5-2
「名前…」
紀之介にギュッと短刀を握っていない方の手を握られる。彼にしては珍しく弱々しい態度を表に出してくれていたが、それだけこの目の前の男から発せられているものはすごいのだろう。
私には分からないが。
『…お目当てはなんですか。私らを捉えることですか』
問えばふる、と首を横に振られる。
違う?違うならなんで…
そんなこと考えてもまったくわからない。金目のものなんて持ってないし、捉えるつもりがないんなら本当に何用だ?
担当を向けたまま無駄だと分かっていても思考を巡らせる。全く思いつかないが早くしないとさっきの佐吉たちの声を聞きつけてまた賊が来るかもしれない。
一刻も早くここから立ち去らないと。
『何用ですか…?』
意を決して聞いてみる。考えてもわからないなら聞くしかない。
だが相手は言葉を発することなく先程から微動だにしない。
もしかして用がないのか?
いやいや、じゃあなんで来たんだよ。訳が分からん。
あ、もしかして迷子?心細いから人についていこうとかそういう?
「…………」
『ん?』
懲りずに考えているとス…と指を指してきた。
なんだなんだ。
見てみれば人差し指は短刀に向いていて、これが欲しいのかと尋ねれば頷く。
なるほど、これが目的だったのか。この拾った短刀の持ち主は赤髪の彼だったのかと一人納得しながらそういうことなら早いとここの短刀を返してここから逃げよう。これがなくなるのは何分不便だが…まぁ町に出ればなんとかなるだろう。
取っ手の部分を彼に向け、渡そうとしたその時、外が再び騒がしくなった。
「こ………ッ!…、た」
「探………ッ!!」
『しま…っ、』
少し取り乱して声を上げそうになって慌てて唇を噛み締めた。ここで声を張ってしまえばそれこそジ・エンドだ。
でもどうする?どうすればいい…っ?
一度短刀を相手に渡そうと上げた腕をまた下ろし、相手を見つめる。先程とは変わった空気に私が何かをしようとしていることを悟ったのか、私の片手と、服を掴むその力が強くなるのを感じた。
『これはやる。けど条件がある』
「………」
変わった私の口調に目の前の男が少し揺れたので驚いたのだろうことがわかったが、それだけでそのあとは大して何をするでもなく黙ってこちらを見ていたため了承ととっていいのだろう。
話を続けた
『この二人を彼らの家まで連れてってくれ』
「なッ!!」
「きさまッ!!何を言っている!!誰がそんな怪しいものなどにィ!!!」
予想していた通り二人からは盛大なブーイング。だが知ったことか。今は構ってらんねぇ。
早くしないとこの子らが帰れなくなる。
私みたいにどこに帰ればいいのか分かんないとか、待ち人がいないとかってわけじゃない。いやまぁ私に待ち人がいないと言われれば少し語弊があるが…
ふ、Viva 一人暮らし。
『家のものに保護されるまで見届けなくていい。見覚えのある場所まで送ってもらえればいい。この二人なら同時にいけんだろ?』
そう言って後ろで騒ぐ二人を無視して短刀を差し出す。
しばらくすると男は頷き、短刀を手にとって背中にある鞘に収める。
おお、鞘だ。マジであいつのだったか。
なんて思ってると急に大きくなる佐吉と紀之助の声。
何をそんなに騒いでんだ、せっかく帰れるって時に…。
何事かーと尋ねようとして後ろを振り返れば二人はいない。って、え?え?あれ?
『ってそこか…』
自分でも間抜けな声を出していたと思うぞ。思うがよ、まさか赤髪の兄さんが抱えてるとは思わないだろ。
消えた二人を探すように視線を巡らせると二人は荷物のように彼の両脇で宙ぶらりんになっていて、正直滑稽だ。うける。
『頼むよ、』
暴れる二人にビクともせずに頷く彼に苦笑いを向ける。
外から聞こえる音が徐々に大きくなっている。
早くしてもらわないと
『この縁が切れていなければいずれまた会えるからさ。…じゃね』
わたしを裏切るのかあああああぁぁあああぁぁ…と叫ぶ佐吉の声が遠くなる。
じゃね、と手を振った時には彼らの姿は見えていなかった。二人を抱えた男は数枚の黒い羽を残して消えていった。
すげぇ、忍者みてぇ。
羽を一枚拾って地面に落ちていたスカートを穿くとそれをポケットの中へとしまう。
それからしばらくボーッとしていると前から賊徒思われる男たちが入ってきて連行されてしまった。
乱暴だな、もっと丁寧に扱えよと思いながら今頃きっと痣になっているだろう腕を遠く見つめた
「貴様、確かガキ二人といた妙な野郎じゃねぇか」
私に見覚えがあるのだろう賊に話しかけられた。だらだらと鬱陶しく話していたがそんなもん右から左だ。
こう、今までより気を張らせる必要がなくなった今、体にかかっていた負担、痛みや疲れがどっと押し寄せてきて、その上精神的疲労も相当溜まっていたようだ。
未だなんでこんな事になっているか分からないし、なんでここにいるのか、なんで私なのか、考えても分からないことだらけでホント、限界だっての
「ガキ二人はどうした」
かろうじて耳を通って頭までたどり着いた言葉はそれだけで私は一言返してやった。
いない
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