10-1
犬さんに呼び出され、そのまま犬さんの部屋で寝てしまってたらしい。
何たる失態。
まぁでも別にそんな怒ってないみたいだし、いっかー……と楽観的に考えた瞬間に隣から突き刺さる視線。
『…』
「…」
『…………ごめん』
ソーベーだったりする。察しはつくか。
「俺何も言ってないよ」
『……だな』
口は災いの元。
私がソーベーに諭した内容でもあるから実践しなければ。
ああ、今朝は織田さんとこに行くんだっけ。じゃあ用意しねぇと…なんて思いながらも私の荷物なんて弥三郎が風呂敷に包んでくれた制服だけだけど。
『手荷物取りに一回部屋に戻るか…』
「じゃあそのまま表に出ててよ。駕籠が用意されてるから」
『…またあれに乗るのか……』
ああ…贅沢だと思うかも知れないが…なんというか、手持ち無沙汰なんだよな…。加えてこないだと同じようにソーベーがいたら…
…だめだ…。考えるのはやめよう。
…ほれ見ろ。こうなっただろうが…
カラカラと鳴る車輪の音が異様に聞こえる駕籠の中。ソーベーと二人しかいないこの空間の沈黙がとてもとても嫌だ。
なんていうか…居心地が悪い。なんでか知らんけど。今まで感じたことのない居心地の悪さに頭痛がする…気がする。
「俺さ、」
う…わ、吃驚した…。
ポツリ呟くように言葉を放ったソーベーを見る。視線は私に向けられておらず、小窓の外、どこか遠くを眺めているようで…聞いてほしい話があるのかと口を噤んで聞く態勢を作った。
「利久さんの養子なんだけど、このまま俺が成人するまでに利久さんの子どもが産まれなかったら前田を継がなきゃいけないんだ」
犬さんのお兄さん、前田家当主の利久さんは奥さんとの間に子供を授からなくてソーベーを引き取ったらしい。元々身体があまり強くない人で子供を授かるのはすこし難しいらしく、ソーベーが次期当主になるというのは確定されているそうだ。
「利久さんには感謝してるよ。何不自由ない毎日を送れてるありがたさ、城下遊び歩いてるからすごくよくわかってるつもりなんだ。でも…」
歪む表情。
ああ…そうか…、分かってしまった。
今まで、驚きはしたものの特に何かの枷にはならないと思っていた身分。ないよりはあった方がいいと思っていたが…その身分が時にはこうして彼の身を縛り付け、未来の選択肢を潰すこともあるのだと…
「嫌だ、継ぎたくない。前田に縛られたくない」
『…』
「城での生活、城下での生活。住む環境が違えばみんな悩むことも考え方も変わってくる。だったら他の国の民は?前田に住むみんなとはまた違った考え方をしてるかもしれない。俺が想像出来ないようなことを日常のこととして取り入れてるかもしれない」
身分が作った"暇"という時間を城下で遊ぶことで潰していた彼なら…抱いても不思議じゃない知識よくと好奇心。
しかし国を背負う地にある彼はその欲のまま行動することは許されなくて、恩もあるからと縛られていながらも抑えられない気持ちとの間に挟まれて…悩んで苦しんでたまったごちゃごちゃとした感情が、多分…今彼を泣かせてる理由の一つなのかもしれないと、思ってみたり。
「なんで…俺なんだよ…」
しゃくりをあげる。
聞いてるこちらが苦しくなるような…そんな不器用な泣き方で、でも泣いてしまってる自分を認めたくないとでもいうようにソーベーは視線を外に向けているままだった。
『…国を出ればいいんじゃないか?』
一つ、思ったことを口にする。すると予想していたようにソーベーは驚いてこちらに目を向け、次第に眉をつり上げていった。
「知らないからそんなことを簡単に言えるんだっ!!そんなすぐに捨てられる立場ならこんなに苦しくなるまで身を置き続けるわけないだろっ!!」
『別に捨てろとは言ってない』
「同じことだろッ、国を出るってことは国主としての仕事を放棄するのと一緒だ!!」
『なら継げばいい』
「だから…ッッ!!!」
『…っ、』
パァンと乾いた音が響いた。久々の痛みに事態を理解するのに時間がかかった。ああ…じんじんする。佐吉をとっさに庇った時のことを思い出して、懐かしくなった。
それにしても子どもらしくないのにそれらしいのがここにもいた。本当に不器用な子だ。
ただ、考え方が少し…甘すぎる。
『私が前田の住民だったらお前みたいな奴に国主になってほしくねぇな』
「っ!!」
『外に行けないから"仕方なく"国を継ぐ?ふざけるな。気持ちが一つになってねぇ中途半端な奴に自分の命を握られてたまるか』
知らないのはどっちだ。分かったような口を利いているのはどっちだ。
本当にわかっている奴ならそんなことに悩んでる暇はない。お前の行動、言動一つで国は左右し、出来た隙に国がかかる。
お前は国なんだ。
それを知りもしないでアホみたいに悲劇の主人公を気取るんなら継ぐな。
『旅にでも何にでも出て、日ノ本見て視野広げて、そのちっせぇ器でかくしてこいアホが。継ぐ継がんはそのあとだ』
ああ…胸くそ悪い。
投げ出すようで悪いけどこんなとこに居続けて気分さらに悪くするくらいなら外の兵士さん達と歩いてた方がマシだ。
顔を見る気も失せてそのまま駕籠を出る。うまい具合に下りれてこけずにすんだけど下りてすぐとこにまつさんがいて、私が下りたことに驚いたのか少し目が見開かれた。
見れば他の兵士さんもなんとも言えないような顔でこっちを見てて、ああ、そうよな。あんだけの声量で話してたら聞こえるか、普通。それで誰も何事かと入ってこなかったのは…多分まつさんが止めてくれたんだろう。
何かいたたまれない気持ちになって、誤魔化すように苦笑すればこちらへ、と手招きされ、列の後ろ辺りまで移動した。
首でも切られるかな…となるべくまつさんの手にある薙刀に目を向けないようにしていれば、
"あの子は、"
と話を切り出される。
「宗兵衛はとても繊細な子にござります」
『そうですね』
「人の気持ちに敏感であるがゆえに自分の気持ちを抑え込む時も、しばしばあることなれば」
それは数日しか一緒にいない私でも気づいた。
興味を持ったことにたいしてはとことん知ろうと聞きまわる彼は、しかし人の感情の変化に敏感で、その時に求められる対応にすぐ応える。
今更ながら、あのように怒ったのはやり過ぎたかと少し考える。
「まつは嬉しゅうございます」
『…何がでしょう』
「宗兵衛があのように感情を剥き出したのは、久々にござりましたゆえ…」
思い返して確かにと。人をからかって楽しんだり、誉められたり、喜んだり、怒られて拗ねるのはよく目にした。けど、さっきみたいに思いっきり感情をぶつけられたのははじめてだ。私くらいの歳になればそれが普通ともとれるが、彼は私よりずっと幼い。
まつさんはあの子がどうしたら喜んでくれるのか、悩んでるのかもしれない。
ひどく優しい眼差しでソーベーの乗ってる駕籠を見やる
「感謝致しまする」
『……いえ、』
私は別に何も。続けようとしてやめた。
ひどくむず痒くなる光景を目にしていると気づいて、案外悪いものでもないかもしれないと口を噤んだ。
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