7-2
船長さんは国親というらしい。色々説明されたけどとりあえずすっごい偉い人なのはわかった。だって城持ってるとか言ってたし。だからなのかは知らないけど国親さんが国に戻った途端船の上の出来事がウソだったのではないかと思ってしまった。
だって色々違うんだよ。
気さくな様子は厳粛としたものに変わったし、城には見るからにかたっくるしいお偉いさんが居て船員の表情も硬いそれに変わってた。
船長さんだってガラの悪い感じが一気に抜けて、ヤサブローはずっと俯いて私の裾を掴んでた。母親らしい人に呼ばれて目で嫌だと訴えられたけど逆らうことができないようでその女性の後ろに移動して控えた。
事情は国親さんが説明してくれたらしく、納得いかないような人もちらほらいたけどとりあえず私は客人としてしばらく滞在することになった。
「ご、ごめんなさい」
『ん?なんでそこでヤサブローが謝るんだ』
好きに過ごすようにと通された客室、訪れたヤサブローが開口一番そう口にした。
「し、……城の人たちが、名前を傷つけるようなことをしてしま…うかも、しれないから…」
『そんなことか。気にしないから気にすんな』
本当に申し訳なさそうな顔でそう言ってくるヤサブローの頭を乱暴に掻き撫でる。これホントクセになるんだって。撫で心地もそうだけど、撫でられてる時のヤサブローの表情もな。
と言っても暗いからそこまではっきり見えるわけじゃないけど。
『ほら、分かったらもう寝な。今日は疲れただろ』
私よりは船に慣れているのかもしれないけど私が辛く感じた船の上を私より年下であろうヤサブローが辛くなかったはずがない。というか辛くあって欲しい、でなければ私が相当貧弱だってことになってしまう。ていうか寝てくれ、私も寝たい。
「ん…おやすみなさい」
「名前!!名前!!朝だよ!!」
ゆさゆさと体を伝う振動、振動ってよりもう揺れだよな、震えとかそんな生易しいモンじゃねぇ…でもまだ寝たい、起きてたまるか私は疲れてるんだと無視を決め込む。
ああ…心地いい布団、柔らかすぎない枕…人肌のそれとは違う暖かさだけど人のそれとは違う柔らかさと私の全てを包み込む存在感に抗う気なんて起きない…
私はそんなお前がs―――…
「名前!!!」
『ぐえ…ッ!!』
のしっと体にかかる重圧に息が詰まる。ちょ、ま…待て、布団邪魔、じゃまッお前のせいでただでさえ重圧で肺に入りにくい酸素を取り込みにくい…ッ
ガバッと両手で布団を捲り上げれば起きた?と無邪気な満面の笑みで上から覗き込んでくるヤサブロー…。可愛い、可愛いのは否定しないが今はそれ以上になんだか憎く感じる…またアンタか…。
私の一日はヤサブローのおやすみに終わり、ヤサブローのおはように始まる。おはようって言葉なんてまだ寝ぼけてて記憶にないのがほとんどだけど私が覚醒した頃にもう一度言ってくれる。
というか毎朝毎朝起こしてくれるのはいいがもうちょっと他の起こし方はないのか、私の上にダイブするのやめろ…あともうちょっと寝かせろ…
わしゃわしゃわしゃああぁあといつも以上に乱暴に髪を乱してやればきゃああぁあと楽しそうに笑う。が退けてくれる気配はない。
布団に入ったまま伸びをして一度大きくあくびをすればやっとヤサブローは私の上から下りてくれる。
「朝餉を頼んでくるね!!」
『…ああ、頼む』
その間に私はいつもいつの間にか用意されている着流しに着替えてから井戸に顔を洗いに行くのだ、もはや軽く習慣化している。
戻って布団を畳み終えた頃に両手に二人分の膳を持ったヤサブローが帰ってくる。ああ…そのキラキラしたオーラと表情さえなければ男の子に見えなくもないのに…。可愛いからどっちでもいいが。
そういうのはお手伝いさん…あー…女中って言ったっけ。ソイツらに頼めばいいのにヤサブローはあまりそれをしない。自分のことは自分でやろうとするのは偉いなと思っていたが、それだけではないことを最近知った。
色んなことを話しながらの食事はしたことがないらしい、嬉々としたヤサブローと向かい合っての朝食を終えると今度は私が二人分の膳を持って台所まで行く。こっちでは確か…クリア…くりや、くりやだ厨。とそう呼んでいた。
その間ヤサブローは私の腰あたりの着物を握りながらついてくる。厨にいる女中に膳を渡す際にすっげぇ怯えられる。その様には慣れてしまったので向こうもいい加減慣れればいいのだろうけど…彼女らは適応能力が低いと見た。フン、まだまだだな。
そんな彼女らの様が面白くてついつい弄って遊んだりすることもある。ヤサブローに止められるからそれほど長く多くはないけど。
そのあとに庭や城を回ったり、道場に顔を出したりすることがある。ここのお偉いさんは私を受け入れてないようだからその人たちがいるときは部屋に戻るけどいない時はあの船の船員さん方がほとんどだから中に入ってたまに構ってもらったりする。
「よぅ!!こないだの坊主じゃねぇか!!!」
『ども、時間持て余したんで来てみました』
「こっちァ足りねェってのに憎いこと言いやがる!!」
「弥三郎様もいらっしゃるたァ!!」
常に満面な笑顔な彼らは楽しそうだ、そして暑苦しい。
ああ…ヤサブローが囲まれている…なんか、シュールだ…そしてなんか危ない…。ま、ほっとくけど。
そういえばこの船員たちは私の目の色を見ても女中etc.のように変に距離を取らない。そのことがふと気になって、口にしてみた。
「宝石みてぇでイカしてんじゃんよォ!」
なんて答えが帰ってきてだろ!!とか返した。いやだってかっこいいじゃん。それを分かってくれる人に巡り合えたのは本当に幸運なことで、大切にしなければいけない縁でもあって、同時にむず痒くも感じる。慣れてないからね、表には出さないけど。
個人的にはかっこよく思えるこの目の色には、そんないい記憶はないからなー…
っと、ヤサブローが本当に本当に泣き出しそうになった。そういう時は邪魔したなとヤサブローの手を掴んで走って道場から出る。抱えてやれればよかったんだが、あいにく彼は私には重すぎた。
そんな感じでふらふらして、部屋に戻ってはまた外の話をして、そんな感じで一日を過ごして明日を迎える。なんて贅沢な生活。タダ飯に宿泊はさすがの私でも痛む心があったからなにか手伝うと見かけた国親さんに言ったが曰く私はヤサブローの面倒を見ればいいらしい。面倒もなにも逆に見てもらってる気がしねぇでもねぇんだけどなー…。
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