大空が嫌悪する日
兄から借りたジャージを腕まくりする。
ブラウスの上から羽織っただけなので動きづらくて微妙に暑いけど仕方がない。
そう、仕方ないのだ。あの兄に巻き込まれることなんてしょっちゅうだったし…いつもと様子が違うような気がするけれどもう考えるのも億劫だった。
この億劫さが倍増するとも知らずに。
ばっと部室の影から飛び出してきた女生徒。言わずもがな立花美世だ。
彼女は目を丸くしている俺の手を両手で掴み、言った。
「わ、私と友達になってください!!」
『…はい?』
「ありがとう!私、テニス部のマネージャーだから女の子の友達誰もいなくて…」
ちょっと待って。俺は今聞き返しただけであって肯定の返事をしたわけじゃない。
初対面の年下相手にいきなり友達になってくださいってどういうこと?そもそも友達になるのって宣言する必要あるの?
良く知らない人のことを嫌いたくないし悪く言いたくもないけど…不器用なのに直す努力もしないで愛想しか振り撒けなくて、みんなの足を引っ張るしか能がないこの人は見ていたくもない。
そもそもテニス部マネージャーってだけで嫌われるはずない。人間がそんなに単純にできているものか。
嫌われる側にはそれなりの理由があるはずだ。
「今日からあたしと市華ちゃんは親友!先輩命令だからね!」
親友強要するなんて馬鹿なのかなこの人。
大体初対面で親友なんて無理に決まってる。
この人が可愛いのは分かるけれど、女子には鼻につく上ぶりっ子に見える最悪な笑顔だ。
『あの、私は…』
「美世が親友じゃーゆうとるなり。」
「拒否権なんかあるわけねーだろぃ?」
「つーかテメェなんかが美世先輩の親友でいられるんだから感謝しろよ!」
いつの間にか彼女の後ろにいた白赤ワカメが言った。
名前も顔も知らないけどこの親しさから思うにレギュラーなんだろう。
立花さんはレギュラー専門マネージャーらしいから。何だそれ。
俺の味方って、本当にいないなぁ…
「市華、仕事を頼みたいのだが」
『あ、はい。何ですか柳先輩?』
「平部員の分のドリンクがなくなりかけているようだ」
『分かりました。今作りに…「私もやる!市華ちゃんと!」
俺のセリフに被るな!!
あと俺の勘が告げてるんだけど貴女、仕事できないよね?だって手が綺麗すぎるもの。
手は白くてすべすべ、爪も光を反射するくらいに磨かれた桜貝のようなそれだ。
「はあ!?美世が平の世話なんてしなくていーって!」
「そーじゃ。俺らの応援だけでいいぜよ。」
「仕事ならその女がやるじゃないですかー!」
…別に良いけどね。
さっきコートの横を通ってきたときに挨拶してくれたの平部員の人たちだけだったし。
寧ろ平だけと関わってたい。
そもそも立花さんがレギュラー専門ならさ、俺は平と準レギュラーの担当なわけじゃん?
「立花はレギュラーのサポートに専念してくれ」
「さっすが柳先輩!」
「えー、でもぉ…」
「参謀の言うとおりじゃ。早く行くぜよ」
「市華ちゃん、またね?」
音もなく現れた糸目の人。つまり柳蓮二先輩だ。
っていうかレギュラーのサポート?それってつまりは応援だよね?
柳先輩も立花の信者様(笑)か。
「…あいつがいては仕事の能率が著しく低下するだけだろう?」
『はい?』
「レギュラーはタオルもドリンクも必要ない。よってお前の手を煩わすこともない。真面目に練習をしている平や準レギュラーの世話に回ってくれ」
『え…あの、柳先輩は…』
「…まさか俺があれの取り巻きの一人だとでも?」
『……(ごめんなさい思ってました)』
「…お前がそう思っていた確率72%」
『たっか!』
「いや、かなり低い方だ」
『?』
「お前は相当自分を隠すのが上手いようだな。」
ぎく。
肩が少し跳ねる。これでも兄さんの読心術をかいくぐってきている身だしね。
でも気づかれたくない。気づかれるわけがない。
誰も、"俺"には気づかせない。
視界の端に映るピンクが鬱陶しい。
貴女なんか親友なわけないのにね。
親友ってなに?分かってないでしょ?
親友なんて、獄寺くん達だけでいい。
貴女を"親友"とは思わない。
"仲間"だとさえ思えない。
俺の仲間は………
大空が嫌悪する日
(柳先輩、いい人だな)
(今度ドリンク差し入れよ…)
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