忙しい中御足労いただき誠にありがとうございます。皆様にとって有意義な合宿になるように尽力いたしますのでよろしくお願いします』

「同じく並盛中学合同テニス部副部長の柳蓮二だ。顔馴染みも多くいるが詮索は無用で頼む。俺と市華は、過去は過去として既に決別しているのでな」


他の部員は別だが。
とは流石に言わなかった。

柳自身も自分に対する出来事は過去のものとしているが市華に対する酷い仕打ちの数々は未だに許容できないままでいることも。

そんなことはわざわざ言わずともすぐに思い知ることになるのだから。

市華が軽く部員の名前と役職を紹介し、合宿中の諸注意などを柳が説明した。あらかじめ決めていたのだろうか、見事な連携だ。

「…待て。青学と四天宝寺がまだきてねぇようだが?」
『それはすでに連絡を受けています。』
「青学部員が一人集合時間に遅刻したため到着は…計算するとあと32分後になるだろう。四天宝寺は列車トラブルだ。こちらはまだ予測ができない」

跡部は淀みない答えに納得すると、一つ頷いて部員に指示を出し始めた。
荷解きとコートの準備について号令をかけると皆一斉に動き出し、あっという間にロータリーには立海と並盛だけになった。

「市華…蓮二……」
『久しぶり、兄さん』

「市華ちゃん!どうして私に何も言わずにいなくなっちゃったの!?親友なのに酷いよ!!」
「誰がイチさんの親友ですか!!勝手なこと言わないでください!」

呆然とする幸村たちの中で、立花だけが飛び出し、涙声で叫んだ。
それに怒りを爆発させたのはマネージャーと紹介された三浦ハルだった。
ほか二人のマネージャーも市華を庇うように前に立つ。

「親友はお互いを思いあい、支えあう関係です!」
「自分の嫌なことを押し付けるなんて絶対にしません」
「何も知らないくせに勝手なこと言わないで…」

『ハル、京子ちゃん、クローム。その人のことを責めないで』
「イチちゃん!」
『せっかく可愛いんだからそんな怖い顔しないでよ。私、その人のことどうとも思ってないからさ』

立花は信じられないものを見るように市華の顔を見た。
市華はハルたちを包み込むように暖かい瞳で見るだけで、その橙に立花はかけらも映り込んではいなかった。3人を下がらせると見透かすように幸村たちに対峙した。

「どうして……」
『"お返し"をしにきたんだよ』

あらかじめ用意していたような答えだった。

『私はいいって言ったんだ。でもね、みんながどうしてもって言うからさ。許せないんだって、兄さんたちのこと』
「お返しって何のことだよぃっ!」
「わけの分らんことに参謀を巻き込むんじゃなか」
「いったい何をおっしゃっているんですか?」

あくまで穏やかな口調を崩さない市華に、丸井達がしびれを切らした。
今まで自分たちが奴隷のように扱っていた市華とこんな形で再会するとは夢にも思っていなかったのだ。
子供のようにわめく丸井達を両断するように声が飛ぶ。


「お前らは自分たちが市華に何をしたかすら忘れたのか」


いつも感情を諭らせない冷静な柳の抑えきれない怒りがにじんだ声色に、一同は黙りこくった。

「入部の強制に始まり、謂れもない罵詈雑言の嵐。ドリンクをわざと地面に落とす、タオルを踏みつけるなどの陰湿な嫌がらせ。立花は親友を押し付けるだけでは飽き足らず裏方の仕事をほとんど任せていたらしいな。気まぐれで手伝うと言い出しては出来もしない掃除や洗濯に手をだしめちゃくちゃにする。さらにそれを部員に指摘されると市華のせいにしていたな。やたらと先輩風を吹かせる割に面白いほど役立たずだったとレギュラー以外の部員から囁かれていたことを知っているか?無知も罪だが病的な鈍感もまた罪だ。罪には罰を、だろう?」

一つ一つは小さなことだ。しかし羅列するとこんなにも酷いものなのか。
幸村は喉の奥からせりあがる痛みを必死に飲み下す。

「…蓮二も、そのお返しに加担しているんだね」
「言うまでもないな」

かすかに震える幸村の声は、恐怖も憤怒もない。後悔の一色に染まっていた。
しかし柳はその姿を見ても何も思わないかのように淡々と彼らを糾弾する。



「話を聞いただけの彼らでさえ怒り狂ってる。それを目の前で見させられてきた俺の腸が煮えくり返っていないとでも?」



道は違えた。
もう彼らの道が交わることはないのだという現実が迫ってくる。



「この合宿に、お前らの味方がいると思うな。既に布石は打ってある」



ボンゴレの頭脳は少しの隙も造らない。
めったに開かれない柳の瞳が覗く。光を飲み込む夜空のような漆黒が獲物をとらえていた。



…………………………………
難産過ぎた上になんか短いし青学出てないし描写適当だし柳さん激おこだし

これから先の展開も…大まかにしか…決まってないよ…

お久しぶりですみなさん。たいへん長らくお待たせいたしました。大空恋舞、再公開です!


 

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