3.5
物心がついた頃には…そうよなァ、既に今のようであったことは言えよう。身に覚えのない罪を背負わされ、罵詈雑言の雨であった。
外に出歩く気も失せた頃に目にした源氏物語、桐壺の更衣の境遇など嘆くほどでもないと笑うた。世の者はなんと甘い考えの元に生きているか…。
己以外を見下すようになった。
されどその考えもすぐに変わった。
何ゆえわれだけ斯様な扱いを受けねばならぬ。
何ゆえわれが左様な目で見られねばならぬ。
何ゆえわれは癩に身を蝕まれねばならぬ。
何ゆえ…なにゆえ、なにゆえ何故…何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故ナニユエ…ッ
……ナニユエゾ…。
憎い…憎イ…。
何ユエワレノミ歌謡ナ目ニ遇ワネバナラヌ。憎イ…アァ、憎イ。ワレノ何ヲ知ッテ斯様ナ振舞イヲスルカ
ワレガ主ラニ何ヲシタト言ウ
ワレガ世ニ何ヲシタト言ウ
生ヲ授カッテマダ片手デ数エラレルヨウナワレガ、ナニヲ…?アァ、ソノ程度シカ生キテオラヌ故嘆クナト…?ヒ、ヒヒヒヒヒヒヒヒヒ…ッ、ヒャハハハハハハハハッ!!!
ソノ程度…
ソウヨナァ…ッ!ナレバコノ程度ノ痛ミ、ヌシラナラ何トモ思ウマイ?ワレガヌシラニモ分ケテヤロ…ヌシラニ平等ニ分ケテヤロ、
ヒヒ、ヒヒャ"ハハハハハ、ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ…!!!!!!!
ワレノナントヤサシキコトッ!喜ブガヨカロ、ワレモ嬉シイ!嬉シヤ、ウレシ!ヒャハハハハハハハハ、ッ"ヒャハ!ハハ、ィ"ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッーッ、ヒヒヒヒヒヒヒヒ、ーッ"!!!ヒャ"ハハハハハハハハハハ――――――――…
『……っ、――……紀之介…っ!!』
「ヒ…ワレガ降ラセテヤロ…、不幸ノ星ヲ、至高ノ痛ミヲ、」
『紀之介…!!!!』
パァン…!と、乾いタ音が響キやった。
しばらくしテ頬を喰ラわんとした熱に、徐々にソレが痛みト言ウことに気づき、アぁ…またもやわれに痛みが訪れタかト。ヒヒ、ぬしにも痛みをくれてヤる。
『…っ、き…のすけ』
「ひ…ひひ、…ぬしにも、」
『き…っ、』
痛みを…ぬシにも、いたみを…。
その首にこノ両の手をかけ力を入れれば歪むヌしのカンバセ。ひ、急かしやるな…斯様に痛みを望むみやるナら、われが先受けた以上の痛みをクれてやろ、あぁ、われからぬしヘの贈り物よ、オクリモノ。
「嬉シかろ……ひ、……たぃ…――、…――ろ…?」
『…………だい、丈夫…』
「…?、…――…?」
『だいじょうぶ…悪い夢だ、大丈夫』
大丈夫…ダイジョウブ、ダイジョウブ…?何ゾソレハ…?、…?
われの背に回る腕。先まデそれはわれの頬に痛みを与えたもの。何ゆえ今、ワれの背に?何ゆえわれを…、?抱きシめ……、――…?
?……なに……ユ…え?なにごとぞ…?
『大丈夫だ、紀之介…。なにも怖くない…なにも痛くない、ほら。私と佐吉が傍にいる、…こわくない』
「…?……ッ?はぁ……ッ」
『そうそう、ゆっくり深呼吸して…』
「…ッ、…………は、ぁ……っ、なまえ……」
『上手上手、いい子だな』
「なまえ…っ、なまえ、母上が…ちち、ぇが…っ、われを……わっ」
ぽん、ぽんと一定のかんかくでわれの背をタタキヤル。それは痛みをともなわず、われをお落ち着ける、ふかしぎな心地であった。上げればキリのない負のかんじょう。われ自身ソレがなにかはんだんできぬ、得たいの知れないモノが押し寄せわれを呑まんとする。
されど名前の温モリがわれをわれのままつなぎ止め、いいようのないアンシンカンに頬を冷たいものが伝う。
「なまえ…っ、なまえっ、ッ……ッ!」
『……ずいぶんと、子どもらしくもらしくない、子もいたもんだ』
声をかみころし、なまえの胸元に顔を埋めてこの冷たいモノが止まるのを待つ。
名前は小さく笑い、われのかみを撫でやる。ぎゅ、と名前の衣を握る手に力を込めれば、われを抱く名前のうでにも力が入り、いっそう温かくわれをつつむ。
しばし、
しばしそれに、身をあずけるとした。
「………、」
『早起きだな。まだ寝てていいぞ』
なんと…まァ…目の重きこと。鳥のさえずりが耳に届いてきやる故、既に夜が明けたのだと分かった。名前の胸元に身を預けているのであろうこともわかった。
あァ…起きねばならぬ。だというになんと億劫なことよ。眼を覆う目蓋を上げるのも面倒よ…。されどモゾモゾと動きはするからか、名前はわれが目をさましたのを分かったような。この女が聡いと、そう思うより先に……はて、名前は何ゆえ起きておる…?
「なまえや…」
『おう、いるぞ。分かったら寝ろ』
「ヒ…、まだ起きたばかりだというにわれに眠れと申すか」
『………寝起きにしてはよく回る口だな』
そう言ってはわれの髪を乱すように乱暴に撫でてきやる。これ、癖がつくであろ。止めはせぬがなァ…ヒヒ。
小さく左右に体を動かせば名前がそれに合わせてくれやる。
ヒ、…居心地のよい…
「…眠らぬのか?」
『もう朝だし』
「されどぬし、寝ておるまいて」
『寝た寝た』
ちらとその顔を見とぅて先まであれほど億劫であった視線をくれてやれば見るなとでもいうようにわれを撫でていたその手でわれを胸元へと埋めやる。
名前は、なにも聞かぬ。
ただ己が思うておることをし、言う。それは道を失ったり我を忘れた者が一番に必要とする存在であるなァ…と、ふと思うた。
いかほどの悪夢を見たとて、われはなんとも思わぬ。目がさめた先、現が最大の悪夢故なにも言えぬ。なにも変わらぬ。
されどふと、名前はどちらの者であるか、と。
願わくば現の者なりて…、さすればわれは、
夢か現か
(…やっぱ眠い)
(ヒ、見やれ。大人しく眠ればよいもの)
(背を撫でるな、マジで寝てしまう)
(寝やれネヤレ)